4章23話:無知は罪です
「魔女、倒したんだね。こっちも終わった。私達の勝ちだよ」
溢れ出る狂気と悪意をなんとか抑えつつ話しかける木葉だったが、なわては無言のままだ。
アリエスは突然現れた異端審問官の少女に唖然としたまま、一方で魔王の狂気に触れることのないようにするため、その場を動けずにいた。本能的に直感しているのだろう、間合いに入ったら死ぬ、と。
そんなアリエスの様子をみつつ、尚も口を開こうとする木葉。しかし、
「ねぇ、なわ」
「残念よヒカリ」
「____________ッ!?」
なわての大剣から飛んでくる斬撃を咄嗟に瑪瑙で受ける。確実に防いだはずの大剣、しかし受け止めた瞬間その重みが極限まで増したような感覚に襲われ、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「がっ!」
「ふっ」
バランスを崩す木葉を追撃し、横薙ぎに剣を振るってその胴体を寸断せんとする。それを右手の瑪瑙で防ぐがやはり重さが増して再び吹き飛ばされてしまった。
「がはっ」
「ヒカリ、アンタは……」
何か言いたそうにするなわて。木葉は立ち上がって言う。
「ごめんね」
「______ッ!?ずっと……アンタが魔王だった、のよね?でも、なんで」
「そういう運命だったから、かな」
「……そう」
黙り込むなわて。
暫く静寂が続くが、なわては決意したように大剣を構え直した。
「アンタに言ってなかったわね、あたしが異端審問官になった理由」
ふっ、と息を吐く。
「あたしには絶対に成し遂げなくちゃいけない目的がある。それは、あたしが生きる上でたった一つの……最後の最後の最期に残った道しるべ。
……友達を、助けたいの」
「………………」
そっと目を伏せるなわて。
前々から木葉が感じ取っていたなわての何処か儚げな雰囲気。
木葉は薄々感じていた。彼女は既に自身が幸せになることを放棄している、と。その上でどうしてこんな状態になってまで生き続けているのか。その答えこそが、
「満月教会に、双葉春風っていう友人がね、囚われてるの。前に話した会津くんを巡ってバチバチやってた子ね。……あたしにとってはあの子が生きてることが希望なの」
「………………」
「教会は、あたしが異端審問官としての責務を全うすることで春風を解放するって言ってる。それが本当かどうかは分からないわ。けど、私にとって、悪魔の力を使って異端者狩りを行ってきたあたしにとっては、もう後戻りなんて許されない」
「……………」
「魔王は……教会にとって明確な『異端者』であり、狩りの対象。あたしは、あんたを見逃す訳には行かない。確実に殺す」
「そっか……」
それを肯定することも否定することもせず、木葉はただ瑪瑙を構えた。なわては苦虫を噛み潰したような表情をしたが、自分の意思が勝ったのか直ぐに迷いを振り切ったようだった。
木葉は言う。
「私はね、やらなきゃいけない事があるの。救わなきゃいけない子がいて、会わなきゃいけない子がいて、助けたい人たちがいて、それら全部が合わさって今の私がある。
全部やり遂げて私自身に答えを出したいの。
だから、ごめんね?なわて」
不敵に笑う木葉。なわてももう覚悟を決めていた。
「ええ、こっちこそ。殺しちゃうわ、ごめんね?」
その刹那_____両者の剣が撃ち合った。
「ぐっ!」
「はぁぁあ!!」
魔剣:アンタレスの保有スキル《重力制御》が発動し、瑪瑙に異常なほどの負荷がかかる。しかし木葉は鳥居から悪魔を出現させ、アンタレスの領域内のなわてへと攻撃を仕掛けた。
(完璧な不意打ち、これなら_______ッ!?)
「視えてるわよッ!!!」
アンタレスから辺りを覆うように蒼い炎が吹き出し、なわての周囲に弧を描く。木葉は瑪瑙でそれらを防ぎつつ後退するが、アンタレスのリーチの長さとなわての反射神経がそれを許さない。
「消し飛びなさい」
「くっ!」
放出される凄まじい燃焼力を持った青い炎によって、森は忽ちのうちに焼き尽くされる。
しかし直後になわての視界に飛び込んできたのは、真っ赤な鳥居だった。木葉を守るようにして朱塗の鳥居が設置されている。
「……燃えないのね」
「《大江山の神隠し》。反応さえ間に合えば魔法攻撃はある程度これで喰らうことが出来る。ゲホッ、ゲホッ!!!」
(《酒呑童子》状態は思った以上に消耗が激しい!全身で無理をして最強フォームを維持してる感じがする。早めに決着をつけないと……)
木葉はなわての腕をみる。そうだ、彼女に存在しなかったはずの右腕……そこには真っ黒なそれこそ悪魔のようなぐじゃぐじゃしたものが存在していた。
初めてなわてがギターを弾いていたことを思い出す。当然ギターは両腕が無いと弾けないため、なんらかの方法で右腕をカバーしているのだと思っていた。
「義手……それが悪魔の力?」
「そうね、あたしの体内には『蠍の悪魔』の心臓が埋め込まれている。満月様を構成する悪魔の一体よ。さっきあんたが食べたのと同類の、上級悪魔」
「_____ッ!? 知ってたの?」
「あんたのソレも悪魔を利用した降霊術の一種よね?てことは、あんたも何らかの代償を払っているはずよ」
そう言えばそうだ。ロゼ曰く、悪魔の召喚には何らかの代償が必要。ロゼの母は自身の命及び自らの魂と引き換えに中級悪魔を召喚し、『暗闇さん』という形でロゼに貸し与えていた。
なわての場合は……会津君や15期生らの命となわての右腕。もしくはそれ以上に何らかの代償が存在してる。そうでなくては、現世に上級悪魔を留めて置けるわけがない。
「知ってるかは知らないけど、悪魔召喚は私達の世界の人間にゆかりのある者しかできないわ。その代償も勿論、私達の世界の人間。だから五華氏族と王家だけに伝わってるって訳。
あぁ、べらべら話しすぎたわね。次で殺すわ、『木葉』」
「_____ッ!?いいよ、おいでなわて」
「《幸いを見つけた蠍の心臓》」
魔剣から放たれる全てを飲み込む破滅の炎。S級魔獣、それどころか魔女でさえ屠った魔法攻撃が木葉を飲み込まんと迫ってくる。
「《____________》」
「なッ!?」
木葉を飲み込んだ青い炎。それを相殺するように瑪瑙から赤い炎が放たれる。互いに死力を振り絞った全力の攻撃魔法が衝突し合い、そして、
僅かに木葉の炎が青い炎の火力を上回った。
…
……
……………
魔女:ジョスランの子守唄と、東の魔王が討伐されたという報告が花蓮たちの元に届いたのは明け方のこと。防戦一方でとうとう街の内部にも危険が及びそうになっていた状況で、魔獣が動きを止めて撤退を開始したのだ。
子雀のライブは1時間と少し、つまり木葉が酒呑童子の力を手に入れて東の魔王を殺した辺りには終了していたが、その後は握手会が開かれるなどして熱狂は醒めないままでいた。
「ちゅん……。我が主、無事ですよね……?」
何やらホクホク顔で握手してくる冒険者の男性に傍に逸れるよう指示を出しながら呟く子雀。小慣れすぎている……。
子雀の心配は当然で、壁の外へ突入したなわて、アリエスらは未だ帰らずにいる。しかし、レガートと花蓮はその目でしっかりと視認していた。青い炎に5度包まれ、その肉体が完全消滅を遂げたジョスランの子守唄。魔獣が撤退していったことから、木葉の提案した作戦が上手くいったのだろうと推察し、シャトンティエリ軍はそのまま掃討戦へと移行した。
「団長、視えますか?」
「いいや、視えないな。固有結界魔法の類いだろうか?一度焼き尽くされた筈の森が再び樹海と言えるまで樹木が広がっているなど、到底自然現象ではありえない」
「……あっ」
花蓮が指を刺す方向。青い炎と赤い炎が激突し、周囲の森を焼き尽くした地点には、新緑が美しい樹木の海、樹海が広がっていた。しかし次の瞬間、その樹海は光となって消えていく。
「綺麗……」
光の粒が飛び交い、明け方のシャトンティエリはダイヤモンドダストが舞うかの如く煌めいていた。そんな情景に心奪われる花蓮だったが、レガートの一言でハッと我に帰る。
「魔獣の群れを視認。いずれも撤退中、か。突入した3人を探してくれ」
「承知しましたッ!」
掃討戦でシャトンティエリ軍は、はぐれ魔獣を潰し郊外から魔獣を駆逐することに成功。
しかし、一向に3人の行方は掴めず、レガートはシャトンティエリの総指揮を副団長に任せて一時的に王都へと帰還することとなった。
〜王都、バジリス王宮・王国議会〜
シャトンティエリ攻防戦から10日後、王宮には事の顛末が粗方報告されていた。
以下報告書。
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・東の魔王、魔女:ジョスランの子守唄の討伐及び30000匹近い魔獣の殲滅に成功。
・魔族に関してはほぼ討伐できず。
・勇者死亡。勇者パーティーは勇者含め5名の死者。
・七将軍:ドレスデン大将ら多数の将官が戦死。ドレスデンの第7師団とコルネット大将の第8師団、レムス市第24駐屯兵団と合わせ軍人だけで40000人の死傷者、民間人も含め80000人の死者・行方不明者。
・冒険者連合側も死者多数。アリエス・ピラーエッジ→死亡。ヒカリ→行方不明。
・街の損傷、甚大。
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「ご苦労でしたねぇ、レガート」
「はっ」
王宮の議事堂で近衛騎士団長:レガートは報告を終えた。議会には宰相や7将軍らが着座しており、重々しい雰囲気が漂っている。
ここは本来の王国議会ではない。7将軍、4宰相、各省庁の長、王室顧問、ヒューム主幹を始めとした一部の関係者ら神聖王国の暗部に関わる人間がここには集められていた。
「頭目を失った魔獣どもはライン地方へ向かったと、ふむふむ」
「……その道中は東都:ストラスヴールを通る可能性もあります。東方パルシア軍管区のカスカティス将軍には特に細心の注意を払っていただきたくよう東都へ魔術電報を飛ばしましょう」
「ま、そこは大丈夫でしょう。レガート、君もよく生き残りましたね。ゆっくり休んでください」
「……しかし、勇者をみすみす死なせてしまうという失態を」
歯噛みするレガート。正直、重い処罰を受けることさえ覚悟していたが、その返答はあっさりとしたものだった。
「ソレに関しては問題ありません」
問題ない。それが7将軍:メイガス、そしてそれに追随する議会の答えだ。
いや、問題が無いわけがない。勇者はこの世界の希望だ。魔王に対抗できる、唯一の存在。というより、【月殺しシステム】によって勇者が魔王を倒すということ自体に意味があるわけで、異端審問官はそれを知っているからこそ魔王に手を出さない。
「私の言いたいことはわかりますか?」
「い、いいえ分かりません閣下」
「レガート、貴方には『新しい勇者』の指導について頂きますと言うことですよ」
「な______ッ!?」
メイガスが言いたいことはつまり、『船形荒野という勇者』が死亡したこと自体に問題はない、ということだ。
勇者はそもそも『象徴』としての意味合いが強い。民衆から見れば、勇者はクープランの墓を倒した存在であり、満月教会が呼び出した教会の剣であり、そして真実の面から言えばフォルトナからみた正義:『飛騨の民』の象徴。
初代はすくなが居たからそうはならなかったが、二代目以降勇者はその『象徴性』が適合者へと移るようになった。いや、そうなるようにフォルトナが調整した。
勿論その象徴性の移行だって、何の代償もなしに行われるわけがなく……。
「フォルトナ様への供物が消失しました。即ち勇者の代替えが行われた、ということですよ。そして、それは教会の管理の元で行わなければならない」
「____ッ!?ギャレク大司教……」
紺色のローブに身を包む黒髪の大司教:ノルヴァード・ギャレクが入り口の扉を閉め、そのまま議会堂内に歩みを進める。
「く、供物……とは?」
「いい子ぶるのはやめませんか、騎士団長殿。貴方も気付いている筈ですよ。王都の人身売買の状況について、終着点が王都になっていることを。勇者の召喚に、その民草が使われていることを」
「_______ッ!そ、れは……」
「無知は罪ですね。貴方は騎士団長という立場にありながらその事実を知らされていなかった。神聖王国と教会の情報統制が優秀に働いている証拠ではありますけれど」
ノルヴァードは立ち止まって言う。
「始めましょう、皆様どうかお立ちあいください。あぁ勿論レガート騎士団長殿、貴方も」
にこりと笑うノルヴァードだったか、レガートにとって彼の笑みはそれこそ悪魔の笑みのように見えたのだった。
地下へ地下へ潜っていく。
レガートは後悔していた。自身が仕える将軍や王家がこれまでキナ臭いことをやり続けていたのは何となく気付いていた。その度に自身はこのままここに居ていいのか、本当に民の味方の騎士であり続けられているのか疑問に思いながら、王家の為に剣を振るうことこそが正しいのだと信じてきた。
(だが、私はもっと早く自覚すべきだったのだ。この国はとっくの昔に狂っていて、私はその悪の片棒を担がされていたのだと……)
地下の施設の存在は知っている。16期生を召喚した施設だ。だがその時だって、きっと代償が……供物が捧げられていたはずなのだ。
「勇者の意味を考えたことはありますか?レガート団長殿」
「……勇者、ですか?」
ノルヴァードは表情を変えず問いかける。
「私達の悲願、それは『さる御方の復活』ではあります。そして、その為には勇者に魔王を倒して貰い、【月殺しシステム】で敗北を認めさせた上で『すくな』を誘き出さなくてはなりません」
レガートからすればこれ程意味のわからない会話はないだろう。彼はすくなも、月殺しシステムも知らないのだから。
けれどノルヴァードはそれを分かった上で続けた。
「すくなは何体もの悪魔を取り込んだ強大な大悪魔で、きっと今代の魔王に自身の力を無償で差し出しているのでしょう。両面宿儺を、満月様を再構築する上で彼女の存在は欠かせません」
「…………………」
「すくなは神に成り代わろうと魔王を指し向け、こちら側を容赦なく殺そうとしてくるでしょう。そして、私たちは神を作り上げ、正しくこの世界を統治する義務があります」
「魔王……」
思い浮かべるのはあの少女。シャトンティエリにて東の魔王を殺し、街を救った英雄の少女。彼女こそ、レガートにとって魔王と呼ぶべき存在である。
「そう、魔王。すくなを屈服させるには、彼女自身が作り上げた【月殺しシステム】というギャンブルで正々堂々彼女に敗北を与え、気力を奪い、魂を奪ってやる必要があるのですよ。魔王を殺すことでね?
______500年前のように逃げられては困りますし、100年前のように土俵に上がってこないのも困ります」
(さっきからこいつは、何を言っているんだ?500年前?100年前?いずれも魔王が出現した年だ。……魔王の出現に、彼らは絡んでいるのか?いや、まさか……そんなこと)
「分からなくても結構ですよ。貴方はこれから起こることを、ただ見ていればいい」
含みのある笑みとともにノルヴァードは扉を開けた。
「ひゅぅ、ひゅぅ、が、ぁ、ぁ、ぁぁあぁ」
「なッ!?」
暗がりのホール、その中央に横たわる男。
アリエス・ピラーエッジが血塗れになって倒れていた。




