4章14話:シャトンティエリ決戦前夜
「王都から派遣された憲兵団と近衛騎士団が1000人。ドレスデン大将の第7師団が4000人。そして防衛のために周辺からかき集めた戦力が2万。勇者パーティー、それから銅月級以上が10人近く、他多数の冒険者。そして、あたしとヒカリ。それが、シャトンティエリに残ってる軍勢よ」
「神聖王国の国家規模からしたらもっと動員出来るんじゃないの……?」
「本来駐屯地が置かれてたレムス市が壊滅したのと、救援に使ったコルネット大将の第8師団の2万が全滅したのが大きいわね。なぁーんで敵を舐めちゃうかなぁ」
なわてはため息を吐きながら歩く足を早める。流石に焦っているらしい。木葉はというと、既にお面を取り出して準備は完璧だ。
「ん、何そのヤバそうなお面」
「私のルーティン……ていうか、16期生が集まってることから察して欲しいな」
「ああ、ソユコトか。あんたのとこも大変そうだしね。特に勇者……」
数日前の王都での光景を思い出す。勇者の屑度に関してはまさかあそこまでだとは思わなかった。だがそれはつまり、白鷹語李や天童零児がなんとか勇者パーティーの崩壊を防ごうと頑張っていた結果なのだ。その均衡が破られた今、元の世界でもド屑だった船形荒野の頭のネジが外れてしまっても不思議ではない。
(ドラッグ取り扱いに動物虐待ていうか人間虐待、全体的に半グレみたいになってたからなあ)
正直出会いたくない。船形荒野は当然、その彼女の高畠三草や取り巻きの遊佐密流含めて尾花花蓮や鶴岡千鳥とも会いたくないのが今の木葉の本音だった。彼らに会うと、否応なしに昔の自分を思い出してしまうから。
「ほら、集結してるわよ」
「_____ッ!凄い数……」
煌々と焚かれた篝火と光魔法により照らされる冒険者陣地。まさに代表とも言えるメンバーが壇上にて勢ぞろいし、そのほかの冒険者を見下ろして演説する。そこには……
(……尾花花蓮、花蓮ちゃん。懐かしいな)
サラサラの黒髪、清楚な立ち振る舞いの少女:尾花花蓮も居た。その表情は陰りが見えていたものの、見た目は半年前と何も変わっていない。全てが様変わりしてしまった木葉と大違いだ。木葉はぎゅっと拳を握った。
壇上に立っているのは勇者パーティーの中でも副官ポジションの戸沢菅都、遊佐密流、鶴岡千鳥、そして尾花花蓮。他三人も正直あまり変わってないという感想を持った。雰囲気は大分トゲトゲしくなってはいたが。
(特に、鶴岡千鳥に関しては洗脳されてる可能性が高い。捕まってたもんね)
そして彼らを統括している近衛騎士団長:レガート・フォルベッサ。赤毛の髪をオールバックにまとめ、その凛々しい顔立ちは壇上で一際目立っていた。彼の剣の腕は、実際に撃ち合った木葉だからこそよく知っている。
(要所要所ではいい戦力が揃ってる。けど、何だこの杜撰さ。そもそもこんな最前線に勇者パーティーを送り込む王都政府の意図がわからない。死なせたいのか?普通に死ぬよ、こいつら)
と思案していると、同感だとでも言いたげになわても遠い目をしてため息を吐いた。
「あんたの考えてることはわかる。多分、政治の世界の椅子取りゲームに利用されてる。味方同士で足引っ張りあって滅ぶ典型的な国家の例よ」
「不穏なこと言わないでよ……。近衛騎士団まで使って大規模自殺とか、どんだけ潤沢に軍事力が余ってるのかな……」
さて、副団長や騎士団上層部のメンバーと続き冒険者代表戦力としては……。
「あー……」
「うん……フード深く被った方がいいよ?」
黒髪の平凡顔、この場の唯一の銀月級冒険者である絶対正義卿:アリエス・ピラーエッジが椅子にふんぞりかえっていた。連れの女の子達もその後ろにいる。彼をみた瞬間、なわては凄く嫌そうな顔をしていた。
「ううん。相馬くん……今はアリエスか。アリエスは確か日本での記憶を消されている筈だから大丈夫なんだけど……」
「もれなく可哀想だなアイツ。ちょっと揶揄ってやろうかな」
「やめなさいよ……って言っても銅月級のアンタは参謀本部で会議に出席させられるでしょうけどね。ま、あたしも一緒だから安心しなさい」
「フォローお願いね。因みにさ」
「ん?」
「なわてって強い、よね?」
不安そうに尋ねる木葉。なわては少しキョトンとした顔をしてから、
「あは、あははは!何不安そうに聞いてるのよ、あっははは」
「そ、そんなにおかしい……?」
「いや、あははごめんごめん!まぁ、強いわよ。一応筆頭司祭の戦力としての序列は2位に当たるわ。ド腐れ兎なんか相手にもならないわよ」
「まじで?」
なわてから漂う強者オーラは半端なかったからまぁ強いんだろうなとは思っていた木葉だったが、流石にNo.2だとは思わなかった。
「特に魔獣戦ならあたしは広範囲攻撃が得意だから役に立つと思うわ。デカブツは任せなさい。あんたは?」
「火力はあるけど、どちらかと言えば単独戦が得意かも。魔族相手なら確実に首を撥ねれる自信ある」
「お互い見た目と年齢に見合わないチートっぷりね。因みにあたし昼間はあんまり動けないから、その辺のカバーは頼んだわよ?」
「合点承知ー。じゃ、お互い仮面舞踏会へと参りますか、お姫様」
「ふふふっ、あたしのテンポは早いわよ?お姫様」
「どっちも姫じゃん……」
…
…………
…………………………
馬車の中にて、勇者パーティーは思った以上にお気楽だった。
「シャトンティエリって街にはいい店があるらしいぜえ、みんなで行くか」
「はい、勇者様にお供します、ぐへへへ」
「俺も、俺も行きてえ!」
「菅都ぉ、てめぇは残ってレガートのクソ野郎のご機嫌とってろや」
「こ、荒野……あたしがいるのにそういうお店に行くって……」
「あん?なんか文句あんのかよ?三草。お前だって俺に隠れて男娼と遊んでるの知ってんだぜえ?」
「な、なんでそれを!」
地獄か。そう思った。尾花花蓮の目の前では、これから遠足にでも行くかのようなテンションのクラスメイト達がはしゃいでいる。一部は状況を聞かされて絶望し隅っこで暗くなっていたが、大半は王都とゴダール山以外での初の遠出に沸き立っていた。
「これから俺たちの異世界無双が始まる!なんっちってー!!」
「語李も零児もバカだよなあ!こぉんな楽しいイベントが待ってるのに馬鹿なことやってさぁ!俺らの隠された力を、雑魚魔獣相手に使う時!って神官に言われちゃあなぁ!」
そう、出発前。満月教会の美しい巫女は花蓮達にボーナスステージだと言った。雑魚の魔獣を沢山討伐しレベル上げをしましょう、と。
(きっと、そんな甘い戦いじゃない筈なのに……みんなどうして……)
船形荒野という強い柱に寄りかかって自身らも強くなったと勘違いしたクラスメイト達はここ数ヶ月で素行が悪くなっていった。一番酷かったのは、クラスの男子で船形荒野がナンパした女を強○していた時だった。
「童○卒業おめでとー!」
「やりぃ!異世界最高だぜええ!」
「やめ、やめて……くだ、さい……ひっく、ひっく……」
あの光景は今でも忘れられない。花蓮の中に深く深く残っている。日本でまったく普通だった男の子達のあまりの豹変ぶりに吐き気を催した。
(千鳥ちゃんも変わってしまった。零児はまだ閉じ込められてる。菅都くんはもうダメだ……。私は、何ができるんだろう)
近くの馬車から、甘ったるい男達の声とクラスメイトの声が聞こえてくる。きっと今日も男娼を連れ込んで遊んでいるのだ。「異世界最高!」なんて言って。
「このは、ちゃん……」
花蓮は愛しい少女の名前を口にする。何もかもが変わってしまった環境で、変わらなく美しいであろう彼女。今、どこで何をしているだろうか。死んでないことを、花蓮はずっと信じている。
…
…………
……………………
〜木葉が王都を立つ前、バジリス王宮〜
「お会いできて光栄でした、レイラ姫。まさか、ここまで聡明な方とは……」
「ノルトリッジ侯こそ、噂に違わず革新的なお方でした。今宵はわたくしも良い夢が見られることでしょう」
男性を見送るレイラ。そこに、彼女のメイドが話しかけてくる。茶髪で長身のメイドだった。
「レイラ様、少しお休みになられては如何でしょう?」
「いいえ、大丈夫ですわカタリナ。これを機会に少しでも多くのパルシア東北部の貴族を味方につけなくては。既にわたくしの陣営は一つの政党と言って差し支えないほど大きくなりましたわ。ですが、国をひっくり返すにはまだ少ない」
少女の目には執念の炎が宿っていた。たった12歳の少女、レイラは己の陣営を強大にする為に粉骨砕身しているところであった。
「不確定な未来ばかり見えるこの状況を、絶対に打破しなくてはなりません。あとはお姉様がじっとしていてくれれば完璧なのですが……」
「マリア様が何か?」
「いいえ、全く困ったものですわ。お姉様ったら、尾花花蓮様を追ってシャトンティエリに出陣しようとなされたのです……」
「わ、わぁ……それはまた猪突猛進というか……あぁ、これは失礼に当たりますね……」
「間違ってませんわよ。お姉様の渾名は猪姫ですから」
「ひっどいな……」
しかしカタリナには疑問だった。何故マリア姫の動向が気になるのだろうか、と。
「言いたいことはわかりますわ。お姉様はお飾り。何の権力も何の力も持たないお飾り姫。ですが、王位継承権だけは高いものですから、わたくしの神輿になって頂きたいのですよ」
王室の王位継承権は現在1位が国王の王子であるクバート、2位がオストリア総督府にいるディドロと続き、3番、4番と各総督府に配置された王弟や王子が担っている。女性であるマリアの王位継承権は第9位。レイラはさらに下である。
「スピノザ宰相は、レガート・フォルベッサとドレスデン大将を排除する意図でシャトンティエリ防衛戦を始めました。内務卿たるスピノザと、軍部との確執。これを利用しますわ」
「利用……?」
カタリナが尋ねる。しかし顔を覗き込んだその時、カタリナはギョッとした。
レイラは嗤っていた。
薄々カタリナが感じてきたレイラの異常性。12歳の少女にしてはあまりに成熟しきった人格、その正体が垣間見えた気がした。
「そんな怖い顔をしないでくださいまし。シャトンティエリはクシビキ様がやってくれます。これは、他のどの宰相や将校も知りません。そしてその時間の差こそがわたくしの勝機です。さ、次はメイリオース候との会談ですよ」
「……えぇ。何処までも付いて参りますよ」
…
………
…………………
「ドレスデン軍と先鋒のノントン軍の防衛陣地を援護し街を防衛する。それが冒険者連合に与えられた使命である!近衛騎士団、勇者パーティー、そして貴君らの力でこの街を救うぞ!」
「「「「「応!!!!」」」」」
「レガート団長……勇者様は……?」
雄叫びをあげる冒険者を眺めていたレガートに、尾花花蓮が話しかける。
「荒野は所在が掴めん……全く、こんな時に何をしているんだ……」
「そう、ですか。あ、あの、レガー……」
「花蓮ちゃん、余計なことは言っちゃダメだよ?」
何か言おうとした花蓮を、既に洗脳されて勇者に従順となった鶴岡千鳥が制止する。因みに、船形荒野はクラスの男子数名と共にシャトンティエリの風俗に行っていた。有名なオッパブがあるらしい。くそである。
「あいつらー、こんな大事な時に……」
「いいなぁ、俺も風俗いきてぇよ……」
「あたし、まだ死にたくないよぉ……やだよぉ……」
「お家に帰りたい……死にたくない……」
「だーいじょぶだって!俺らなら勝てるだろ、なんてったって勇者パーティーなんだから!」
クラスメイト達は、楽観的な者と悲観的な者に二分されている。楽観的な連中は何を持って楽観できているのか、花蓮は是非とも教えてほしいと感じていた。また、冒険者達も騒ぎ始める。
「勇者様が居ないのでは、我々に勝ち目はあるのか?」
「屑勇者なんぞには頼らん。我ら冒険者の力のみで!」
「お前!勇者を否定するのは教会への背信行為だぞ!」
「だが!」
「落ち着け!」
勇者不在の報告に騒ぐ冒険者をレガートが一喝する。ハリのある太い声が、中央広場に響き渡った。
「我々は謂わば後詰。そして、最後の防衛線だ。君たちが破れれば街は、国は滅ぶ!気を引き締めろ!冒険者連合の活躍に大いに期待している」
レガートとてこの状況下では不安である。だが、彼が弱気になれば街の防衛士気が下がりうる。王家を守る最強の剣、その筆頭こそが彼なのだから。しかしそんな彼の言葉を聞いても、冒険者の不安は尽きない。
前代未聞、15万の大軍と魔女、東の魔王。その圧倒的な未知の勢力が、彼らに震えを起こさせる。
そして花蓮もまた、レガートの言葉を不安そうに聞いていた。
(私たちが負けたら……この街は崩壊する。ここに集まったクラスのみんなも……死ぬ。怖いよ……助けて、木葉ちゃん……)
抑えきれない震えを、なんとか体を抱きしめて抑えようとする。目眩と吐き気がする、目がチカチカして視点が定まらない。
(怖いよ……怖……)
「到着が遅れたわ」
(へ?)
壇上に1人の女の子が登ってくる。多くの冒険者はその姿に一瞬あっけに取られていたが、直ぐに着ているもので筆頭異端審問官だと理解した。
「これは、異端審問官殿が来るとは聞いていましたが……」
「文句ある?」
「いえ、心強いです。えぇと、そちらは……?」
レガートの視線の先。そこには壇上に登ったなわての後について登ってきた人物が立っていた。
「_____ッ!?」
この広間全体を支配するほどの圧倒的な存在感に、思わず慄く冒険者とクラスメイト等。
「な、なんだ、あの子……」
「女の子……?なんかくっそ和風なんだが……」
「真っ黒な鬼のお面……日本刀……やべぇ、萌えるわ」
黒い鬼の面を被ったダークブラウンの髪の少女。ツインテールを揺らしながら異端審問官:ナワテ・デクレッシェンドはレガートの前に立った。
「安心して、あたしとこの子が居れば取り敢えずこの街はなんとかなるわ。直ぐにでも街から出て、魔獣の群れを殲滅してあげても構わない」
「な、何を……彼女は……?」
「ね、ヒカリ?」
その名前が出た瞬間、広間がざわつき始める。花蓮らクラスメイト達は何が起こっているのか理解できずただ首を傾げていた。
「誰だ?」
「はぁ、つかあたし興味ねーわ……」
「なんか不気味なんだけど……」
各々クラスメイトが感想を漏らす。
そんな中、レガート・フォルベッサはヒカリをジッと見つめていた。
感想などください。




