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5章4話:櫛引木葉と申します

ここまで長かった、本当に長かった……。ようやくこのシーンが描ける。嬉しい、嬉しすぎる。


読者の方々もここまでよく読んでくれました……。感謝致します。

「ここ、かな」


 血の匂いで満ちた山中。先ほど撫で斬りにした巨大な魔獣が樹木に突き刺さっている。

 そんな魔獣を踏みつけて、真っ赤な鳥居で満ち満ちた空間に足を踏み入れる。


「わっ、凄い」


 山の頂上は大きな草原が広がっていた。水溜りが広がり、蝶がひらひらと舞っている。魔女の宝箱の頂上とは思えないような、平和な光景がそこにはあった。

 その奥、木々を抜けた先に巨大な樹木が一本立っている。樹木の割れ目はまるで入り口のようになっており、中に入ると祭壇のようなものがあった。


「魔女の宝石。魔女が完全消滅しちゃったから不安だったけど、ちゃんと残ってるんだね」


 魔女の宝箱の外で魔女が消滅した場合、それはルール適用外なので魔女の復活は起こらない。

 さてそうなった場合魔女の宝石はどうなるのか、ということだがどうやら問題なく入手できるらしい。え、誰でも取り放題じゃんという心配はあるけれど。

 因みに初代勇者が壊したという【チャイコフ凍土】は宝石が見つからないらしい。詰まるところ、


「私がこれを持って行っちゃえば、もうこの魔女の宝箱に価値は無いのかな?」


 魔女の宝石の守り人が消えたことで、宝石を自由にする権利を得た。これを勇者に渡しては行けないわけだ。


 アイテム:【グランテストの緑玉(りょくぎょく)】を入手しました。


 緑色の宝石を埋め込んだ小さな指輪を入手したものの、肝心の魔法を習得できない。向き不向きという奴だ。これは迷路かロゼに……と考えて、ハッとする。


「そっか、居ないんだった」


 魔女の宝石は魔女の宝箱内でしか譲渡出来ない。つまりここで渡さないと意味がない。

 そう思うと途端に疲れが出てきて、座り込んでしまう。そのまま膝を抱えて眠る。









「いつまでそうしてるつもりですか、我が主」


 何日経っただろう。声がして目が覚める。

 目が覚めると変わらずそこは草原であったが、草原の真ん中に似つかわしくない真っ黒な玉座に、木葉は座っていた。周囲には真っ赤な鳥居がびっちり配置され、禍々しい雰囲気を醸し出している。

 そんな木葉に、少女が声をかけた。木葉はゆっくりとそちらを見て、呟く。


「こす、ずめ」


 茶色の髪、一本の長ーいアホ毛。気持ちよさそうな羽毛に小さな茶色の羽。木葉が娼館から拾ってきた女の子。


「我が主は大人びてますけど、やっぱりちゅんより歳下ですね。ワガママな妹が出来た気分です的な」

「なん、で……」

「探したんですよ、我が主。アレから必死になって。あれからもう一月と2周です!よくもこんなわかりづらい所に隠れてくれやがりましたね!」

「……子雀、駄目だよ」

「駄目じゃありません!ちゅんは」

「駄目なんだよ!!!」


 木葉が叫ぶ。すると樹木に留まっていた鳥達が一斉に羽ばたくと同時に、樹木には大きなヒビが入った。

 それだけではない。周囲の地面はひび割れ、山全体が大きく振動する。

 そんな状況をなんとか抑え込もうと、木葉は胸を押さえて苦しそうにうずくまる。そんな木葉だったが、髪は雪のような白銀に染まり瞳は真っ赤に、頭から真っ黒な角が出ている。


「だめ、なんだよ……分かって、子雀」


 力なく笑う木葉。木葉の周囲を真っ赤な鳥居と真っ黒な蛇の悪魔達が取り囲む。いつのまにか空も曇りだし、子雀は一瞬身震いする。

 

「ごめん、言ってなかったよね。私魔族なんだよ。というか、魔王なんだよね」

「………」

「化け物、って言われても仕方ない見た目してるし、これ以上みんなに迷惑はかけられないし、子雀だって傷つけたくないし……」

「………」

「だから、だからね……もう、こな」

「………………いです」

「……へ?」






「そんなのどうでもいいです!!!」






 そう言って駆け寄ってくる子雀。しかし木葉は意図せず再び地震を起こし、子雀は転倒してしまう。

 

「子雀……」

「わが、あるじぃ。ちゅんは、諦めません、からね」

「なんで……」

「ちゅんが、我が主に救われたからです!我が主が動かないって言うなら、ちゅんもここから動きません!」

「……」

「収まるまでここにいますから。落ち着いたら出ましょう。ちゅんはいつまでも待ちますから」

「……親かよ」


 そう言って子雀は背負ったリュックからパンを取り出し、食べ始める。森の魔法少女パンだ。まさかこんな全国クラスの食べ物だとは思わなかったので、木葉は思わず笑ってしまった。


「あ、我が主が笑った」

「……さっきも笑ったじゃん」

「あんな悲しい笑みじゃなくて、自然な笑みです的な。我が主は美少女なんですから、笑って愛嬌振りまいていきましょう!」

「まぁお笑いは身体にいいって言うし」

「あのツインテ異端審問官は『アイドルソングは身体に良い』っていってましたよ?」

「そこは何でも当てはまるように出来てるんだわ」


 ふふふと笑う2人。

 だが、そんな時間も束の間のことであった。






「……来る」

「へ?」


 誰かが上がってくる気配。


「子雀、お前多分ストーカーされてたよ」

「ま、マジですか!?うーん、人気アイドルになっちゃうと困ったファンも出てくるんですね的な」

「お前のメンタルオリハルコンなん?」


 冗談なのか本気なのか分からない子雀に取り敢えず樹木の後ろに隠れるように指示し、木葉自身もお面を被る。

 そうして待ち構えて出てきたのは、




「魔王、ヒカリ……」




「ようこそ、尾花花蓮ちゃん。会えて嬉しいよ」




 尾花花蓮。木葉にとっては昔の自分を知る友達だった人。どうしても切り捨てることの出来ない過去の存在だ。


「ストーカー、女の子だったんですか!?うーん、ちゅん、我が主に恋しちゃってるけど基本的にノンケで……」

「取り敢えず口閉じてね?」


 子雀はさて置き、この状況に木葉は割とウキウキしていた。だって凄く魔王っぽい。なんか最終決戦みたいな場所で、玉座に座ってて、正義の勇者パーティーのメンバーが目の前にいる。

 いや、正義の味方だけじゃないか。


「良かったじゃん子雀、ストーカーうじゃうじゃ居るよ」

「げえっ」


 花蓮の後ろからぞろぞろとやってくる騎士達。レガート・フォルベッサに、5組のみんな、異端審問官、そして……。


「あれが、魔王か!?」

「あれを倒せば勝ちなんだよな?」

「みんなで力を合わせて頑張ろうね!」

「うちらに掛かれば余裕だわ!」

「ん、でも女の子じゃね?」

「ほら、女の子の魔王で、倒したら俺らのものになる的なエロゲー展開かも!?」

「まじ!?俄然やる気出てきたわ〜」


「あれ、なんか知ってる顔がいるな」

「ちょ、なんで!?」


 狼狽する花蓮。つまりはこう言うことだ。


「尾花花蓮は子雀の後をつけ、彼らは尾花花蓮の後をつけた。これぞストーカーによる負の連鎖」

「我が主なんか楽しんでません?」

「私にとっても予想外の人達が居て気分は同窓会なんだわ」


 この時点で木葉は恐らく生贄の利用と勇者召喚が行われたのだろうと察した。それは即ち……。


「ねぇ、異端審問官さん。アリエスがどうなったか、聞いてもいい?」

「彼は最期の時、最強の魔王が私を殺すと豪語した。最後の最後まで私を睨みつけて虚勢を張っていたね。……この回答でどうかな?」

「……そっか」


 実に勇者らしい勇者だった、とアリエスに対する木葉の評価はそこそこ高い。彼が勇者のままだったなら、もしかしたらまだ光明は見えたのかもしれない。……まさか殺されるなんて。

  あの時はあの場から離れることで精一杯だったけど、アリエスも連れ出しておけば良かったのだろうか。

 いや、考えても無意味だ。救えるものは救ってきたつもりだし、取りこぼしたらそれまでなのだ。今は、彼に報いてやることを考えよう。


「なんで、殺したの?」

「魂の純度的に、彼はこの世界に馴染みすぎた。勇者としての限界がみえている。そんな存在は不要だよ」

「ふぅん。新しい勇者が必要だったから古いのは処分した、と。あ、名前聞いていい?」

「これはこれは申し遅れたね。ノルヴァード・ギャレク大司教。伊邪那岐機関の長を務めるものだよ」


 黒髪の美丈夫が胸に手を当てて名乗る。一切の罪悪感がないような表情をしていた。

 木葉は語る。

 

「アリエスね、結構良い奴だったんだよ」

「………」

「ヘタレなイキリ太郎だったけど、悪い奴じゃなかった。アレで勇者としての役割を果たそうと頑張ってたし、パーティーの女の子だけじゃなくて人々を守ろうとしてた。……殺されて良い理由なんてある訳ない」

「………」

「一応、敵討ちしてあげたいくらいには怒ってるんだよ、私」

「そうかい。で、君は名乗ってくれるのかな?3代目魔王」


 目を瞑る。

 ここまで長かった気がする。最後に彼女らに顔を見せたのは、もう7ヶ月も前になるだろう。シャトンティエリの夜、素顔までは見せられなかったから、改めてここで名乗る。


 鬼のお面を取り、彼女と対峙する。


 もう戦う準備は出来てる。とっくの昔に自分の大切なものの整理をしてあるのだから。過去とはお別れしているのだから。

 ノルヴァードではなく花蓮を、かつての仲間達をじっと見つめて言った。丁寧にカーテシーしながら、なるべく魔王らしい笑みを浮かべて。








「こんにちは、勇者の皆様。私は3代目魔王:月の光。


本名は櫛引木葉(くしびきこのは)と申します。以後、お見知り置きを」








 花蓮にとっては2度目の挨拶。だけど、決定的に違うのは、木葉が彼女の目を見て堂々と名前を伝えたこと。

 真っ赤な瞳に映る花蓮は、それはもう目ん玉が溢れんばかりに目を見開き、そして、


「う、そ……」


 と、掠れた声で言った。



……


………………


「このは、ちゃん……?」


 未だに現実を受け止めきれない。頭をガツンと殴られた気分だった。

 ずっと探してた。ずっとずっと追い求めてた。ずっとずっとずっと想っていた。




 そんな彼女が、憎んでいた魔王だった。




「あ、あぁ……」

「尾花花蓮?」

「もう、やだ」


 訳が分からなくなり、その場にペタリと座り込む花蓮。零児はそんな彼女に駆け寄るが、彼とて衝撃を受けていて身体に力が入らない。


「天童零児くんも久しぶりだ。なんだか本当に懐かしい気分」

「木葉、ちゃん……」

「捕まったって聞いてたからここに居るのは割と意外だなあ。レベルも結構高いんだね」


 零児の記憶の中にいる櫛引木葉と、目の前の櫛引木葉がまるで一致しない。彼女はあんな、あんな風に邪悪に笑う女の子だっただろうか?

 禍々しい且つ神々しい白銀の髪と紅の瞳。明るく天真爛漫だった櫛引木葉に似つかわしくない筈の雰囲気が、目の前の少女からは滲み出ている。


「じゃ、船形、荒野をころしたのも……」

「うん、私。そして、これからもっと殺すよ」


 日本刀を構えてその口を三日月のように歪ませ邪悪な笑みを浮かべる木葉。記憶の中の櫛引木葉が絶対にする筈のない表情だった。


「……櫛引木葉」

「あぁ、レガート団長もお久しぶりー。また剣を交えることが出来るみたいで嬉しいよ。私ね、あの時の試合かなーり楽しかったんだ!」


 王宮での試合を思い出して興奮する木葉。剣術になるとワクワクして止まらなくなる昔の木葉の一面が見えたことが彼女が櫛引木葉であることを物語っており、花蓮は更に顔を歪めた。


「こんな形で剣を交えることになるなんて、な」

「うん、楽しみだねえ。ああ、でもその前に……」


 シュッ。


 カキィィィンッ!


「魔王、ころす」

「ははぁっ!もういいよなァ!!俺様が魔王を殺しちまってもよぉおお!!!」

「異端審問官か」


 斬りかかってくる異端審問官2人。1人は鳥居から出た悪魔が撃退したが、もう1人はそれらを斬り伏せ木葉の間合いに入る。それを瑪瑙で迎撃し、押し返した。


「ハッ!!やるなァテメェ!流石ァ魔王だぜェ!」

「……ころす」

「この際仕方ありません。ある程度弱らせてから、勇者様に討って頂く形にしましょう。やってくださいフォルテッシモ、ピアニッシモ」


 ノルヴァードが指示を出す。

 ピアニッシモと呼ばれた、向かってくる1人は長髪の男。まるで人形のような端正な顔立ちをしている……というか顔にヒビが入っており、人形そのものと言っても差し支えない。彼は義手の先から刀を出して斬りかかってくる。

 フォルテッシモと呼ばれた、もう片方は大柄の男。ツンツンに逆立てた金髪と凶悪な顔立ちが特徴。なんかビジュアル系っぽい。巨大な刺又を回転させながら木葉に向かって一直線に突き進んでくる。


「伊邪那岐機関・筆頭司祭:ピアニッシモ・タルトタタン」

「同じく伊邪那岐機関・筆頭司祭:フォルテッシモ・カーン!行くぜェえええええええ!!!」


 ピアニッシモは非常に素早い動きで周囲の悪魔を切り刻んでいく。それもその筈、まるで瞬間移動したかのように動くので悪魔が彼を捉えることが出来ないのだ。

 一方でフォルテッシモはその腕力でもって木葉の剣を力技で跳ね除ける。一方的に攻勢してくるし、その度に魔力を削られていく。


(長髪のピアニッシモとやらは瞬間移動、俺様系大男のフォルテッシモは魔力吸収か、厄介だな。一気に決めるか)


「おいピアニッシモ、俺様の獲物を獲るんじゃァねぇぞ!!!」

「ころす、魔王、ころす」


 彼らの攻撃をいなしながら、木葉は詠唱する。




「《鬼姫》、おいで、《酒呑童子》」




 真っ黒の鬼の面が顔に張り付き、お面の口から不気味なお札が何十枚と垂れ下がる。巨大な黒い翼が展開され、翼についている無数の瞳が一斉に彼らを見た。


「なッ!?」

「ッ!」

「《大江山の神隠し》」


 木葉がスキルを詠唱したと同時に無数の悪魔達が彼らに襲いかかる。ピアニッシモは回避しようとするが、悪魔は永遠にピアニッシモを追撃し続ける。そして、


「逃げ方が単純。瞬間移動出来ても、攻撃に反応できなかったら意味ないよね」

「がぁっ!」

「さよなら」


 一瞬の隙、背後から木葉に斬りかかられる。

 溢れ出す鮮血。回復魔法を使用しようと動きが鈍った所を、





 無数の悪魔が襲い掛かった。





ばり、ぼりっ。


べきべきべきべきべき。





 悪魔達が啄む。足を、手を、顔を、腹を、首を食いちぎっていく。人形のように真っ白な身体が瞬く間に喰らい尽くされて跡には小さな顔の一部だけが残った。

 一方で悪魔の大量放出さえ斬り伏せ続けていたフォルテッシモは、視界を悪魔に塞がれていた為に対応が出来なかった。ピアニッシモの最期を見て驚愕する。


「なっ!?くそっ、俺様がテメェを!!!」


 と言った瞬間、


「力技馬鹿は嫌い」


 指をパチンと鳴らすと、フィールドが樹海に変化した。結界魔法《樹海》。これによってフィールドを強制変化させ、フォルテッシモが力押し出来ないようにする魂胆である。


「なっ!?」


 予想通り力尽くで周囲の木々を薙ぎ倒そうとするが、樹齢何千年の大木はそう簡単に切れることはなかった。

 中途半端に食い込んだ刺又を抜こうとして大きな隙を見せるフォルテッシモ。木葉は手早く近づいて、


「はい」


 首を刎ねた。






 《樹海》の結界を解除。

 そこには血溜まりの上に立つ魔王、そして先程まで魔王と戦っていた異端審問官2人の死体が転がっているだけであった。


「ひっ!?」


 生徒の1人が叫ぶ。それが伝染したかのように、


「きゃああああああああああああああ!!!」

「う、うわああああ!し、した、死体、ぁ、ああ」

「ひとごろ、し、ひとごろしぃいい!」

「け、けいさつ、誰か、けいさつ……」


 と、生徒たちはパニック状態に陥る。





「さて、次は誰かな?」





 嗤う木葉。


 花蓮は悟る。


 ああ、何もかもが変わってしまったのだ、と。

ここから、ここからようやく木葉とクラスメイトの話が絡みます。長かった……。


因みに異端審問官2人は噛ませです。一応裏設定としてピアニッシモは神聖王国に滅ばされた亡国の王子、フォルテッシモはかつて魔族の王国を支配した王様という設定があります。が、あっけなく退場です。

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― 新着の感想 ―
ppも割と不憫な立ち位置だったんだな… なんかそういった背景があると考えると辛いですね
[一言] 長かった。 本当に長かった。 ついにきましたね!
[一言] いやーこののんやっと皆の前で名前名乗れたよ…思ったより長かったけど、すぐバラしちゃうより、こっちの方が断然良いと思いました(*´∀`*) 久しぶりに柊編から更新されてて良かったです。
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