2話:ヴィラフィリア工房
その夜、ルビライトから紹介された宿のベッドの上で本を読みながら、柊はずっと考え事をしていた。
______木葉が生きている。
まだ確証を得た訳じゃない。件の冒険者と木葉が別人である可能性もそりゃある。だがこの情報は、闇雲に広大な大陸を探そうと決意していた柊にとっては出来すぎた程の情報だった。
「ヴィラフィリア、か」
あれから本屋で神聖パルシア王国の歴史書を購入して読んでみた。勿論王都政府によって盛大に書き換えられた歴史ではあったが、これで五華氏族というもののある程度の認識はできるようになった。
5つの家系のうち現存しているのは鉄細工師:エカテリンブルク家の家系のみ。大陸各地に散っていった竜使い:フルガウドの一族は兎も角、食器使い:ヴィラフィリア、歌詠み:オリバード、船造り:ツヴァイライトは完全に滅亡したと言われている。
「でも残ってた。それも当主と末裔が。フルガウド家も当主の娘が生き残ってるし、王都政府も結構爪甘いんだなぁ」
唯一生き残ったエカテリンブルク家は南方大陸に左遷させられている。とはいえ、ツヴァイライト以外は五華氏族は生きているのだ。それゆえの反攻作戦、とルビライトは言っていた。
「現状、ロゼ・フルガウドと一緒にいる冒険者に会う為にも、ルビライトやルチアと一緒にいるのが最善策なんだろうけど……」
彼らは訳ありだ。白磁の星々というメンバーを率いて反政府的活動をしている。テロとかではなく割と隠密に動いてるあたりはそこそこ好感が持てるが、やはり捕まれば処刑だろう。
そんな彼らの肩を持つことは危険なのではないだろうか。と、色々ぐるぐる頭の中で巡っていて混乱しているのだ。
「でも、やるしかねぇ。その為にアタシはあそこから抜け出してきたんだ」
柊の目的は究極的には3つ。
1つ目は木葉を助けること。2つ目は笹乃らを助けること。そして3つ目は日本への帰還。
これを成し遂げるには神聖王国と魔王をどうにかしなくてはならない。そのうち神聖王国に関しては反政府組織である白磁の星々を利用しない手はない。
「昨日ぶりだな」
「おう」
「で、どうするんだ?」
今日も死んだ目をしているルビライトに柊は不敵に笑って答える。
「会わせてくれ、ロゼ・フルガウドに。それが出来るならアタシはアンタらに協力する」
「了解。つってもあいつらも今どこにいるか分からねーけど」
この世界の通信手段として、《念話》と呼ばれるスキルがある。これは近くにいる登録済みの人物と喋らずに会話できるというスキルなのだが、遠距離相手では使用することが出来ない。
しかし、ロゼ・フルガウド相手なら連絡手段は幾らでもある。先ずは【星間ネットワーク】というもの。これは白磁の星々のメンバー間を一定位置に配置し、都市間での念話連絡を行う連絡手段だ。ルビライトの情報入手が異常に早いのはこの手段を用いているからに他ならない。
そしてもう1つは、ある特殊な手段である。
「フルガウドの場所が分からんから【星間ネットワーク】は使えない。だから今回はこっちで行く」
「ぜぇ、ぜぇ……なんでお前らとの最初の協力作業が山登りになるんだよ……」
「あーしもう疲れたんですけど……」
「ほら、おぶってやる」
「は!?い、いいし!お兄の背中とかキモいキモいキモい、ひゃうううう!?」
「いいから」
ルビライトはルチアの手を掴み、強制的に背中へと誘導する。顔を真っ赤にしながらルビライトの背中に乗るルチアは、どこか幸せそうな笑みを浮かべていた。
「ほんと、キモいし」
ボソッと呟くルチアを見て、やっぱ仲良いなぁと柊は苦笑いをする。とは言え柊だってクタクタだ。東都から馬車で数時間、そこから山登りすること約2時間。柊は元々体力がある方ではないので限界も良いところだ。
「よし、着いた」
「ん?山小屋?」
山の中腹、小さな山小屋があった。白磁の星々の拠点というにはあまりにも小さすぎる。そんなことを考えていると、ルビライトは山小屋の扉をギィっと開けた。
「おわっ!?ドラゴン!?」
「その通り。ほれ、餌だぞ」
「ぎゃうううううう!!!」
首輪を付けられた小さな爬虫類。いや、ドラゴン。見た目はまるで恐竜だったが、頭部には立派な角が生えており背中からは竜を強く主張するような巨大な翼が生えていた。
「俺たちは人海戦術でのネットワーク構築だが、フルガウド家は竜を使ってネットワークを構築している。しかも竜は基本的にフルガウド家に従順だ。ちょっと前まではその辺微妙だったんだが……何があったんだろうな」
これはロゼが正式に竜人族の姫として君臨し、竜に号令を掛けたことが原因なのだがルビライトはそのことを知らない。
「へぇ……うわぴゃぁっ!びっくりしたぁ!」
ドラゴンは突然顔を突き出し、柊の顔を舐め始めた。
「くせぇ!なんか生肉の匂いがする!」
「そりゃさっき生肉食わせたからな。因みにそいつ人は食わねえから安心しろよ」
「先に言えよ怖えんだよ!あーびっくりしたぁ」
「ヒイラギ、タオルいる?」
「さんきゅールチア!うわぁ、唾液でベットベトだわぁ」
その後は山で一泊した。竜の羽ばたいていく様は中々にファンタジックで格好良かったなぁと、串肉を頬張りながら柊は回想する。
「でもヒイラギも大変だよねー。あーしには分からないけどさ、唐突に変な世界に連れ来られた訳でしょ?そこは戦いも何にもない世界だったわけなのに」
「まぁなー。不満がない訳じゃなかったけどさ、やっぱ日本って平和だったんだわ……」
ふーん、とルチアは遠い目で窓の外を見ていた。何か思うところでもあるのだろう。
「2人は何で兄妹なんだ?って……聞いてもいいのか?」
「ん?あぁ、そんな聞きづらそうにするなよ。大した話じゃない。オリバード領に王都軍が雪崩れ込む前に、ヴィラフィリア家にルチアが預けられた。んで、そのあとヴィラフィリア領に侵攻された際に俺とルチアと少数の家臣団で逃げ出した。そんだけ」
「だいぶ重いぞおぃ……」
「だから今でもルチアはヴィラフィリアを名乗ってる。生まれた時からヴィラフィリア家で過ごしてたからな。つっても1年くらいだけだが」
翌朝、柊たちは再び山を降りて東都に戻っていた。今後の方針を決める為だ。
「まぁフルガウドに会う前に取り敢えず東都は出るぞ。【女傑:ミランダ・カスカティス】のお膝元に五華氏族が3人も集まっちまうのはマズすぎるからな」
「みらんだ?」
「7将軍、女傑将軍ミランダ・カスカティス。王族絶対主義者で、東都一帯を収める神聖王国の鉾だな。今回俺らが東都にいた目的もそいつだ」
「あー、そう言えばなんでこんな所に居たんだよ?」
「あーしらは元々、この東都で捕まってた白磁の星々メンバーを奪還する為にきたわけ。でも、まぁ……」
「流石に東都の防備が硬すぎる。ストラスヴール要塞は見たか?」
こくりと頷く。柊は東都に来た際に観光としてそこを訪れていた。
ストラスヴール要塞は東都の行政本部で、巨大な城門で囲まれている。数えきれない程の火砲で武装され、城下に押し寄せてくる敵が居たならばそれを一瞬で消し炭にしてしまえる程だ。
「東都から出るのは確定だが、その前にみんなを救出しなくちゃいけない。その為にミランダを人質にしてメンバーを回収しようとしたけど、まぁ無理だわ。あいつ元々銅月だし」
てな訳でどうするか攻めあぐねていたところに柊が来た訳だ。こうなれば鈍感な柊も言いたいことが読めてくる。
「それに協力しろとでも?うー、まじか、それはちょっと……」
「流石にそこまでしろとは言わない。ただお前の持ってる異世界の兵器、それを供給して欲しい」
(狙いはそっちか……)
柊は錬金術師という役職の産物として、異世界、詰まる所元の世界の銃火器を生成することが可能である。錬金術師自体、非常に珍しい役職な上に武器マニアでもあった柊にその役職が渡ったのは何かしら意味があるのでは……?と彼女自身疑っている。
これまでに軽めの手榴弾や拳銃、果てはサブマシンガンなどの生成に成功しており、彼女のアイテムボックスはパンパンである。
「つーかそんなに良いものでもないだろ。アタシからすれば魔法の方がよっぽど便利で殺傷性高いぞ?」
「単純な殺傷性ならな。ただ非常に読まれやすいという欠点もある。その点、お前の武器は意外性の塊だ。そりゃ誰も見たことがない兵器なんだから当然だが」
言いたいことは分かった。しかし柊は素直に頷くことが出来ないでいる。それは、この世界に銃火器というものを広めてしまった場合の自分の立ち位置だ。
(勝手に量産とかされてくんだろうなぁ)
これで戦争形態が大幅に変わったとかなったら、柊は自身が歴史に及ぼした影響力に責任を持てる自信がない。
結局この話はまた今度ということになってしまった。
…
……
……………
それから2週間の時が過ぎた。
その間に神聖パルシア王国の情勢は大きく揺れ動いていた。
_____東の魔王の蜂起。
_____魔女:ジョスランの子守唄の進軍。
特に2つ目、ジョスランの子守唄については柊にとって馴染み深い存在でもある。いや、柊自身は馴染み深くないのだが。
「魔女出てきちゃってるけど、これ勇者パーティーどうすんだ?」
エッグベネディクトとコーヒー、サラダといったルビライトの作るいつもの豪華な朝食を取りながら、新聞を開いてそう呟く。
ジョスランの子守唄と言えば船形荒野たちが攻略に向かっていた【ゴダール山】の第100層に潜んでいると言われていた魔女だった筈。これが出てきてしまった今、【魔女の宝石】とやらは手に入るのだろうか?
「そっちも問題だが、直近の問題として東都がヤバいってのもある」
「あーしもそれ思った。王都決戦で勝とうが負けようがどの道東都にも来るよね、これ」
ゴダール山から王都までの街は壊滅状態だと言う。そこに【ライン魔導地域】から援軍が向かってるなんて情報も入ってくるからさらにやばい。王都と東都の間にゴダール山があり、ライン魔導地域からの援軍はすなわち東都周辺を通るのだ。
「ノルドール一帯は壊滅っしょ。シャトンティエリなんて街、一瞬で吹き飛ぶよ?」
「勇者パーティーが向かうらしいけどな、ま、腕の見せ所だろ」
ルビライトはどうでも良さそうに答える。ルビライトとしては勇者パーティーが死のうが知ったことではないのだ。
「あ、そーいやルチア、お前今日星間ネットワークの東都支部に行って例のブツ持ってってくれないか?」
「え、なんであーしが……」
「俺はヒイラギ連れて工房に行く。こればっかしは分担した方が楽だろ?」
「む、ヒイラギと2人きり、いやでもヒイラギとお兄は大丈夫かな、いやいやでもでも……」
なんかブツブツ言ってる。ルチアの気持ちを察して柊は思わず苦笑いをした。
「いや2人きりじゃねーし。工房の野郎どもいっぱいいるし」
「はっ!?お兄なんで聞こえてんのキモ!地獄耳じゃんキモ!ほんっとに!キモ!!!」
真っ赤になって手元にあったチーズを投げつけるルチア。それを華麗にキャッチして齧るルビライトを見て、その余裕っぷりがいけ好かなかったのか、ルチアはぷくーっと拗ねた。
「お兄きらい」
「え、ちょ、ルチア?」
子供みたいな拗ね方をするルチアは、そのまま身支度をしてホテルの部屋からでて行こうとする。
「あ、あのー、ルチア?おーい、ルチアさん?」
「お兄きらい」
バンッ。
ドアの閉まる音はやけに強かった。
「がぁあああああああん……」
「シスコンお兄ちゃん元気出せよ!ほらジャムいるか?いちじくのやつ」
「……マロンジャムがいい」
「お前意外と甘党だよな……。あんま妹にべったりだと嫌われっぞ?」
「知ったような口を聞くな。……いや、でもなんかヒイラギには妹がいそうな雰囲気あるな」
「______ッ!!げほっげほっ!」
「お、図星か」
ルビライトは落ち込みながらも謎の直感を告げる。生憎柊に妹など居ないが、
(い、一瞬木葉が頭に思い浮かんじまった!はっず!はっずぅぅうう!)
「い、いねぇよ!」
「あー、妹みたいな奴がいるって反応だなこれは」
「……お前。本当にそーゆーのやめとけ、嫌われるから、絶対!」
「たった今妹に嫌われたばかりの俺になんてことを言うんだ……」
「うわガチ泣き」
ガチ泣きするルビライトを引っ張ってそのまま工房へと赴く。
白磁の星々の地下工房。東都のとある商店の地下に、小規模ではあるが鍛冶場がある。そこには白磁の星々のメンバーの屈強な男達が日々武器を作っているのだった。
「お、ヒイラギちゃんじゃねぇか!」
「よっす!俺らのズッ友ヒイラギちゃん!」
「ツンデレルチア様とクーデレヒイラギちゃん、いい組み合わせだぜ……」
「寧ろ百合の間に挟まりそうなルビライト様は締め上げて差し上げるべきか?」
「てめーら、仮にも主君である俺になんちゅうことをほざいてやがる……」
「アタシはクーデレじゃねええええ!!!」
ここ2週間、柊はルビライトとルチアに連れられてヴィラフィリア工房に赴いていた。詰まるところ、武器製造に協力していたのだ。その過程で工房にいた白磁の星々の男たちと柊はだいぶ仲良くなっていた。
「やっぱこの造形美素晴らしいな!流石はヒイラギの姉御!」
「分かるか!いいよなこのライン、曲線美!黒のボディ!そして打った時の振動ときたら、はぁぁぁあああ」
「姉御の幸せそうな溜息頂きですぜ!にしても改めて錬金術師ってのは凄いんだなあ」
柊の錬成スキルは想像力に依拠している。そのため自由度がかなり高い。だからこそ、
「おぉ!これは……ルビライト様の魔剣:ハイドランジア!」
「へぇ、これもコピーできるのか」
「つってもスキルが追いついてないからただの豪華な剣だけどな」
このようになんでも作れる訳だ。
ちなみに今作ったのは【魔剣:ハイドランジア】と言い、五華氏族の持つ特殊スキルのうちの一つ、神話級の術具である。ロゼの持つ【火雷槌】と同等の価値があるがその能力には大きな差がある。
紫と青に装飾され、紫陽花のレリーフが象られた芸術品。剣というより、巨大なナイフの形をしており、食器使いと呼ぶにふさわしい術具と言える。
「アタシを助けてくれた時に兵士に使ったのはそれのスキルだろ?」
「あぁ。結界魔法の一種だ。そのうちまた見せる機会があるから言っとくが、一定距離内に結界領域を作り、その領域に侵入してきた相手に特殊な効果をもたらすスキルがある。間違っても外に出るなよ?」
「あー、それで……」
あの場から逃げ出す際に兵士たちが空腹感を訴えていたのを思い出す。あれは領域に侵入したペナルティみたいなものだったのだ。
「五華氏族の特殊スキル、って奴だ。そのうち2つは王都政府に奪われてる。オリバード家のスキルも早めに奪還したいところだが」
銃をかちゃかちゃと動かしながらルビライトが言う。ルビライトが20歳過ぎであることを考えると、オリバード家の当主とは面識があったのだろう。その葛藤が、柊にもよく伝わってくる。
励ましてやるか、とルビライトの背中をドンと叩いてやろうとしたその時、商店の扉がバンっ!と強い音で開いた。
「若君!大変です!せ、星間ネットワークの支部が!!!ルチア様が!!!」
「_______ッ!?何があった!?」
血だらけの男が店内に入ってきて、そのまま地面に額を擦り付けるように倒れ込んだ。
「東都軍の奴らが、拠点に奇襲をかけてきて……それで……」
「なッ!?」
…
……
……………
「貴様がヴィラフィリアの小娘か。散々手こずったものだね」
とある大広間。そこには厳重なまでに拘束された少女が床に転がされていた。
「………………」
突然の襲撃だった。何もできないまま数人の仲間が殺され、ルチアがスキルを行使する前に東都軍は鮮やかな手際で地下壕を制圧し、ルチアを捕縛した。
そこにはまだ星間ネットワークの資料が残されており、それらも一部は破棄できたものの残りは見られた可能性が高い。何より、
「さて、貴様を拷問して残りの連中の居場所を吐かせるのもやぶさかではないが、私とて暇ではないのでね。一網打尽にさせて貰う。
副総督、処刑の日にちを早めろ。連中を巣穴から炙り出してやる」
ルチアを冷たく見下ろす白髪の女性。歳は40代と言ったところだろうか。この人物こそ、ルチアらが最も恐れていた人物であった。
(アタシのせいで……お兄が……)
「はっ!畏まりました!」
「貴様には餌として役に立って貰おう。ヴィラフィリア兄妹は随分仲良しだと聞く。さて、兄は助けに来るだろうかね?」
「がっ!」
ルチアの背中を杖で踏みつける女。東都軍の青色の軍服に身を包み、一分の隙も見せないこの女の名は、
「ごほっ、ごほっ。ミランダ・カスカティス……」
「いい目だ。それでこそ戦い甲斐がある。貴様の兄が『弱くない』ことを祈るばかりさ」
ミランダは一言「連れていけ」とだけ言ってそのまま踵を返し部屋を出て行った。
騎士たちに腕を掴まれる中、意識がどんどんと薄くなっていくルチア。
「助けて……お兄、ちゃん……」
そう言ってルチアは目を閉じた。




