4章12話:アリエス・ピラーエッジ
まぁ、カマセよね。でも一応今後の話の布石なんだわ。
絶対正義卿、アリエス・ピラーエッジ。その大層な名前に見合う通り、実力は国全体に知れ渡っている。非常に実力ある冒険者4人を引き連れて魔獣退治をしている……という訳ではない。では何故有名か?それは、
「ブラックリストの殲滅。対魔獣ではなく、対人におけるスペシャリスト。王国正規軍の戦力としてではなく、むしろ治安維持の戦力としての側面が強い、て聞いたことがあります的な」
「ふぅん」
あまり興味はない。木葉的には早く屋台で蟹を買いたかった。
「あれ?僕の威圧を見てちびらない、だと!?」
「ちびったソイツが異常なんだよ。てかもう帰っていい?亜人虐めてたそこのクソ餓鬼が悪いから後で司法でも通して正式に抗議してよ。銀月と銅月がこんな所で争ってるのもおかしいでしょ?」
「ふぅん?君銅月なのか。ますます欲しい。
ははっ、食らえ!」
「____ッ!?」
「我が主!危ない!」
アリエスが羊のツノを模したような漆黒の剣を振るう。それが木葉に届く前に子雀が前に躍り出た。
「ちょ、馬鹿!」
「きゃあああああ!!!」
謎の魔法攻撃をもろに食らった子雀。
「子雀!平気!?」
「は、はい……我が主……あ、あれ?ちゅ、ちゅん……飛べなくなってる!?」
「ふぅん、飛行スキルかあ。そこそこ当たりかも。ラッキー☆」
子雀が翼を羽ばたかせるが、全く飛ぶことができなくなっている。その一方でアリエスは嬉しそうな顔でステータス画面を覗いていた。
「……スキルの、略奪?」
「そ、君達のスキルは僕のスキルになる。女の子達が戦う必要はないんだ。全てが僕の糧になる、彼女達はただそこにいれば良い。僕が守ってあげるのだから!」
「…………」
「あー!びびって物も言えなくなってるー?さっきまで僕に対して大見栄切ってたのにー?はっず!久々に本気が出せると期待してたのになぁ〜あー、残念!」
アリエスが兎に角煽ってくる。子雀は、
「うぅ、うぅ……ぐすん。悔しいですぅ、我が主ぃ……」
と涙を流していた。木葉から言わせれば向こうの茶番劇であるが、子雀を痛めつけられたのは頂けない。
煽りに乗るわけではないけれども静かに怒りの炎を燃やしていた。
「君のスキルも少しは僕の役に立つと良いけどなぁ。やっぱ僕って女の子を大事にしたい系だからさー。やっぱそれが男ってもんじゃん?」
「さ、流石ですアリエス様!」
「はうぅ、アリエスかっこいいよぉ」
「うむ、流石私が認めたアリエスだ」
「あらぁ、惚れ直しちゃいそう」
周りの女がアリエスageをしまくっているが、その間に木葉は《橋姫》モードになっていた。その目には明確な殺意を宿らせている。
「あれ?姿変わった……?え、すご……超可愛いんだけど……!?」
「遺言はそれでいいのかな?一応暗殺者に間違われないように半殺し程度に済ませてあげるつもりだけれど」
「ふぅん……《略奪》ッ!ははは!これで……な!?」
やはり予想通り状態異常系統のスキルだ。この手のスキルは橋姫には効かない。よって、
「ガハッ!!」
「はよスキル返せゴミ屑」
刀の峰でアリエスの腕を叩き、剣を落とさせる。そのまま持ち手で鳩尾を強打して道の反対側の壁に打ち付けた。
「あ、アリエスっ!?」
「ちょ、ちょっとあんたね!ひっ!?」
「煩い、てか邪魔」
不意を突かれて身体を強打したアリエスは中々起き上がれずにいた。そこを木葉が胸倉を掴んで口の中に瑪瑙を突っ込む。
「が、はぁ、ひゅー、ひゅー……」
「ねぇ早くー、スキル返してよー。ほら、自分の血なんかそんなに舐めたくないでしょ?」
ゴミを見る目で、口を歪めながら瑪瑙を段々と押し込んでいく。第三者から見ればただのサイコパスである。
「わ、わは……わはっは、わはっははら……」
「何聞こえない、死ぬ?死にたい?瑪瑙が何処まで入るか人体ビックリ観賞会でもする?」
「わはひまひは!!!すひはへんへした!!」
泣きながら許しを乞うアリエス。23歳くらいのいい歳した平凡顔の大人が恐怖に怯えながら涙目で地面に倒れ伏す。それをアリエスの女達が慌てて抱き抱えた。
「かえ、返しました……」
「どう?子雀。飛べそう?」
「はい!我が主、本当にありがとう的な!だぁいすき!」
「あざといぞー。うん、良いなこの毛並み」
子雀の頭をもふもふと撫でる。雀の頭のようなサラサラした髪の毛だった。
「く、くすぐったいです我が主!」
「む、ごめん。つい反応が可愛くて……」
「か、可愛い!?もう!ちゅんの方が年上なんだからからかっちゃダメですよぉ!」
道中で仲睦まじい光景を見せる中、アリエスは只管怯えながら木葉を指差していた。
「な、何なんだよお前!僕はこの世界の主人公なんだぞ!?何で僕より強いんだよぉ!!」
「何言ってんだこのゴミ」
アリエスが叫ぶ。何か勘違いしているようだから、取り敢えずもう一度瑪瑙を首筋に当てた。
「ひぃ!?」
「そっか。じゃあ私はこの世界の悪そのものだから、是非倒しに来るといいよ。次はその首、ちゃあんと落として彼岸花を飾り付けてあげるから」
本物の悪党の台詞……というよりはマジで悪魔の台詞って感じである。
この所木葉は形から入ろうと、魔王のフリを率先して行っていた。本人は至って楽しげに演技しているのだが、やられた側は結構本気でちびる。
というわけでアリエスはちびった。ニタァと、木葉は悪魔のような笑みを浮かべて意趣返しをする。
「あーっはははははは!!!」
そのまま高笑いをして、その場を去った。
…
…………
………………………
「あぁ、相馬君ね。6年前、勇者候補枠としての地位を与えられた……言ってしまえば1番優遇されたのが彼よ。確か能力は……スキルの略奪とかだったっけ」
その夜、昨日と同じく待ち合わせ場所でなわてに会った木葉はそのまま昼の出来事を話すことにした。
「一度王宮で見かけたことがあったから生きていたのは知ってたわ。これで15期生は最低3人は生きてることになるのね」
「3人?」
「あぁごめん、こっちの話。あたしらの代も色々あったのよ」
「うん……確かクラスメイト同士で殺し合いをしたって……」
「あれ、それ誰から聞いたのよ?」
「えっと……金山千都。シャネルって奴」
木葉がその名を出すと、なわてはあからさまに嫌そうな顔をした。一応木葉が最初に出会った15期生である。つい先日、白鷹語李と共に異端審問官によって処刑された男だ。
「ていうか彼のせいでクラスメイトが20人は死んだのよ?あとは教師がレイプ魔と化したり、女同士で嫉妬に狂って殺しあったり、まぁ兎に角酷かったわね……だから、正直あんたらはまだマシな方よ」
「ほんと何があったの……?なわてのその腕や、異端審問官になったのだって関係あるよね?」
「……あたしは本来、6年前に教会によって殺されてる筈だったの。会津君って男の子が真っ先に殺されてね。悪魔召喚の実験に使うからって、あたしも殺された。あたしがこうして生き残っているのは、彼のおかげ」
会津という少年の名前を出したとき、なわてはふと懐かしそうに笑った。なんというか、木葉にはそういうのはわからないけれど、『恋をしていた顔』とでも言えばいいのだろうか。
「むー、アイドルと恋愛してたとかずるい、私も推しのなわてと恋愛する」
「あはは、ヒカリは可愛いからあたしの彼女にしちゃうわよー!」
わしゃわしゃっと木葉の髪を撫でるなわて。なんというか、大人の余裕が感じられる。揶揄われたのに動じることなくその事実を認めていた。
「最後まであたしのことを考えてくれた男の子だった。あたしの右腕が斬り落とされる瞬間にはもう息も絶え絶えだったけれど、その後あたしの左手を握ってくれたの……ハァ、湿っぽいのやめやめ!あたしはアンタと楽しい話をしたいんだから!」
儚げに微笑むなわて。エピソードが大分重くてちょっと苦しかったので、この話題転換は正直助かる。
「ほら来て、こっち」
なわての誘いに乗って展望台まで行く。満月の塔入り口の反対側の地点だ。
「ここから見えるあの星はこの世界の蠍座。ほら、赤く光ってる星があるでしょ?」
「わ、わあああ……」
煌々と光る赤い星。現実世界では、いわゆる『アンタレス』と呼ばれる星だ。蠍の心臓、と称される。
「綺麗よね。ヒカリは、銀河鉄道の夜を読んだことはあるかしら?」
「えっと……宮沢賢治?ごめん、注文の多い料理店くらいしか……」
「あはは、そっか。あたしは本でも読んだし、演劇としても見たし演じたわ。女優、というか子役かしらね……兎に角演劇でも活躍させて貰っていた頃ね」
「あ!知ってる!何回かお芝居みたよ!」
木葉の記憶の中では、なわてはアイドルとしてだけでなく作詞家や作曲家、そして演奏家、舞台俳優としてでも活躍していたスーパー子役だ。表に出て大々的に報じられた訳ではないからアイドル以外での名前はそこまで有名ではない。しかし芸能界において、その天才っぷりはとても際立っていた。
「その中の劇であたし、銀河鉄道の夜に出たの。役は、タイタニック号で死を遂げた良いとこのお嬢様の役。けれど、あたしの中で1番印象的だったのはその子の言った蠍のエピソードなの」
「さそり?」
「そう、蠍。人を殺してきた蠍が誰かの為になって死にたいと願い、その心臓を夜空を照らす一等星として差し出した。誰かの為に死ねるのならば、それはきっと本当の幸い。本当に生物が追求する幸せの形なんじゃないかってね」
「……難しいね」
「そう、難しいの。普通人間は自分の為に生きるのだから。けれどあたしは、出来る事ならあの蠍のように生きたい。誰かの為に命を燃やせるような人になりたい、ってあの劇を通して感じた。それがあたしの生きる理由。あはは、結局湿っぽい話……あたしやっぱ楽しい話が出来ないみたいね」
「そんなこと、ないよ……」
儚げに笑うなわてを見ていると、心がチクチクとしてくるようだった。だから、そんななわてを見ていられなくて思わず抱きしめる。
「ちょ、ちょっと?」
「すー、いい匂い……やばい推しがいい匂い」
「あんた何のために抱きついたのよ……」
「はっ!ごめん、一応慰めるために……」
「はぁ……あんたのそういう所、あたし好きよ。よし!今度はあんたがなんか話しなさい!あたしやっぱ話すの下手くそ!あんたの話聞いてる方が100倍楽しいわ」
「えへへ、それじゃあ……」
木葉となわては、また朝日が昇るまで話し続けた。話題は尽きない。幼少期に好きだった歌手だったり、運動会で流れた曲だったり、それこそ異世界に来てから食べたものだったり、そんなありふれた話。
けれどそれはなわてにとっては、
(あたしが欲していた、なんて事ない日々。ありきたりな日常。こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
確かに彼女にとっての『幸い』の一欠片だった。
……
……………
…………………………
それから数週間、木葉はなわてと夜の逢瀬を行うようになった。エッチな意味ではない。毎日好きなだけ話して、好きなだけ歩いて、時々夜中に出かけていることが子雀にばれたりした。
「浮気ですか!?浮気なんですねー!!ちゅんんんんん!!」
「ちょ、落ち着いて!てか"浮気"っておかしくない!?」
テレプシコーレから謎のお菓子を貰って道端に吐き捨てたり、テレジアとさらにデカイ風呂に入ったりもした。
「次は何風呂にする!?あたしはね、バナナ風呂とかいいと思うのよね!ビジネスチャンスだと思わない!?」
「ねーよ」
そうして1ヶ月近くが過ぎて、漸くお菓子のお披露目パーティーがやってきた。
わいわいがやがや、わいわいがやがや。
「何この集客力……」
「おーっほっほっほ!あたしにかかればこんなものよ!おーっほっほっほ!」
「その貴族笑いやめい……。しかし、テレジアその格好だと確かに貴族感あるな」
当日の夕方、薔薇色の派手なドレスに身を包む金髪縦ロールのお嬢様は絵に描いたような貴族様と言った立ち振る舞いであった。わんさかと集まる人混みの中でも一目で彼女だと分かる。そのくらい存在感を放っていた。
「ヒカリもドレス姿、綺麗よ!さっすがあたしの騎士様!よぉーっし!ヒカリお披露目会よ!」
「お菓子のお披露目会な……目的を見誤ったらダメだろ……ん?」
(こちら子雀、異常なしです的な!ちゅんも後で食べさせてくださいね!)
(もちのろん。つーかお前ほぼ毎日食べてるじゃん……私に作らせてさぁ……)
(ぎ、ぎくぅ!こ、子雀パトロールいってきまぁーす!)
(あ、おいこら逃げるな!)
「あ、くそ、念話切られた……」
子雀は今回屋敷の上から不審者がいないか見張る係である。万が一危なそうな場合は即座に木葉に報告するように伝えた。ビビリだから勝手に突っ走って勝手に返り討ちにあってるなんてことは無いはずである。
「皆さま!今宵はお集まりいただき有り難うございます。テグジュペリ家を代表して、お礼申し上げますわ。テレジア・フォン・テグジュペリです、以後お見知り置きを!」
テレジアの前口上が始まった。会場には有力な冒険者もちらほらと見られる。と、噂をすればアリエス発見。どこかの貴族の護衛の仕事らしい。木葉の姿を見かけると、ビクぅっとして人混みに隠れてしまった。のですかさず捕まえる。
「む、つれないな。私と君の仲じゃん」
「どんな仲だよ!?僕なんで見つかったの!?やめろ近寄るな化け物!僕はお前と関わりたくない!」
「貴方に言われたくないなー。一応暗殺者の警戒よろしくね、最悪私だけじゃ会場全体は守りきれないから」
「言われなくてもやるさ。対人戦は僕の十八番だからね。いやなんで僕と君は親しいキャラみたいになってるんだ!?」
このように、アリエスはこの前の出来事が相当なトラウマになったらしく木葉を見るたびにオーバーなリアクションを取ってくるようになったので木葉的には面白くて仕方ない。ので、最近街で見かけたらテキトーにボコボコにしたり弄ったりしている。状態異常にかなりステータスが振られているアリエスにとって、状態異常殺しの木葉との相性は最悪と言っていい。
「美味しい!なんだこのお菓子は!レシピはどうなっているのだ!?」
「企業秘密、ですわ!もしこちらの製造に出資して頂けるのでしたら利益の……」
テレジアはいい感じに商談を進めていた。なんか流石だと思う……。特にする事もないので、木葉はブラブラと会場内の美味しいお菓子を摘んでいく。
「ふむ、これで私の懐にレシピ代が入ってくる訳だ。なんだかんだお金なくなってたから凄い助かるなぁ」
あたりを見渡すと、凄い数の貴族様が上品にお菓子を口に運んでいる。みな満足そうな顔をしているので、まぁこの催しは成功と言っていいだろう。
(どう?怪しい人影はある?)
(ありません我が主。これだけ銅月や銀月まで集まるイベントだと、流石に向こうも狙いにくいんじゃないでしょうか的な……)
子雀の意見はもっともだと思う。爆弾でも仕掛けて皆殺しにするくらいのことでもしない限りここにいる全員を相手取ることは出来ないし、そしてそれは不可能である。6番街には地下街が無い。そのため地盤自体が国によって管理され、その内部は国家機密となっている。また、建物に関しても木葉が念入りにチェックした為、爆破されるなんてことは100%あり得ない。
「……警戒するに越したことはないけど、ちょっと警戒しすぎたな」
実際、このパーティーは滞りなく終わった。誰一人犠牲者なんて出ないし、その後もみな普通に帰っていく。
そう、既に暗殺者達の"饗宴"の準備は整っていたのであった。
その夜、更に1名の銅月級冒険者の首と、2名の近衛騎士の首が王城の前に置かれた。その死体の口の中には書状が挟まれており、
「宣戦布告、ですか。魔族側もまた思い切った方向に舵を切りましたね」
「レイラ様……これは……?」
「天撃不在でこれですからね……期待できるのは、かの常識ある魔王様しかいないでしょう……」
握ったクッキーをパキッと割って、レイラ姫は立ち上がった。カタリナは各地からの報せの書状を読んで目を見開いていた。
『東国ラインより、魔族率いる魔獣の大軍接近中。その数確認できただけで15万。率いるは【東の魔王】、既に大都市:レムスは壊滅状態!魔女:ジョスランの子守唄の姿も確認』
「レイラ様!」
「急ぎましょう。恐らくこのペースで行けば2日後にはシャトンティエリ、4日後には王都まで魔獣の大軍が押し寄せてきますわ!」
死が、音を立てて近づいてきていた。
さて、ついに勇者パーティーと冒険者連合の共同戦線に、木葉が関わっていきます。
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