TIPs:僕は僕らしく
アリエスと木葉についてのお話です。
これは、王都での日々の一幕。
「我が主、今日は何を買うんですか的な?」
「テグジュペリ家のお菓子試作用の砂糖が足りなくてさ。あ、あとバニラエッセンスも」
「えへへ、我が主の作るお菓子は美味しいのでちゃんは今からきゅんきゅんです的な〜!」
「おだてたって何も……金平糖屋さんで金平糖買ってくか」
「我が主大好きです!!」
木葉が子雀を連れて街を歩いている時だった。
「アリエス、今日は何を買うんですか? フカヒレを買いましょう、私の大好物なので!」
「うぅん仕方ないな、買ってあげてもいいけどさ〜」
「あぁ、焦らさないでくださいよお」
「ふふ、君のような可愛い子にはちゃんと買ってあげるよ、なんてね」
「きゃああ!アリエス好きぃ!」
「さすがアリエスです!」
「あはは、そんなことないさ、あははは」
(おっと、このなんというか何とも言えない気持ち悪さを感じる声は……)
「へいボーイ」
アリエスの背後に立ち、ツンツンと指で突く。アリエスは彼女達との時間を邪魔されたことを怒っているのか、どこか不機嫌そうに振り向いた。
「あん?誰だ……………………………よぉぇえ!?おま、おままままままま」
「久しぶりイキリ太郎。また私を殺しにきてくれたのかな?」
「あばばばばばばばばばば」
「あれ?おーい」
前回木葉相手にボッコボコにされ、お漏らしまでしてしまった思い出が蘇り、アリエスは痙攣を始めた。
「我が主、いじめ過ぎです的な。ちゅんはもう気にしてないので許してあげてほしいのです的な」
「あばばばばばばばばばb」
「ふぅん。まいいや、私は何もしないから。……そこの人、とりあえずイキリ太郎の痙攣止めて」
「わ、私ことスプリングがですか!?」
「はい解説ありがとう。で、止めるの?止めないの?」
「止めます!止めます!」
どうやら痙攣を止めるためのルーティンがあるらしく、スプリングはアリエスに近づいてあれこれした後、耳元で何かを囁いた。
「はっ!!ぼ、僕は何を」
「何でそんな震えてんの……。私そんなに怖い?」
「ヒイッ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ビビりすぎでは?」
「我が主は割と容赦ないことやったとは思いますけど……」
不満そうに頬を膨らませる木葉。
「あ、そうだイキリ太郎」
不意に思い出したように尋ねる。
「い、イキリ太郎って呼ぶのやめてくれないかな」
「いやこの呼び方凄いしっくり来るんだよね。んでさイキリ太郎、お前銀月級ってどーやってなったの?」
「な、なんだよ藪から棒に……」
「いやほら、私も金月目指して頑張ってる訳だけど、最上級冒険者ってどうやった昇格するのかなぁって」
「お、僕の武勇伝が聞きたいのかい!?」
「興味ねぇよ短く要点を掻い摘んで話せ」
「やめ、刀抜かないで!?」
怯えるアリエスを宥め、話をするように促す。木葉としては、どうやったらカデンツァのような銀月級とアリエスのような銀月級で差が出るのか少しばかり興味があったのだ。
「……採点基準は結構ガバガバさ。ギルド連盟の定めた特定の魔族や魔獣の討伐ってのが手っ取り早いかもね。例えば南の魔王や東の魔王とか」
「ふむふむ。で、youは何を倒して銀月に?」
「僕の場合は王都政府から討伐依頼を受けたブラックリストを片っ端からスキルを奪って無力化して逮捕してたらいつの間にかって感じさ。王都政府からの依頼はギルドにとっても額がいいからね」
忖度じゃね?と思わないでもないが、対人戦闘においてアリエスほど必要とされる冒険者はそういない。
「ん、サンクス。邪魔したね」
「いや、良いけどさ……え、お前これから何しに行くの?」
「ギルド連盟に昇格基準を聞きに」
「僕に聞いた意味ぃ!?」
木葉は思う。こいついじると超面白いな、と。
「冗談冗談、ほいこれアンケートご協力のお礼ね。試作品のお菓子とそれに関するアンケート」
「アンケート協力のお礼がアンケートなのか……これ毒とか」
「入ってない。味の感想とか書いといて」
「ふぅん、まぁ見た目は美味そうなんだけどさぁ」
木葉が自作したプリンをパクりと一口。すると5人の表情がみるみる変わっていく。
「うまっ!!なんですかこれ凄い!」
「美味しいですぅ!」
「おぉ……」
「がつがつがつ」
「はい率直な気持ちをそのままアンケートへGO」
わいわいはしゃぐハーレムメンバーとは対照的にアリエスはプリンを食べたまま固まっていた。
「どったの?」
「いや……なんだか、懐かしい味だなぁって」
「……そか。私の故郷のスイーツなんだけど」
「もしかして故郷が近いんじゃないか?僕は極東の桜花島出身なんだけど……あれ、でも桜花島にこんなスイーツあったかな?」
(そうか、アリエスは記憶を消されてるから……いや、ここまで来ると改竄か。酷いことをするね)
「我が主!ちゅんも食べたいです!」
「お前毎日食ってんじゃん。ほら、金平糖買ってやるから」
「我が主が作ったものだからこそ毎日食べたいです!……金平糖も頂きます的な」
「正直で宜しい。ほれ」
ちゅーん!と言いながら金平糖を啄む子雀。鳥に餌やってるみたいになっている。
「も、もういいだろ?僕はこの後用事があるんだ!」
「うぃ。私を殺しにいつでもやっておいで、返り討ちにしてやるから」
「何でそういっつも物騒なんだよぉ……」
「これが私のスタンスなもので」
ビクビク震えながら帰っていくアリエス。その後も王都で木葉に会っては散々脅されいじられるのだが、そのやりとりは徐々に微笑ましいレベルへと移行していくこととなる。
「日本人相手なせいか、どこか憎めないんだよなぁ。それに、15期生は中々悲惨な目に遭ってるらしいし」
「我が主?」
「何でもない。物買って帰ろう。そろそろテレジアが拗ね始める」
「起こしてきてあげてもよかったのでは……?的な」
「あいつ寝起き凄い機嫌悪いんだもん」
木葉と子雀が帰っていく一方で、アリエス達は振り返って彼女らを眺めていた。
「ふぅ、マジで何だったんだよぉ」
「ふふ、でもアリエス、少し楽しそうでしたよ?」
「嘘だろやめてくれよスプリング。僕は別に楽しいなんて……」
「なんだか、素のアリエスって感じがしました♪ちょっと妬いちゃいそうです」
「……素の僕、か」
アリエスは勇者の仕組みを知っている。そしてその称号が、王都政府の召喚した異界の人間に与えられたことも、苦々しく思っていた。何故だか、本来ならそれは自分の役目なのに____という思いが渦巻いているのだ。恐らくそれは15期生から魔王が生まれなかったせいで勇者が生まれなかったものの、本来アリエスには勇者の素質があったからなのだろう。
しかしすくなが15期生に協力しなかった結果、魔王も勇者も生まれずアリエスは中途半端な存在となってしまった。本人は心のどこかで無意識にそれが引っかかっている。
だからこそ、彼は勇者たらんと格好つけるようになった。勇者らしくありたいと願って……イキリ太郎という称号を与えられてしまってはいるが。
自身に与えられたのは『絶対正義』の称号。彼はただ、正しくありたいと自分の信じる正義を持って行動している。その称号に報いたいのだ。だから、
「僕は僕らしく、勇者なんて関係ない……って言い聞かせているけどね」
「……?」
「いややめよ。あぁもうあいつに会うと本当に変な気持ちになるから嫌だなぁ」
「ふふ、ではお買い物終わったらみんなでお酒でも飲みに行きましょう!」
「お、賛成だよ流石マイハニー!このなんとも言えない気持ちをお酒で忘れてしまおう!」
ニヤァと笑顔()を見せるアリエス。彼もそのハーレム要員も幸せそうに帰路に着く。
数週間後、悲劇が訪れることを彼らはまだ知らないのであった。
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