5章2話:姉妹共闘
気まずい。
レイラ姫とマリア姫はあまり仲が良くない。レイラが一方的にマリアを煙たがっているというのが事実だが、傍目から見たら仲悪く見えてしまう。
さてそんな仲の悪い2人にディナーに誘われた零児と花蓮は現在、貴族街にある王室御用達のレストランに来ている。
国王夫妻と食べたりしないのか?と尋ねたが、どうやらエルクドレール王家ではあまりそう言った風潮がないらしい。昔はあったらしいが、今はめっきり1人で食べることが多くなったんだとか。それはそれで王室大丈夫かよ、とはなるのだが。
「と言ってもお父様の監視の目がありますから城下に出て食事、なんて真似はしませんわ。禊4番隊の壊滅で諜報機関に穴が出たとは言え、王室の諜報員は優秀ですから」
「12歳のお子ちゃまが何でそんなこと知ってるんですかねー」
「お姉様は黙っててくださいまし。ともあれ、ここは他の王族も利用するお店ですからお父様の許可も要りません。監視の目があるのは痛いですが、本命は此処ではないので」
「……?」
本命?何のことだ、と首を傾げる3人。レイラは一枚の紙を取り出すと、筆ペンでスラスラと文字を書いていった。
「後でわたくしの自室にご招待いたします。ここの近くにはその為の抜け道があるのです。そこで落ち合いましょう」
筆談。盗聴対策にはまぁこれしかないだろう。映像監視などがあるのでは?と疑うが、その手の類は流石に対策済みらしい。
こうして気まずいながらも王女2人との食事を楽しんだ2人は、その後城に戻ったのちまたこっそり外出。レイラ指定の抜け道へと進んだ。
「流石に王族は監視するけど俺らはここまで監視しねえもんな」
「逆にお2人には凄まじい監視の目があったわね。下手なこと喋ってないかビックビクだったわ」
秘密の通路を抜けた先、そこには扉があった。
「王城はもっと上じゃねーのか?」
「でも、待ち合わせはここだって……」
「そのまま扉を開けてください」
「ッ!?」
「お待ちしてました、2人とも」
暗い通路の奥、扉の前に立っていたのは長身の少女。茶髪の髪をポニーテールに結んだ活発そうな少女は、メイド服を着ていることから誰かの従者であることがわかった。
「え、と……」
「カタリナです。お好きによんでください。さて、レイラ様がお待ちなのでついてきて」
カタリナに案内されるまま扉を潜ると、
「へ?」
「ほ?」
「ようこそ、御二方。お姉様は先についてますよ」
「待ってたわ花蓮!……と、零児」
「わわっ」
「俺ついでみたい!!!」
勢いよく花蓮に抱きつくマリア。そんなマリアに戸惑いながら部屋を見渡す。
そこは童話の中のお姫様の部屋だった。ふわふわのレースが施されたインテリア、溢れんばかりのぬいぐるみ、高そうな椅子とテーブル。
女の子の理想を体現したような部屋を、憧れの眼差しで眺める花蓮。
「時間もないのでさっさと話をしましょうか。……お姉様、花蓮様から離れてくださいまし」
「レイラが私を呼んでくれるなんて珍しいですね。いつも部屋に引き篭もってますから」
「えぇ。お姉様が信用に足るか見極めるのに時間が掛かりましたから。そのお陰でお姉様のバックにはだーれもいないことが判明したので安心して呼ぶことができました」
「うっ、酷い……」
「事実ですわ。お姉様は知ってますか?わたくしが同志を募っていたことを」
「……まぁ、はい」
「意外です。何故、知ってるのです?」
「一度貴方の部屋からメイド以外の誰かが出てくるのを見ましたし……優秀な妹ならわたくしが考えていることの先を行ってると思いましたから」
それは即ち、マリアも同じことを考えていたということだ。
「はい、ですからこの2人をお姉様の護衛として使うのがいいと思います」
「へ?」
「ほ?私たちが、護衛?」
「【異界騎士団】なる組織が出来るのはご存知ですね?」
疑問には答えず疑問を重ねていくスタイル。それがレイラ流だ。
「え、ええ」
「17期生が来たことで、益々組織として統制が取れなくなります。下手をすれば前勇者の二の舞です」
「それは、まぁ……」
船形荒野の末路は記憶に新しいだけにそれが繰り返されるという事実に対しての忌避感は凄かった。
「わたくしは優秀な護衛、そして人材に恵まれています。ですが、わたくしにはカリスマがありません。人を操ることは出来ても、真摯に人に接することは出来ない。
それは、お姉様こそ相応しい」
「わ、私!?」
「悔しいですけど、わたくしにはないものをお姉様は持っています。だからわたくしはお姉様の手を取りたい。姉妹で協力したいのです」
「そ、れは」
「そして、その為にお姉様に死んで貰っては困ります。故に護衛。これにはもう一つの意味があります」
狼狽えるマリア。そこから視線を外し、今度は零児と花蓮に向き合うレイラ。
「2人を守る為です。異界騎士団に所属すればまた組織の駒として利用されます。ですから、護衛という名目で逃げ道を作ります」
「……もしかして、私の為に?」
「……花蓮様の痛々しい姿は、もう見たくありませんから」
そう悲しそうに微笑むレイラを見て、花蓮は再び涙が溢れてくる。
「あり、がとう……ございます」
「で、でもなんで俺も?」
「貴方は監視です。まぁ間違いなくロクでもないものを埋め込まれてますからね」
「へ?」
「フィンベルちゃん」
零児が口を挟む前にレイラはとある名前を呼ぶ。
扉を潜って出てきたのは栗色の髪をおさげにした可愛らしい女の子だった。
「ちょっと失礼します」
「え、ちょっ!?」
そんなフィンベルはいきなり零児に抱きついた。そして、
「あー、いますねこれ。盗聴や監視用ではないですけど、暴走機能入ってます」
「へ?」
「ちょっと殺しちゃいますね」
「え、待って待って待ってなになになに!?」
フィンベルは術式を展開、そのまま零児の腹に手を突っ込んだ。
「ぐえっ」
「ちょっ!? 貴方!」
「あ、すみません少し静かにお願いします。……魂に変なの埋め込まれてますね。別人格、みたいなものですかね。これ殺したらバレますか、レイラ様?」
「バレませんわよ。所詮は保険でしょう。悪い芽は今のうちにつみとりたいですわ」
「じゃ、殺します。ぷちっと」
ギエッ。
という声が零児の心臓のところから聞こえてくる。そのままフィンベルは手を引き抜き、術式を収束させる。
「あれ、傷がない……?」
「はい。魂に干渉しましたので肉体には傷つきませんよ。もっと奥深いところまでいってたらヤバかったですけど」
「そんな虫歯治療みたいな感覚で言われましても……」
「貴方は魂に余計な人格をくっつけられてました。黒幕の好きなタイミングで暴走させられるように。殺しといたので安心してください」
「ワードが物騒すぎて安心できません……」
危うく闇の零児が誕生するところだったらしい。厨二病全開になる前に止まってよかったぁと、零児は謎の安堵を見せた。
「これでお二人の履歴洗浄は完了です。お二人とも、お姉様の護衛について頂けますか?」
「勿論です!」
「え、何でそんな乗り気……あ、いやさーせんやりますやらせてください」
「宜しいですわ。ではお姉様は……」
レイラが何か言う前に、
「やります」
即答した。
「……もっと迷うと思ってましたわ」
「前々からレイラと協力できたらどんなに良いだろうって、思ってましたから。私だってこの国の上層部がどす黒い何かで染まっていることを知ってるんです」
「《真贋》のスキルですわね。人の本質が色になって現れると言う」
「ええ。レイラは綺麗な色をしてますよ!」
「……そういうのは良いですレズ王女」
「なぁっ!?」
妹からの素っ気ない態度に傷つくマリア。
「一応言っておきますけど、ある意味お姉様はお飾りです。わたくしに操られるんですのよ?それでも良いんですの?」
「レイラも言ったじゃないですか。私がレイラにないものを持ってるって。適材適所です!何より、レイラを信頼してますから」
屈託のない笑みでマリアは笑った。そのあまりの純粋さに毒気を抜かれるレイラ。色々考えていたのが馬鹿馬鹿しくなってくる程であった。
「……じゃ、ソユコトで。これから宜しくお願いします、お姉様」
「任せてください!お姉ちゃんが頼りになる所、見せてあげますから!」
「超不安ですわ」
がっちりと手を握る2人。2人とも、どこか嬉しそうだったと感じるのは、花蓮の願望だろうか?いや、きっとそうではないのだろう。
…
……
……………
その後、あっさりとカタリナの正体について触れた。
「え、嘘でしょ?貴方が語李くん?」
「これが噂のTSFか……」
「うるさい!仕方なかったんだよ……」
「な、なぁ、男ならわかるだろ?胸、揉ませ」
花蓮とカタリナにボコボコにされる零児は置いておいて、花蓮は涙を流しながらカタリナを抱きしめた。
「ごめんなさい……あの時助けられなくて、ごめんなさい……」
「良いんだ花蓮。アレは、そうするしかなかったしな。ほら零児、お前も」
「うっ、うううっ……胸ぇ」
「殴って良いか?」
「良いわよ」
というやり取りがあったものの、こうして1-5の3人は和解した。
その後は取り敢えず定期的に連絡を取りたいということで連絡手段について目処をつけてから解散。
語李が生きていたこと、そしてこれからのことについて希望が見えてきたことなどから、花蓮や零児の顔はどこか明るいものとなっていた。
「また連絡する。その時はゆっくり話そう」
「うん、カタリナちゃんもお元気で」
「おい」
「じゃあな、カタリナちゃん。メイド服似合ってるぜー」
「おいこら、やめろカタリナちゃんはやめろ」
和やかに揶揄う2人を見て、カタリナは懐かしさで一杯だった。
2人の見送りから戻ってきて紅茶を淹れ、レイラに提供する。ここ数ヶ月で紅茶の淹れ方についてはだいぶ上達した。
「……木葉のことは、話さないのですか?」
「話して良いんですか?魔王が暴走したかもしれないのに?貴方の探してる女の子と殺し合いになりますよ、なんて言っても?」
「………………」
「話をややこしくしたくはありません。櫛引様の所在も分からないのです。出来れば早めに接触して状況を確かめてからお伝えしたいですわ」
「それは、まぁ」
「カデンツァ達も戻ってきませんし、下手に動くことは出来ないですけどね。最近の未来予知に櫛引様の所在は出てきませんからどうすることも……」
そう、木葉の所在が行方不明だ。それだけが気がかり。レイラはシャトンティエリ戦の一件で評判を落とした他の王族に代わり、多くの貴族から信頼を得ている。
シャトンティエリ戦の裏でレイラは諸侯に対して防衛戦略を指示し、王家の意向なども伝えた上で適切に事務仕事を進めていた。評価が上がるのも無理はない。
「それより、俺はレイラ様の側にいても良いのですか?」
「……?何をいきなり。どうしたんですの?」
「俺を引き入れたのも、勇者候補として利用できないか考えたから、なんですよね?」
「………」
「船形が死に、その次に勇者となったアリエス・ピラーエッジも死んだ。それでも俺に勇者の資格は移らなかった。……俺は、貴方の期待に応えられていなかった」
「……馬鹿ですのね」
レイラはカタリナの頭を抱き抱えた。
「なっ!?」
「ふふ、女の子同士なのは便利ですわね。こうしてもあまり恥ずかしく……やっぱ恥ずかしくなって来ましたわ」
「何してるんですか……」
「それくらい、カタリナのことが気に入っているのですわ。貴方はわたくしの本性を知ってて尚、一緒に居てくれている。それだけで、どれだけわたくしが救われているか」
「…………」
「勇者を手元に置くことは考えました。ですが、探される可能性が大なのでデメリットの方が大きいのです。そんな爆弾要りませんわよ」
「レイラ様……」
2人は暫くこうしていたが、段々恥ずかしくなったらしいレイラがささっと離れていく。
「さ、さぁて、これから忙しくなりますわよ!17期生を呼ぶのはちょっと予想外でしたから。異端審問官は本当に碌なことしませんわね」
「今回で生贄を消費してしまった王都政府の次の出方は予想し易いですね。恐らく無理をしててでも補充しに掛かるでしょうから」
「はい、イレギュラー続きで向こうも追い込まれているのですわ。ですのでまた大きな戦争が起こります」
レイラはメルカトル大陸図を広げて見せる。
「ヴェニスの烽を殲滅し、東都にて白磁の星々を壊滅させ、イスパニラの防人も抑え込み国内の反乱組織を一掃した神聖王国は、必然的に外敵に注力するでしょう。カタリナはどう捉えますか?」
「……目下、神聖王国と敵対しているのは東のリルヴィーツェ帝国、北の連合王国、そして南の東方共同体です。それらを一掃し、現地民を生贄として徴収することを目指すでしょうね」
神聖王国の領域が赤く塗られている。その地図を見てカタリナは既視感に囚われる。この図をどこかで見たような……?
そうして記憶の奥底から引っ張り出して来たのは、
「……ナポレオン戦争」
「?」
「リルヴィーツェ帝国はドイツ、連合王国はイギリス、東方共同体はオスマン・トルコ、そして友好国の連邦はロシア帝国かな」
「カタリナ?」
「失礼。この図は俺のいた世界の200年前の状況と似てるんです。……となると大陸中央のリルヴィーツェ帝国を崩壊させ、周辺諸国を従属させる。その上で大陸封鎖令を出し、連合王国の経済を締め上げる、か」
「と、言うことは」
「まぁ、リルヴィーツェ帝国に総攻撃を仕掛けるんでしょうね。そうなるとまた東が荒れるな」
そして、カタリナの予想は的中することとなる。
ゴダール山の調査と事後処理が終わり次第、リルヴィーツェ帝国との戦争準備に入ると上の決定があったことを知るのは、数日後のことであった。
漸く戦力が整い始める反撃サイド。
花蓮に救いを……。




