4章13話:再びシャトンティエリへ
勇者ぁああああああ!!
〜バジリス王城にて〜
「引き続き情報の件、お願いします。テグジュペリ侯爵様」
「了解しました。レイラ姫」
ふぅ、とレイラは溜息を吐く。朝から王国議会では緊急収集がかかり、貴族達が今回の件の事態説明を求めていた。今回の件とは即ち、
「……宣戦布告。レムス市の壊滅。救援に向かった第8師団のコルネット大将は師団ごと消滅。お父様は勇者パーティーと近衛騎士団、七将軍のみで対応するおつもりなのでしょうが、街道の進軍傾向から進軍ルートは恐らく2つあります。わたくしがこうやって冒険者を根回ししなければどうなっていたことやら」
「それにしても意外でした。木葉が王都にいるなんて……一体何が?」
「経緯は分かりません。しかしカデンツァが居ない今、わたくし達にとっての最大戦力は伊邪那岐機関と、それからクシビキ様と言うことになりますわ。100年前の2代目魔王の王都侵攻をも超える大攻勢……わたくしの目的の為にも何としてでも阻止しましょう、カタリナ」
「仰せのままに、レイラ様」
そして、レイラの対応とは別に王国議会の方でも魔族侵攻の対応策が練られていた。神聖王国議事堂の王国議会では名だたる貴族が集結し、エルクドレール王や宰相らも一堂に附しての大会議が始まろうとしていた。
「魔獣の数は15万。率いる魔族は3千はくだらないといいます。そして何より厄介なのは……」
「東の魔王、それにゴダール山にいる筈の魔女【ジョスランの子守唄】か。本当に見たのだな?」
「はい。と同時にゴダール山の魔獣の反応が消えております。恐らく半分は此方の方から湧き出て来たのかと」
「魔女の宝箱が崩壊したとでもいうのか!?それならば勇者はどうなる!?」
大臣達文官が喚き散らす。だがそれらを宰相らが制した。
「まあ、篭城でしょうな。迎え撃ったところで被害が大きすぎる。レムス市が壊滅したとなれば残るは大して経済に影響のない村々。それならばいっそ焦土作戦を決行し、王都が誇るムール・ド・シャトーで迎え撃つのが得策かと」
「フォッフォッフォ、スピノザ閣下に賛同いたしますぞ。何より、伊邪那岐機関の意向もそちらでしたな?」
「法務省はそのように聞き及んでおりますぞ」
統括宰相:スピノザ、財務宰相:フロイト、そして法務宰相もまた、籠城を推し始める。しかしそれらに反抗したのが近衛騎士団長のレガート・フォルベッサだった。
「お待ち下さい!篭城自体は賛成です!ですが、王都に至るまでの民を犠牲になされるおつもりか!?特にシャトンティエリやシェシー市は人口が多い。民の犠牲は100年前のライン殲滅戦を超えますぞ!」
「だな。一応軍管区としては北方と東方の中間にあたるわけですが、北方を預かるワシとしちゃあ難民が増えるっちゅうのはちょぉっと問題なのでね」
七将軍:エデン・ノスヴェルもまた、レガートに賛同した。
「ふむ、では軍から人手を割きましょう。冒険者の有志も募ればそこそこの戦力にはなります。それでまだ被害の出ていない街から人々を避難させるのです。そうして改めて、王都の防衛を固めて篭城する。如何でしょうかねぇ?」
「……妥協案、だな。良かろう其方の意見を採用する」
「寛大なる御処置に感謝申し上げます、陛下」
モノクルの官僚風な七将軍の1人、メイガス・シャーロックの提案に、エルクドール8世は頷く。メイガスはニヤリと笑ってさらに切り出した。
「此度の騒乱で、教会側からはどの程度兵を割いていただけるのでしょうかねぇ?」
「伊邪那岐機関としては完全な篭城策をとりたいという意見で一致していましたが……ま、打って出たいという困った者もおりましたね。その者を派遣いたします。私の片腕ですので実力に関しては問題ありませんよ」
伊邪那岐機関サイドからの代表:ノルヴァード・マクスカティス・ギャレクは困った様に眉を下げながら、隣に立つ隻腕の少女:磐梯なわてを見下ろした。虚な瞳でふらふらとし、ノルヴァードに手を引かれるなわては、一言も発さずに口を開けたまま遠くを見ていた。エデンがニヤニヤとなわてを見ていたが、それでもその目に光が灯ることはない。
「そこの廃人小娘が出るってんなら、わしが出てもいいですぜ?そこそこ相性がいいからなぁ」
「いえ。ノスヴェル殿は北方方面からの敵を叩くために王都の北門防衛について頂きましょう。そうさねぇ、救援には……第7師団:ドレスデン殿と、近衛騎士団:レガート・フォルベッサ。お主らに頼もうかのう。勇者の経験値上げにでも活用すると良い」
エデンの発言を制してスピノザ宰相が命令を出す。そこには政治的な意図が含まれていることは、誰もが知っていた。
(こぉんな貧乏くじ、エデン・ノスヴェルに引かせるのはちと不味い。奴はワシの派閥とも縁が深いからのぉ。ここは王宮第一主義のレガート・フォルベッサと、同様に王宮に盲目的なドレスデンを使ってやろう。軍閥に勢力を握られては困るのじゃ。まあ、精々華々しく死んできてくれ)
スピノザら4宰相と大臣達は文官で王を固めた独裁を目指している。が、ドレスデンや東方司令部のミランダ・カスカティス、魔導将軍:モンテスキュー・ロックベルトらは軍が王を奉じて政権を支配する軍事国家体制の構築を目論んでいる。
まぁ要するに派閥争いがバチバチに起こっていた。
「ドレスデン閣下は冒険者ギルドの統括を行なっておりますからな。冒険者達には是非役に立ってもらうとしましょう」
「は!!!仰せのままにィ!」
派閥争いによって救援に向かう軍が減り民が死んでいくわけだが、そんなことはどうでも良いと言わんばかりの会議はこうして幕を下ろした。
(レイラ姫……このままでは……我が領地が……)
そしてテグジュペリ侯爵などパルシア北東部に領地を持つ貴族は、その顔を絶望に染めて議事堂を去るのであった。
…
…………
……………………
朝から何かがキナ臭いと感じ、木葉は直ぐに情報を得に向かった。場所は再び翠玉楼のテレプシコーレの元だ。
「魔族と……戦争……」
「あぁ。王都政府は籠城策を取るつもりだね」
テレプシコーレの表情はやはりどこか暗い。相手が人間族ならいざ知らず、魔族相手では王都が破壊された時に地下街まで被害を受ける可能性があるのだ。
「暗殺事件の目的はこれだったんだね……救援に向かう冒険者戦力を減らすこと。敵の情報、入ってたりしない?」
「蝶々連盟の幹部会の中で出た情報だから確実だと思うがね。魔獣15万に魔族3千、それからゴダール山の魔女まで出張って来てるらしい。総大将は東の魔王っていうサキュバスだね」
「は!?魔女って魔女の宝箱から出られんの!?」
「まさか。前例はないよ。ただ、東の魔王が何かやったんだろうねぇ。王都の暗殺事件は、東の魔王が直々に出張って来てたって話もある。ったく、近衛騎士団は何やってんだい……」
状況は思っていた以上に悪かった。既に国から高額の依頼を出された冒険者達は続々と最前線に向かっている。
「相手はレムス市で暴虐の限りを尽くしていると聞いている。シャトンティエリに防衛陣地が築かれているらしいけれど……このままだと時間の問題だねぇ」
「テレプシコーレ、馬車の手配できる?すっごい早い奴」
「まさか、行く気かい?」
「うん。ちょっくら魔獣皆殺しにしてくるよ」
木葉があまりにコロッと言うものだから、テレプシコーレは一瞬目が点になっていた。そして、
「アッハッハッハ。やっぱ面白いねぇアンタ。出来そうかい?」
「どうだろ。早く着ければ出来るかもね」
「ハッ!いいねいいねぇ、大言壮語吐く奴は嫌いだけど……アンタの言葉にはどこか安心感がある…………東との物流はアタイらにとっても生命線さ。頼んだよ」
テレプシコーレは、静かに木葉の手を握った。
翠玉楼を後にして馬車を借りる馬借の館に行く道中、多くの冒険者も同様に馬借を利用しようと殺到していた。そこで馬車を借りて帰る道すがら、裏路地はちょっとした騒ぎになっていた。
(惨殺死体?女の子……暗殺者か?)
木葉の予想とは裏腹に、周りの人々からはこんな言葉が出てくる。
「あの子は、勇者様に昨日連れて行かれた子だよな?」
「何があったんだ……」
そして、裏路地に現れた少年。先程木葉が居た馬借の館へと向かっている。
「おぉ!勇者様だ!」
「近衛の馬車を新調するんだと。直々に勇者様が……」
「怖そうなお方……」
「アレが、噂の」
船形荒野の姿があった。黒髪の凶悪顔、木葉の首を絞めて殺そうとした残酷人。テレプシコーレの元に通い詰めていれば嫌でも勇者の悪評は入ってきていた。
___曰く、王都で気に入った女を拉致して強姦した。
___曰く、彼の前を横切った少年を斬り殺した。
___曰く、娼館で娼婦を絞め殺した。
「……船形荒野」
「我が主?」
子雀が不思議そうに此方を眺める。路地裏では、争いが起こっていた。
「あぁ、昨日俺が連れてた女じゃんか。死んだのかよ」
「あ、貴方は、何か知っているので……」
「しらねぇなぁ。ま、俺に無礼を働いたから殺しちまったかもしれねぇなぁ」
「わ、わ、私の、娘に……なんて、こと……」
「あん?死にてえのか?」
「ひいっ」
「そうそう、大人しくしとけって、な?命までは取らねぇからよぉ。ぎゃははははは!」
盗み聞きするつもりはなかったが、あまりにも酷い内容だったので木葉は顔を顰めてしまった。船形荒野が去った後、裏路地には娘の死体とその母親のみが残っていた。
「だ、れだい?」
「埋葬するでしょ。手伝うよ」
「み、見ず知らずの女の子に、そんな……」
「ごみ屑勇者がここまでだとは思わなかった。だから、出来る限りの事はしたいんだ」
そう言って木葉は少女の身体を担ぎ上げた。子雀も黙って従う。馬車を使って郊外の墓地へと向かった。教会の神官を呼ぼうとしたが、母親はそれを止めた。
「私たちのような貧しい人間は、彼らにとっては客でもなんでもないんだ。川に死体を投げ捨てられる場合もあるんだよ……それならば自分の手で……」
そっか、と一言言うと、そのまま墓地に少女を埋める作業を行う。日は沈み始めていたけれど、これだけは疎かにしてはいけないと感じていた。
「本当に……なんとお礼をしていいか……」
「いいよ。私にも、負い目がある」
「あんたも、辛そうな顔してる。なんかあったらうちの酒屋においで。いくらでも奢ってやる」
「……ありがと。シャトンティエリから帰ったら立ち寄るよ」
「シャトンティエリって……まさか」
「子雀。遅れちゃったけど、行こう。勇者パーティーに街は任せておけないってよく分かった」
「優しき我が主、貴方の為ならどこへでも!」
…
…………
……………………
(お守り、ね)
出立の際、テグジュペリ侯爵からは、街を救ってくれと言われてしまった。領主として見捨てることには負い目があるのだろう。当然テレジアも同じだったが、彼女は木葉が危険な場所へと行くことの方が心配そうだった。
「これ!お守り!あんた絶対死ぬんじゃないわよ!!帰ったらクレープ、売って売って売りまくるんだから!!」
銀色の小さなブレスレットを貰った。幸運度が上がるマジックアイテムらしい。これで、蒼から貰った髪飾りも合わせてお守りを2つ持っていることになる。
「にしても……思ったより揺れる。気持ち悪いから寝るね……」
「我が主にも弱点はあったんですね的な……ちゅんの膝枕使います?」
「うぅ、お願いする。吐かないようにするから」
「まぁ吐いてもいいんですけど……んにゃっ、くすぐったいですぅうう!!」
馬車をノンストップで走らせる。勿論木葉も子雀も操縦できないので御者を雇った。その分金は弾ませてある。
「如何に氷馬車や奥羽が大切だったかが分かったよ……うえっぷ……うぅ迷路が恋しいよぉ」
「な、なんか知らない女の子の名前が出た気がする的な」
「私とパーティーを組んでる子だよ。3人でやってたんだけどはぐれちゃってさ。てかこのペースでシャトンティエリ間に合うのか……?レムス市を食い終わるまでは猶予がありそうだけど……」
実際、レムス市がほぼ全滅のような状態に陥り、その時間で冒険者連合はシャトンティエリに到着することが出来ていた。
木葉がシャトンティエリ近郊の村に到着したのは王都を出発して4日後。その頃には村の住民は既に避難の準備を始めていた。
木葉は既に篝火で索敵をし、敵の進軍ルートについても凡その見当をつけていた。
(恐らく2つのルートで進軍している。1つは街道沿いに村々を押し潰しながら進む主戦力部隊……そして、遊撃の為に南方からシェシー市にも向かってる。これ流石に近衛騎士団は気付いてるよね……?)
「ヒカリ様!」
ぽけーっと避難作業を眺めていると、村の人達が近くまで来ていた。
「ヒカリ様まで来ていただけるなんて……感謝致します」
「いーよ変に畏まらなくて。それで、状況は?」
「既に退路にも魔獣が溢れており、正直……避難は困難かと……」
「ま、大規模避難だもんね。それでも子供や老人は逃がせたのかな?」
「それは勿論!ですが、後背たるシェシー市にも魔獣が進軍しているとの情報がありますので下手に逃げられないのです……」
村人の話では、既にシャトンティエリには七将軍:ドレスデン大将率いる第7師団4000が到着しており、防備を固めているのだとか。
「うん、街の方は確かに騒がしいね。打って出たのが裏目に出たとか嘆いてそう」
「申し訳ないです」
「いやいや、見捨てたらそれこそこの国はクソだから。戦力は第7師団と……?」
「近衛騎士団、勇者パーティー、それから冒険者の皆様は既に防衛陣地を構築し、作戦を練っております。シェシー市でも既に防衛線が構築されたとのことです」
「あー、揃い踏みじゃん。さて、と、どれだけ使える連中が揃ってるかな」
という訳で村の防御陣地構築を手伝い、またなんだかんだ野菜とかを貰って街の方へ行ってみるとそれはそれは厳重な警戒態勢が敷かれていた。レムスからの敗残兵や周辺の兵力をかき集めた結果、凄まじい数の兵士がこの街に集まっていた。夜中でも街中が明るい。
(この土壇場で5つの防衛線の構築。街の外にはかき集められた2万の兵力。やるなぁ。とは言え、王都には既に10万の兵が集まってるって聞くし、やっぱこの街は時間稼ぎ要員かあ)
きゅうりをぼりっと齧り、通行証を門の前の騎士に見せる。すると、
「ひかり?」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、
「なわて!?あれ、異端審問官は来てないって……」
黒髪のツインテールを揺らしながら駆け寄ってくる隻腕隻眼の美少女:磐梯なわてがそこには居た。
「あたしは例外。それよりあんたよ!冒険者が集まってるって聞いたけどやっぱり来たのね。正直絶望的だったけど、あんたが居ればなんとかなりそうね」
「こっちの台詞!なわてが居るなら他がどんだけ無能でもなんとかなりそう。えっと、私もその集まり行った方がいいのかな……?」
「来て。これから始まるわ、えっと……その子は?」
なわては木葉の手を取ると、その側にいた子雀に気付いた。
「私の従者みたいなもん、子雀ね」
「わ、我が主……異端審問官ともお友達なんですかぁ……?がくぶるがくぶる」
「びびりすぎだろ……あーごめん、子雀ビビリだから……」
「異端審問官を前にした亜人族なんてそんなものよ普通。なわてよ、宜しくね」
「かー、ぺっ!」
「子雀」
「は、はいぃいい!申し訳ございませんでしたぁああ!」
「素直でよろしい。それでえっと……」
「先ずは中央広場。そこで戦力統合が行われてる。行きましょ」
夜に包まれる街。戦いの前の不気味な静寂が、この街を覆っていた。
感想・評価など頂けたら嬉しいです。
因みにレムス市は元の世界ではフランスのランスです。




