4章18話:勇者はお前にくれてやる
樹海から去る時、
「ちょっとは楽しめそうじゃあないですか、にゃははは。女の子の匂いがします、貴方も堕としてあげますよ、イレギュラー。私たちの勝ちはもう確定してるのですから」
と挑発する東の魔王に対し
「ふん、貴方が地獄に堕ちてよ。紛い物風情が」
そう言い残して冒険者共を連れて帰った後、第4陣地の本陣に赴くとそこはもうもぬけのからというか、なんていうか、
「ま、逃げ足だけは早いよね上の人ってさ」
本陣にのさばっていた魔獣がいたので撫で斬りにしてやる。
ザシュッ。
「い、一撃……」
「銅月、なんだよな……?」
「銀月じゃねぇのか……?」
お前らも働いてくんないかな。
とかなんとか考えながら本陣を後にしつつ魔獣を斬りつつ移動していると、第5陣地との中間地点にたどり着いた。そこには、
「あー……」
下半身のない男……ドレスデン将軍とその配下の将軍達の遺体が野にさらされていた。今朝私が寝坊したことをブチ切れてた将軍の姿もあった。
「ぅ、ぉお、ぉええ……」
アリエスが嘔吐したらしい。私はもう、ヴェニスで腐るほど見たからなんとも思わない。
「……ここ以外の逃走ルートが何箇所あるかは事前の会議で話してたよね?」
「ぉぉえ、あ、あ?きゅ、急に何を……」
「第4と第5の陣地を繋ぐ連絡経路。参謀会議で決まってたルート。一番奥地だった筈なのに、ここが真っ先に狙われてる」
かがり1号機を飛ばして他のルートを確認したところ、他には魔獣がたむろしていなかった。のに、
「ぎいあいいいああい!!!」
「ひぃ!?魔獣が前方から1000はいます!?」
「お、終わりだ……」
「煩い。鬼火」
悲嘆に暮れる間もなく、冒険者達の前で1000の魔獣が火に焼かれる。
「魔獣の死臭をばら撒いとけば、取り敢えず時間稼ぎはできるかな……って何してんの」
「い、いや……お前もうちょっと俺らの情緒とか汲み取ってくれても」
「は?」
絶望顔になったり呆然としてたり忙しい人たちである。それより問題はさっきの話だ。
私たちの勝ちは確定してるのですから、ね。何故そう言い切れる?これは……やっぱり……。
…
……
……………
第5陣地から勇者パーティーと近衛騎士団が撤退したと知ったのはその陣についた後だった。これにより迎撃する王都軍は街郊外の拠点を全て失ったことになる。
詰まるところ次の戦闘は城壁を防御にした市街地戦になるわけで……。
「負け確じゃん」
街に戻ってみんなの悲痛そうな顔を見た時、その言葉が浮かんだ。
「ドレスデン大将、メッテルニヒ中将、コートルリヒト少将らの戦死により、全軍指揮権は近衛騎士団のレガート・フォルベッサになった、と」
「はいです的な!我が主の申し付け通りずっと街にいましたけど、これもう勝ち目ないです的な……」
「ま、それを覆すのが私の役目だよ子雀。てかお前なんか影薄くない?」
「我が主が連れてってくれなかったからですぅ!!!」
「はいはい。そんで、この有り様は?」
街の内部では乱闘騒ぎが起こっていた。絶望感にふさぎ込む人間だけならまだ良かったのに、彼らの不安感が暴力という形で消化され始めたのである。
「街の住民が怯えてるです……これは一体……」
「歌だ」
さっきまで塞ぎ込んでいたアリエスが言った。
「歌ぁ?」
「ジョスランの子守唄の歌、聞いたやつはその感情がある程度伝達されるようになってる。だからあの平原での戦闘でみんなの絶望が激しくなった時、周りの連中もこぞって沈み込んだ」
「なんで知ってるんだよ」
「僕のスキルは略奪、そしてスキルの鑑定さ。だからこの不安や恐怖が口から口で伝達するのも知ってる。あの魔女の子守唄でこの街には今閉塞感が漂ってるんだ……」
絶望感の蔓延を広める感情共有のスキルで暴動を起こさせ、内部から崩す。か。それともう一つ。
「あの黒い霧は何?」
「眠りの霧だよ……文字通りの効果を発揮していただろう?」
「は?眠ってなくない?永眠してたじゃん」
「眠る、というか……動きを止めるかな。心臓のね」
「_____ッ!?」
「心臓などの内臓器官に負荷を掛ける呪いというのが正式なものだね。呪いを受けた状態であの黒い霧の中を移動すると心臓にどんどん負担がかかっていく」
なるほど、それで呪いに耐性のない人間はバッタバッタと倒れていったわけだ。私もあんま相手したくないな。
「さてと。残存兵力を城壁に配備して全軍撤退ね。街は包囲されつつあり、内部で暴動まで起こってる……この状況どうしたもんか」
ドゴォオオォォォォ!!!
城外で爆発音が起こる。残った銅月級がなんとか寄せ付けないようにしている。だがこれもまた奇妙だ。あれだけの大軍を使えばあっさりこの街を捻り潰せるはずなのに攻めてこない。もう時期日が暮れるから恐らく夜中には総攻撃を開始するだろうけれど。
「なにかを待ってる、のか?だとしたら……」
確かめるために私が向かった先は……。
「待っていたぞ、冒険者ヒカリ」
ノックすらせずに扉を開けると、そこには赤毛の美丈夫が腕を組みながら待機している。その顔は悲壮感と疲労感でいっぱいで、今後の後始末を押し付けられた可哀想な中間管理職と呼ぶに相応しい表情をしている。
「お待たせ騎士団長閣下。早速だけど、私の言う通りにして貰ってもいいかな?」
『とある用事』を済ませてから私が向かったのはシャトンティエリの参謀本部。1〜3の防御陣地が壊滅し、第4の本陣までもが総大将と共に全滅したことでここを指揮できる人間に限りがあった。
私の言葉に対して反論はない。
「一応私が最初に出した案で行くつもりだけど、その前にどうしてもやっとかなきゃいけないことがあるんだよねー。指示を貰わなくてやるつもりだけど、一応事前に報告くらいはしておきたいなぁって思って」
「……聞こう」
彼は、もう私に対して何かしらの諦念を持っているようだった。だから私も安心して言える。
「裏切り者の"哀れなピエロ"に地雷源でタップダンスして貰おうかなぁって思って。異世界から来たんだから、それはもう上手に踊ってくれるんじゃないかな?」
「……そのピエロは、世界の平和のために必要だ」
「へー?んじゃあピエロの今後の教育はそっちに任せるよ、今回凌げれば取り敢えずなんとかなるし。私は私なりにこの街を守りたいだけなんだよねー」
「………………」
「山は今夜だね。決断は早いほうがいいよ。あ、これ細かい作戦書ね。ピエロにはダミーの方を渡してもらってもいい?私アイツらに会いたくないんだ」
「君は……一体、何者なんだ」
レガートが声を低くして尋ねる。
「それは私の戦いを見ながら見極めればいいと思うよ、団長閣下」
そう言い残して部屋を去る。やるべきことがいくつも残っている。そのうちの一つが、
「ちゅん、我が主?」
「ジョスランの子守唄の攻略法、かな。正直魔獣から街を守る最低限の戦力は欲しい。その点において街の平和的状態をなるべく維持していたいんだけど……」
宿舎から街を見ると、そこには火炎瓶を投げ合って暴動を起こしている冒険者でごった返していた。さしずめ世紀末といったところである。
「それと、防御する場所を一か所にしておきたい。街の人を集めつつ、そこで暴動を起こさせないようにするには」
「あら、それは割と簡単じゃない?」
宿舎の入り口、月光に照らされた隻眼の美少女が立っている。青の瞳は、月明かりによくマッチしていて見ていて吸い込まれそうになる。
「おはよう、よく眠れた?」
「まぁまぁね。状況はえぐそうだけど」
「私がなんとかできる前に戦力を失いすぎた感あるなぁ。それでえっと、簡単ってどういう意味?」
割とここがネックだったりするのだが、なわては真面目な顔をして言った。
「アイドルをやればいいのよ」
「おん?」
「ちゅん?」
目が点になってしまう。なんつったこいつ?
「アイドルよアイドル。ジョスランの子守唄から蔓延る絶望を、希望の歌で塗り替える。さらに街の一ヶ所に住民を集めちゃえて一石二鳥!」
「ちゅん?この人馬鹿なんです?」
「こら子雀……と言いたいところだけど……もしかして本気で言ってる?」
ジト目を向けるとなわては胸を張って言った。
「あたしはいつでも本気よ。それにいいじゃない、アイドルが歌って戦士が戦う。よくあるアニメの展開よ!」
「ふぅん……」
「いやなに感心してるんですか我が主……この人ほんとに頭おかしい的な……」
いや、だけど、もしかして……。
「ジョスランの子守唄による感情の伝達をアイドルパワーで希望に塗り替えて士気を上げ、さらに防衛力を強化する……か」
「え、我が主?」
「今夜限りのスペシャルライブよ!軍部命令で人も集められる……ま、本当は自主的にライブ来て欲しいけど贅沢は言ってらんないわね」
「ふむ、アイドルプロデューサーとして腕がなるな」
「あ、あれ……?我が主なんか肯定的になってません?あれ?ちゅんがおかしいのかな的な……?」
私はなわてにアイドルの力を教わった。踊りと歌が人を勇気付け、魅了する。そして、ここには良い素材がいるではないか。
「うん、あたしに任せなさい。3時間でこの子をアイドルに仕上げて見せるわ!」
「や、やっぱりちゅんがやるんですかぁあああああああああああああ!?!?」
「わぁお、ナイス発声ね。これは鍛え甲斐があるわ。ヒカリは衣装できる?」
「裁縫スキルの見せ所だな。あとは街の人たちにステージ作りを協力してもらおう」
「ちょ、ちゅんの了承を得ないまま話がすごい方向に!?」
「子雀」
子雀の手を取って私は言った。
「お前は売れる」
「ぶちっ」
「ごめん今のナシ」
何かが切れる音がしたのでやり直すことにする。
「子雀、お前は可愛い」
「ちゅ、ちゅん!?」
うん、チョロい。TAKE2なのにチョロい。
「お前のその可愛さと美声、全国に届けたくないか?私は届けたい。私の従者は世界一の歌姫だって、先ずはこの街から発信したい」
「え、えと……でも……」
さらりと髪を撫でる。
「ぴゃぁ!?」
「力を貸して、子雀。私に、お前の歌声は世界一だと証明してみせて。街で戦ってるみんなに……そして、私に。希望を届けて欲しい」
「わ、我が主……」
「お願い、子雀」
「は、はい……子雀、頑張る的な……」
ぽわーんと目をハートにしながら頷く子雀。それを見ていたなわてが、「天然たらし……」と呟いていたが気にしないことにする。
「よぉぉっし!我が主がここまで言ってくれたのに応えないわけにはいかない的な!ちゅんが世界一可愛い歌姫だって、証明して差し上げます的なぁああああ!!!」
なわてから手渡されたマイクを手に子雀が叫ぶ。おだてると調子に乗るタイプの子雀だが、今回ばかりはそのポジティブさが武器になる。
「策は上手くいきそう?」
「アイドル作戦が成功すれば概ね上手くいく。さぁて、反撃の準備をしようか。紛い物に、本物の力を見せつけてあげるよ」
…
……
……………
「何の用だよ……お前……」
「時期に夜がやって来る。今日は星も月もとても綺麗だよ。死を、座して待つのは面白くないって思わない?」
城壁にもたれかかる様にして座る目の死んだ男……アリエス・ピラーエッジ。平凡顔が絶望顔に染まってると、なんだかブラック企業の社員感が凄い。これは偏見だけど。
「僕は……彼女らを守れなかった。こんなことが前にもあった気がするのに思い出せなくて、けれどあったのは確かで……だから僕は、また同じ過ちを繰り返したんだ……」
6年前のアリエスの記憶は消されたのだと、なわては言っていた。けれどこいつの記憶の中には15期生虐殺がまだ残っているのかもしれない。
「だから僕は」
「けど、お前の為に頑張ってる子がまだ残ってる」
私が指差す先には、アリエスのために持ってきたのだろうパンとミルクを抱えて走ってくる少女の姿があった。
「すぷ、りんぐ……」
「はい、アリエス様。私はここに居ます。アリエス様のおそばを離れることなんてあり得ません」
「あ、あぁ……ああぁ……」
スプリングからパンとミルクを受け取り食し始める。その目からは自然と涙が溢れ出ていた。そんなアリエスに覆いかぶさる様にスプリングは彼を抱擁した。
「主人公を自負してるなら、まず目の前のヒロインを救え。そして立ち上がれ。魔王なんかじゃなくて、ちゃんと人間の心を持った奴が世界を救えるんだって、私に証明してよ」
「おま、えは」
昔、私は正義の味方に憧れていた。みんなを守れるならなんでも良かったけど、召喚されて直ぐのあの時だって私は勇者になりたかった。けれど決めたから、もう"魔王"として救いたいものを救うって決めたから。
"勇者"はお前にくれてやる。
「だから……私を失望させるなよ、"勇者"」
その言葉を聞いたアリエスは目を見開いて固まっていた。そうして暫くして俯いた。
「く、くく、くかか」
「んだよ気持ち悪い」
「い、いや……そっか、勇者、勇者か。くく、あははは!」
「笑うな殺すぞその胴体とおさらばしたいのか」
「ひぇ!?すみません!ってか……お前本当に魔王みたいなんだけど……」
「気のせいでしょ」
「また僕をコケにしてッ!……って、慰めてくれたんだよね。なんていうか、まじで助かった」
「……ふん」
アリエスは残りのミルクを飲み干して勢いよく立ち上がった。スプリングの手を取って。
「スプリング、ありがとう。僕を立ち上がらせてくれて」
「あ、アリエス様ぁ!」
スプリングは涙ぐみながらアリエスを見つめていた。うーん、ラブコメ。私は一体何をみせられているのだろう。
「よし、これから何をすればいいんだ?魔王」
「んーそうだね」
まずは3時間、準備が整うまで3時間。事が起こるまで向こうはこっちに仕掛けてこない。そしてその事が起こるタイミングは私が握ってる。3時間後、そこからは私の戦争だ。
「先ずは、ペンライト。銀貨5枚で販売してるんだど、いる?」
勇者の称号が与えられなかったアリエスにとって、勇者という言葉は特別なのです。
さて感想・評価頂けたら嬉しいです。また、沢山の方にこの小説を宣伝・オススメして頂けたらなお嬉しいです。




