TIPs:ファンサービス
王都、とある日の夜のこと。木葉となわてはいつものように夜を語らいに展望フロアに集まっていたがなんだか2人とも早く来てしまったので、よくよく考えたらまだ店が空いている時間であることに気付く。
「どう?一杯」
「私15歳なんだけど……ていうかなわても身体の成長が止まってるなら未成年なんじゃないの?」
「ノンアルカクテルよ。ちょっとした夜食摘むくらいならいいじゃない」
「ま、そういうなら」
そう言えば王都の飲み屋に入るのは初めてかもしれない、と木葉は胸躍らせながら近くの居酒屋の戸を開いた。
「きったな……」
「うわぁ、これヴェニスの方がまだマシだったわ……」
驚くほど小汚い店内だったが、実際出ている料理は非常に美味しそうである。
「海老……蟹……美味しそう……」
「ああ、あんたは確か海鮮狂いだったっけ。にしても凄いわよね、王都って海からだいぶ離れているのに」
「一応河川ルートで蟹とか送ってるんかなぁ。よぉしマスター、この店で一番高い酒を……きゃうん!」
ポカっとなわてが木葉の頭を叩く。
「オレンジジュース2つ。あと海鮮セットで」
「あ、あいよ……」
「な、何すんのさ……」
「あんた形から入るタイプよね……場の雰囲気に酔うっていうか」
「ちょっと言ってみたいセリフだったんだよ。なわてだってあるでしょそういうの」
木葉はなわてが言った通り確かに形から入るタイプで、お約束みたいなのが大好きである。勿論自分がやるぶんには。性格の根底が子供っぽいので、どうあってもカッコつけたがるのだ。
「大体言いたい台詞は言ったわよ?アイドル界の天下を獲るとか、あんたのハートを撃ち抜いてあげるっ!とか」
「撃ち抜かれたい私の心臓!」
「生々しいからやめなさいよ……。そうね、後は……」
なわては立ち上がると、ターンを踏んでキラッと一言、
「星に変わっておしおきよ☆」
と目に当てるようにピースを作った。
「きゃわいい!今日も推しが尊い」
「ちょ、ちょっと恥ずかしかったわ……でもこれもファンサの一環よね、うん」
「でも何でセーラースター?」
「あたし、セーラースターとか女児アニメは大好きなのよ。アイドルになるキッカケと言っても過言ではないわ。嗚呼、今どんな女児アニメをやってるのかしら……日本に戻った時にDVD全部揃えるの面倒ね」
「私の家ブルーレイ・ディスク対応だから観にくると良いよ!一応最近のプモ・キュアはあるもん」
「へぇ、日本の技術も6年で進んでるのかしら?ってかあんたも大概そういうの好きなのね」
運ばれてくるオレンジジュース。それを2人は高く掲げて、
「んじゃ、乾杯」
「かんぱーい。日本のオレンジとはまた違った味がするんだよねぇ」
「色んな物を飲んでみると良いわよ。ゲテモノみたいな物もあるけれど、大抵は文化圏の違いが体感できて中々魅力的だわ」
と言いながらなわてのツインテールは嬉しそうにぴょこぴょこ揺れる。オレンジジュースが大好きらしい。嬉しいと黒のツインテールが揺れるから非常に分かりやすかった。
「レッスンの時はジュースは喉乾くから駄目って、プロデューサーとかに言われるんだけどね……いつもは頑張った自分へのご褒美にって感じ」
「ほへー。割と安く済むアイドルだったのね」
「ソユコト言わない。あたしは何気にお酒が似合う女の子ってのを目指してたんだから……はぁ」
「成長、もう出来ないの……?」
「まぁ、ね。永遠の17歳って奴を本当に体現できるとは思わなかったわねぇ……ま、ちょっと『呪い』が掛けられててね、多分解けることはないんじゃないかしら?」
なわてはそういうと目を伏せた。木葉もこれ以上は深く聞かない。
「でもあんたには感謝してるのよ。こうやって昔の話を出来る相手なんて初めてだし、ここまで気が合う奴もそうそう居ないもの。人と会うからって、マトモに包帯を取り替えるようになったしね」
木葉がなわての顔を見ると、左目と額は相変わらず包帯で巻かれている。が、初めて会った日はそこから血が滲み出ていて更に痛々しい様相をしていた。あれだろう、人が来ないと自分の部屋の掃除をしないパターンと同じだ。
「そっか……。うん、そっか。じゃあさ……」
「……………………?」
木葉は顔をぐいっと近づける。なわては思わず赤面した。
「なわてと絶対お酒を飲むって、約束しよう。私は死なないし、なわての呪いを解いていつか2人で月を見ながらお酒を飲むの!ま、一応異世界だと15歳から飲めるらしいけどさ……」
「……あんた、やっぱ変わってるわ」
「そう?」
「そうよ。ふふっ、そうよね。ファンとお酒飲むっていうのも、良いファンサービスになりそうね」
「うん!約束!」
こうして、2人の夜は過ぎていく。ただただ穏やかな、2人の少女の語らいの時が。
……
……………
…………………………
「払ってもらっちゃって良いの?」
「ま、異端審問官の良いところなんて給料が良いくらいしかないもの。ていうかあんた、冒険者だけで生活してるの?」
「一応日本のお菓子のレシピとか売ってるよ。まぁ、貧乏気質だったから反面凄い物買っちゃってお金なくなるんだけどね……」
「ふーん」
貧乏気質で子供っぽい少女、というのが木葉がずっとみんなから思われてきた印象だった。
なわては、そんな木葉の心の中に自分と同じような儚さがあるとしてずっと共感している。自分と同じように若くして苦しみを背負うこととなった大事な友達、そう思っていた。
「似た物同士、って奴か」
「なんか言った?なわて」
「なんでも。さ、次行くわよ次」
「はぁ!?まだ行くの!?」
「あったりまえよ!あたし、まだまだ回ってみたいお店沢山あるんだから。ふふっ、今夜は寝かさない、わよ☆」
「こ、これも言ってみたい台詞だったのかな……あ、ちょ、引っ張らないでよ!」
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