4章24話:歴史は繰り返す
4章はここで終わりです。
5章までに閑話休題と、真室柊の章をやりますが割と短いのですぐ5章行きますね。
「と、言うことで、君には死んで貰わなくてはならない」
男が冷淡な声で告げる。
バジリス王宮の地下、一度木葉たちが召喚された広間と言えばいいだろうか?そこには、多数の異端審問官と政府高官らが既に着座していた。
広間の中央には、巨大な魔法陣。そして、横たわるアリエス・ピラーエッジ。既に満身創痍で息も絶え絶え。足はありえない方向に曲がっており、身体中は傷だらけだった。
「君の罪状は、そうだね。国家転覆罪と言ったところだろうか。ま、罪状はどうでもいいだろうね」
「……………………」
「私達としても銀月級という逸材を殺すのは惜しいのだけれど、残念ながら君では『勇者』として役不足なんだ」
「ひゅ、こひゅ、た、ず、げ……」
もがきながら手を伸ばすアリエス。
「生きたいかい?死にたくないと感じるのは人間の本能だからね。さて、それじゃあ取引しようか」
ノルヴァードは近くの異端審問官に命じて何かを持って来させる。
それは、フラスコだった。
「『勇者』というのはね、純粋であればある程いいんだ。良くも悪くもこの世界に染まりすぎてしまうとその能力は著しく低くなる。記憶を消せばいいなんてものじゃないよ?魂が濁っていては意味がない」
フラスコの中身をアリエスに見えるように掲げる。
「君じゃあこれからどう頑張ったって魔王に勝てない。どうかな?君がこの『悪魔』と契約してくれれば悪いようにはしない」
「かひゅ、ひゅ……」
「肺に穴が空いているね。私の部下がやりすぎたようだ」
アリエスの視線の先、そこには……。
「………………………」
隻眼のツインテール少女:なわてが、虚な瞳のまま立っていた。先程まで、アリエスはなわてによってズタズタにされていたのだった。肺に穴まで開けられ、放っておけば15分もしないうちに死んでしまうだろう。
「ば、ン、ダ、ィ、さ……」
「……………」
「記憶を取り戻したのかい?そうか。異端審問官の記憶消去さえ覆すとは……。勇者としては使えないが、やはり君には役に立ってもらうとしようか」
ノルヴァードはアリエスに近づいて首元を掴む。血が気管に絡まったのかアリエスは苦しそうに咳き込むがノルヴァードはそんなことすら気にせずに言った。
「本来なら6年前、君がなわての役割を担う筈だったのだよ。そして、6年前の君ではきっと直ぐに死んでいた。絶望し、異端審問官を憎む激しい感情の動作……感情こそ悪魔の最も好む食事だからね。だから私は6年前、君ではなくなわてに悪魔の心臓を移植した」
「ぉ、ま、ぇ……ゴハッ!!」
「まだ足りないかい?……連れてきたまえ」
ノルヴァードの命令で4人の少女が広間に連れてこられる。スプリング、サマー、オータム、ウィンター。アリエスと共に冒険した彼の仲間だ。
そんな彼女らは、アリエスの前で次々と斬られていった。
「ぁ、ぁ、ぁぁ……」
「4人のうち3人は既に魔族化し、脳を阿片に毒されていた。私なりの救済さ」
「ぁ、ァァァァァァああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!がは、がはっがはっ!」
「ん?もう1人残っているが……どうしたんだい?なわて」
廃人状態のなわてだったが、残った1人……スプリングを斬ろうとしなかった。
「あ、アリエス!!」
アリエスに駆け寄ろうとするスプリング。そんなスプリングの最期を……アリエスは目の当たりにした。
「死は、平等に訪れるのだよ」
「あ、り……ぇ……」
「あ、あああああ」
血飛沫が掛かる。スプリングの目から光が消えた。
バランスを失い倒れるスプリングを思わず抱き留めるアリエス。そんなアリエスを見て、スプリングは微笑んだ。
「愛して……ま……す……」
「……ぁ」
そのまま永遠の眠りにつくスプリング。それを嘆く暇もなく、アリエスもまた命の灯火が消えようとしている。
「激しい憎しみの感情が、悪魔との親和性を高める。さぁ、彼女を殺し、磐梯なわてに殺人を犯させた相手はここだよ?」
「……ごろす"……ぜっだい、ごろず___ッ!がはっげぼっ!」
ぼたぼたと口からこぼれ落ちる血の塊。しかしアリエスは気にも留めずにノルヴァードを睨みつけていた。
「次に会う時は、化け物としてだね?」
アリエスを見下ろすノルヴァード。しかしアリエスは何か言葉を必死に紡ごうとしていた。
「………………ぃく」
「ん?どうしたのかな?」
「ぁいつが、ぉまぇを……殺じにいぐ……ゴホッ!!ぁの魔王が、最強の魔王が、きっと……がはっ!!」
少し驚いたように目を見開くノルヴァード。しかし直ぐに柔和な笑みを浮かべる。
「……面白い。それが本物の魔王かどうかは兎も角として、勇者が肩を持つ魔王、か。はは、いや、面白いね。では、気長に待つとしようか」
そのままノルヴァードはアリエスに手を伸ばして……。
「素晴らしい。君1人の命で、上級悪魔の召喚が出来るとは___!だが人の形は保てなかったか、これは、フォルトナ様に献上させて貰おう」
…
……
……………
(何が……起こった……?)
一連の騒動を得てレガートの目の前に残ったのは、薄らと笑いを浮かべるノルヴァードとアリエス……だったもの________真っ黒なクレヨンでグジャグジャに描いたような不気味な球体だけだった。
黒い球体はそのまま散らばった4つの死体を取り込んでいく。その光景に吐き気を催し、口を押さえるレガート。周りもそのようなものばかりではないだろうか、と見渡したが、そこには_____まるで見せ物を見た後のような満足気な笑みを浮かべる人間ばかりであった。
(狂って、いる……)
唯一メイガスだけが無表情のままそれを見ていたことに気づき、レガートはこの時点で信頼できる人間とできない人間との区切りをつけていた。
「皆さま、お騒がせ致しました。この通り、上級悪魔の召還に成功致しましたことをご報告させて頂きます」
おぉ!とどよめきが起こる。
「残念ながら人間の肉体を保つことは出来ませんでしたが、それでも快挙でしょう。また一歩、我らが主の再臨に近づきました!」
胡散臭い笑みのままノルヴァードは今度は魔法陣へと目線を移す。
「では、本日のメインを始めましょうか」
ノルヴァードの指揮のもと、異端審問官達が魔術を注ぎ込む。
地下の施設から数万の命が吹き込まれる。
魔法陣は光に満ち、広間を赤く照らした。
「おい、まさか……」
レガートはそれを止めようとするが身体が動かない。ノルヴァードの力だ。レガートはこれから起こることが容易に想像できたが、それを止める間も無く、
「ここ、は……?」
「え、なに、なにこれ!?」
「もしかして、異世界転移ってやつじゃね!?」
「うぉおおおおお!異世界キター!!!」
「ようこそいらっしゃいました皆さま。貴方達は、選ばれた勇者様御一行で御座います」
…
……
……………
夢を見ていた。
この世界に来る前の夢だ。姉の夢、友達の夢、祖父の夢……。
そして、この世界に来てからの夢を見た。
迷路がいて、ロゼがいて……そこには何故か子雀やテレジア、トゥリー・カルメン、なわて、それと……エレノアやハノーファーもいて……。そんな景色はあり得ないのだが、きっとそんな世界があったら楽しいんだろうなぁとか思いながら、木葉は夢を見る。
「つめたっ」
鍾乳洞から垂れてくる水で目が覚める。もう何日ここでこうしていただろうか?
「お腹は空かない……。こういうの食べ溜めっていうのかな。言わないか」
山道を歩き回って漸く見つけた隠れ家。この洞窟なら雨もしのげてそこそこ暖かくて、そして人の目が届かないから今の木葉にとっては最高のスポットだ。
「雨、止まないね」
(そうだね)
すくなが答える。
どうやら酒呑童子に関しては鬼姫で降霊させた時だけ意思の疎通が可能なようで、あいも変わらず木葉はすくなと2人きりであった。
あの時、シャトンティエリでの決戦で木葉は完全に魔王として目覚めた。東の魔王と30000もの魔獣を屠り、なわてをも圧倒し、《樹海》を発動させて姿をくらました。姿を隠さなくてはならない理由は単純。
バキバキバキバキッ!!!
手を翳しただけで遠くの幹にヒビが入る。これでも大分マシになった方で、ここに来てからは遠くの山を一つ真っ二つに引き裂いてしまうなど中々に伝説を重ねてしまった。それに……。
「次に誰かに会った時、もしかしたら殺しちゃうかもしれない。私は……クープランの墓みたいになりたくない……」
(このは……)
「だから一人でいい。一人がいい。一人で出来る」
これで良いのだと自分に言い聞かせるように呟く。何度も何度も、反芻する。
__________けれど、木葉にはもうそんなことは出来ないのだ。
「迷路に会いたい」
あの冷たそうに見えて木葉にだけ優しい瞳で見つめられたい。冷たい肌に触れたい。折れてしまいそうな体を抱きしめたい。
「ロゼに会いたい」
間延びしたトーンが聞きたい。柔らかい身体で抱きしめられたい。幸せそうな頬っぺたをつつきたい。
「子雀は無事かな?テレジアは?なわて……は多分生きてるけど、大丈夫かな?」
子雀を揶揄いたいし、テレジアに撫でられたいし、なわてとは……まだお酒を飲んでいない。あいつオレンジジュースだったもんなぁ、絶対飲ませてやる__!と、心の中で毒を吐く。
「結局、私はもう孤独にはなれない」
(それでいいんだよ、このは。その心を持ち続けることが、『暴食』に打ち勝つ方法だよ)
「そうだね。ねぇ、すくな……もしかして私が代償なしに悪魔の力……暴食と契約できたのって、すくなのお陰?」
(……そう、だね)
「そっか」
本当に聞きたいことは別にあったのだけど、木葉は今はそんなに話をしている気分じゃなかった。
(酒呑童子から聞いたすくなの目的……本当かどうか聞こうとするなんて馬鹿な真似はやめてよね私)
(…………)
「これから、どうしよっか」
木葉は洞窟の外に向かって手を伸ばした。
…
……
…………
「これからどうなるんだろうなあ」
「さぁな」
「はぁ……」
バジリス王宮は未だ魔獣侵攻の対応に追われて慌ただしくなっていたが、王宮の温室にはいつもと変わらぬ様子で花々が咲き誇っていた。
シャトンティエリ決戦から11日後、花蓮達生き残りの16期生は特にやることもないまま1日を過ごしていた。
花蓮も温室の百合を眺めながらぼけーっと座って考え事をしている。
「船形も、戸沢くんも遊佐ちゃんも飯富くんも高畠ちゃんも死んじゃって……先生達もいない。私達これからどうしたら良いの……?」
「あら、花蓮!戻っていたのね!」
可愛らしい声で駆け寄ってくるのは第一王女:マリアージュ。花蓮にとっては、今は彼女だけが癒しである。
「マリア様……」
「良かったわ!心配してたのよ!」
「すみません……戦後処理で1週間ほど滞在してましたので」
「良いのよ!それで、花蓮……話があるのだけど……」
「はい?」
「わ、私の……メイドに……」
「へ?」
花蓮が反応した時、温室の向かい側から「げっ」という声がした。
「お姉さま……」
「あらレイラ、お久しぶりね!ていうか貴方はまた引きこもってばかりですね!前回からなにも反省してないじゃないですか!」
「だからこうして外に出てるんですのよ。あーもういいですわ……このやり取り前回もやりましたもの」
ウンザリした顔でレイラは手をひらひらとしてその場を立ち去ろうとする。
「あー、お姉さま。その子を自分の専用メイドにする夢、諦めた方がいいですわよ」
「へ!?」
「え、専用メイド?」
マリアの顔が真っ赤に染まる。
「つ、仕えるように誘っていますがメイドに……とは……」
「さっき言ってたじゃないですか。でもそれ、多分無理そうですわ」
「え?」
誰かがこちらに向かって走ってくる様子を見てレイラは一礼してそそくさとその場を後にした。
「マリアージュ王女殿下!」
「あら?レガートじゃない!どうしたの?」
「今すぐ来て頂きたい案件がございます。ちょうど良かった、お前らも来てくれ。重要なことだ。……レイラ王女殿下は?」
「……逃げましたわね」
「急ぎの用事なのでそのままお連れするようにと、国王陛下から勅命を受けております。さ、こちらへ」
「お父様が私に勅命?花蓮達が召喚されて以来のことですね?」
疑問に思いながら渡り廊下を歩く生徒たちとマリアージュ王女。
通されたのは、即位式などで使用される程格式高いホール:鏡の間。レガートのノックとともにマリアと花蓮は入室した。
「あ!!!尾花花蓮ちゃん!!!」
「_________ッ!?貴方……確か、4組の……上田、おとめちゃん……!?どうし_____ッ!?」
鏡の間、そこには40人ほどの人間が揃っていた。誰も皆、見慣れた服を着た少年少女達。そして、ちらほら見知った顔がいることに気付く。
「こ、れは……」
「先に来てたんだね!!!レガートさん?からそう聞いてたけど、安心したよ!!」
「尾花さん久しぶりー!なんか痩せた?」
「あれ?なんか人数少なくね?」
目の前が真っ白になる。
何故、なぜ彼女達がここにいる?だって、彼女は、彼女達は……。
「見ての通りですよ尾花花蓮」
目の前から紺色のローブを被った神官……大司教:ノルヴァード・ギャレクが来る。
「満開百合高校1-4、計40名。新しい勇者パーティーです」
にっこりと笑うノルヴァード。しかし、その笑みは今の花蓮にとっては恐怖でしかない。
そのままノルヴァードは花蓮に近づいてこう言った。
「余計な事を言ったら……分かりますね?」
「_______________ッ!」
(神聖王国は……満月教会は……また同じことを繰り返させるつもりなの_____ッ!?)
何も知らない生徒達。異世界転移にはしゃぎ、まだ絶望を知らない彼らに対して、花蓮は膝をついた。
そんな花蓮を気遣うように、木葉を彷彿とさせる明るい茶色の髪を持つ少女:上田おとめは言った。
「大丈夫?どーしたの?」
穢れを知らない、綺麗なままの少女が手を差し伸べる。それが、絶望と穢れを知った花蓮にとってどんなに残酷なことなのかも知らずに。
「ぁ、ぁ、ぁあああ……」
物語は再び動き出す。
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