TIPs:そう在らんとする強い意志
これは、船形荒野死亡前のシャトンティエリ決戦のお話。
「やっぱりね、『愛☆迷☆未満!?無知蒙昧』が一曲目がいいと思うんだよね!それか『ウチ恋、来い来い!恋敵』かなぁ」
「『蜜です密ですパーリーナイト』も捨てがたいわよ」
「呪文かなんかですか的な?」
dress code symphonyの曲を歌うに当たって何を歌うのがいいか、という議論である。木葉のオタクが発揮されてしまい会議は踊っていた。
「ていうか時間ないですから!我が主、時間ないです!ちゅんが覚えられる曲にしてください的な!」
「お前一回聞いたら曲歌えるでしょ?それならギリギリまで悩んでも……」
「歌えますけど衣装とか色々、ほら!」
「歌えるんかい」
ロゼと似たような天才性を発揮している。根っからの歌好きというのもあるのだろうけど。
「ダンスはほぼ無しでいいわ。歌う曲はヒカリのスマホに入ってたこの15曲から選びましょ」
「ごめん……買ったCDをまだ落とし込んでなかったから少なくてさ……」
「ガチしょんぼりしてんじゃないわよ……。衣装はヒカリが裁縫スキルで作るとして、会場セッティングは……」
なわてが呟くと近くで控えていたラグー村の村人達とシャトンティエリの人たちが手を挙げる。
「俺たちに任せてくれ!」
「街が救えるならなんだってやるわ!」
「ヒカリ様には世話になったしな」
「……みんな」
力強く胸を叩くネギ農家のおっちゃん。木葉としてもやはりこの人達を守ってあげたいという気持ちが強まっていく。
「頼もしいわね。てか曲流すのはどうすんの?」
「音響機材も街の人に協力してもらう。【魔笛】スキルで移動も楽にできるし、私のスマホの音楽がうまく接続できれば」
「数時間でできる作業じゃないのは重々承知な訳だけど……クオリティは高められそうかしら?」
「勿論。ま、継ぎ接ぎだらけだろうけど、そこは2ndライブに期待だね。1stは取り敢えずお披露目ライブさ」
不敵に笑う木葉。此処でみんなに死んでもらったら困るのだ、と言わんばかりに次のライブについての展望を話している。
「んじゃレッスンは任せた。あ、一曲目は無知蒙昧で」
「は?蜜ですでしょ」
「もうどっちでもいいです的な……」
「「よくない!!!」」
「ひえっ」
…
……
…………
「うん、いい感じじゃん」
設営は順調だった。市長にも協力して貰って人員を割いてもらい、凄まじいスピードでステージと客席が組み上げられていく。セットはしょぼいが、そこは木葉の演出の腕の見せ所だ。どでかい花火を打ち上げて、船形荒野の計画を邪魔してやろうと思っていた。
ちなみに暴徒が時々邪魔しに来ていたので漏れなく全員骨を折って無力化してやった。今は強制的に客席に座らせている。さぁお前もドルオタになれ、と。
「ヒカリ様」
振り向くとそこには街の人達が集まっていた。
「こちら衣装用の布になりますが」
「ありがと。悪いね、協力して貰って」
「いえ、光栄でございます!ヒカリ様には一度この街を救って頂いております。二度もこの街の為に戦ってくれるなんて……」
「お世話になったもの。それに、向こうの思い通りに事が進むのも気に食わないし」
東の魔王が順調に人間族を滅ぼしにかかっていることが木葉にとっては気に食わないのであった。ならば王都に着く前に滅ぼされることが彼女らにとって最大の屈辱だろうと、そんな想像をして木葉は口元を歪めた。
「にしても、懐かしいな」
1・2・3・4と手を叩きながらレッスン指導をしているなわてがポツリと言った。木葉はそんな独り言を聞きながら椅子に座って針を通し始める。
「アイドルが?」
「えぇ。アタシね、アイドル卒業したら後輩達の面倒をみたくてプロデューサーにでもなろうとしてたのよね」
「17歳だった訳だし、それ考えるのだいぶ先では?」
「早いに越したことはないわよ。ほらそこ!手の動きが硬いわよ!」
「ちゅんんん!?」
指摘された子雀は涙目になりながらも再び踊り始める。やはり子雀の歌はアイドル向きだと思う。非常にスッと心に溶け込んでくる声なのだ。
「私は、またアイドルのなわてが見たいよ」
「……どうかしらね。アタシ達は戻れる保証なんてない。それに、この腕と目じゃアイドルなんてとても」
「『アイドルは魂だ、そう在らんとする強い意志だ』でしょ?」
「……雑誌のインタビューね。懐かしいわ、覚えてたの?」
「なわての言葉は強いからね。覚えやすいの。ねぇ、なわても歌わない?」
木葉の提案が意外だったのか、なわては驚いた表情をした。
「は?」
「アイドルNAWATE、私に見せてよ。きっと自信になるよ。まだ生きていたいって、そう思ってるなら」
「______ッ!?」
なわては心の何処かで死にたがっているんじゃないか。生きなければならないという反面、その罪悪感から死にたがっている時がある。木葉にとってはそれが凄く悲しい事実に思えるのだ。
「……アタシ、またあそこに立っていいのかな」
「ファンが居るならいつだってアイドルはアイドルなんだよ。そして、ファンなら此処にいる」
木葉は強くなわてを見据えた。木葉にとっての大好きが、願わくばなわての生きる糧になりますようにと。
「……アンタ、やっぱ凄いわ」
「そう?」
「そうよ。さて、子雀ちゃんの練習がてらアタシも声出しするとしますか」
「それって!」
木葉の前に拳が突き出される。なわてはニヤリと笑った。
「6年前の延長戦よ。異世界でもアタシの歌が通用するって、証明してやるわ」
シャトンティエリ攻防戦が始まろうとしていた。
次から柊の章入ります。




