4章10話:お姉ちゃん
【前回の用語説明】
●月殺しシステム=魔王と勇者で大和朝廷と両面宿儺の代表選をさせる儀式。魔王が勝つと両面宿儺が弱体化する。
●両面宿儺=敗北した飛騨の民の怨念の集合体。「満月様」のこと。
●フォルトナ=両面宿儺の一部。今ではその大部分を占める。
●すくな=両面宿儺の中核だった。そこから逃げ出し日本で眠っていたが木葉を魔王にして再び満月の世界へ。
●満月の世界=両面宿儺が無念から作り出した異世界こと現実逃避世界のこと。
私にとって、すくなに聞きたいのは世界の秘密じゃない。帰り方じゃない。私にとってのこの世界の始まりは……。
「あの子に、呼ばれたから。あの子が、待ってるって言ってたから。私にこの髪飾りをくれた夢の中の女の子が、私にとってのこの世界の全てなんだ」
(………………)
「ねぇ、すくな!お願い教えて!あの子は、誰?」
(……あの子は、彼女のことは話すと少し複雑なんだ。彼女はすくなが巻き込んでしまった女の子で……このはと同じように本当は巻き込みたくなかった女の子。すくなの為に泣いてくれた、すくなにとってたった2人の友達。このはと同じで、飛騨の民の血を引くもの)
ん?飛騨の民?え、誰が?私が!?
「え、と……私が……飛騨の民の血……?」
(このはの祖父:櫛引渓谷は、飛騨の民を祀る神社の神主。そして、飛騨の民の血と大和の血が混じった数少ない理解者。彼は、両面宿儺を祀る神社の神主なんだ)
知らなかった……。いやでも、お爺ちゃんが神社の神主をしていたのは知っていた。あまりに宗教的な家系だったが故に父はお姉ちゃんと私、そして母を見捨てて離れていったし、母はお爺ちゃんに反抗するかのように他の宗教にはまり出した。
えと、じゃあ私やお姉ちゃんが昔連れ出された儀式は……うぅ、頭が痛い……。
「幼い記憶が……思い出せない……痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!すくな!返して!私の記憶を返し……ぁうう!」
(今はダメ!!このはが全て思い出したら、両面宿儺に囚われる。フォルトナに観測されちゃう!)
「ぐぁ、あぁああああああ!!は、はぁ、はぁ……なに、これ……今までで1番、記憶に強力なロックが掛かってる……」
頭が割れそうな程の痛み。何かが思い出せそうなのに、記憶を引っ張り出すことは叶わない。
_____お爺ちゃんやお姉ちゃんと行ったお祭り。
_____篝火の奥、霧の世界で見えた祭壇。
_____その後直ぐお爺ちゃんは交通事故で亡くなって、お姉ちゃんは……。
______お姉ちゃんは……櫛引 蒼は!!
え…………………………………………?
「なんで……お姉ちゃんの名前が、ロックされてたの……?」
そうだ、お姉ちゃん……櫛引蒼だ。私はどうしてこの名前を忘れてた……?いや、そんなの決まってる!
「すくな!答えて!なんで、なんでお姉ちゃんの名前も……お祭りの記憶も……まだロックされてるの?私の全ての記憶はもう返したって……」
(……さっきも言ったけど、多分この記憶を返せばフォルトナに観測される。『あお』の記憶は、すくなとフォルトナを繋ぐ記憶。だから、すくなは返してあげられない。
このはが力を付けなくちゃいけないんだ。フォルトナと対峙する程の力を手に入れることが出来たその時、このはは『あお』の真実と向き合える)
「あお、お姉ちゃん。蒼お姉ちゃんなの?あの女の子は……」
(……………………)
「6年前、お姉ちゃんが消えた日。あれから、私はあの子の夢を見るようになった……そっか。すくなと蒼お姉ちゃん、そして私は……昔仲良かった、のかな。そして、その記憶が……その記憶こそがこの世界を変える鍵」
6年前に水難事故で亡くなった、とされるお姉ちゃん。私の目の前で亡くなった、らしいけれど、私にその記憶は全く残っていない。すくなが消した記憶。そしてそれは、お姉ちゃんとお爺ちゃんと一緒に何度か足を運んだ神社やその周辺の森の記憶も含まれる。
すくな。蒼お姉ちゃん。そして私。その3人こそ、この世界……満月の世界の鍵。それなら、私は……。
(この、は?)
すくなが心配そうに聞いてくる。
「……いや、今はいいや。ねぇ、すくな?私を魔王に選んだのは……飛騨の民の血を引いていたから、だよね?」
(……うん)
「きっと、お姉ちゃんが消えたのもそれに関係してる、よね」
(……そう、だね)
それなら、それならば……。
「なら尚更、両面宿儺を殺さなきゃ。すくなから始まった世界だけれど、私達の物語は私から始まったから。月殺しシステムを使って両面宿儺を殺し、みんなを元の世界に返す。
目的は変わらないよ。安心して、すくな」
カラッと笑って見せる。すくなは声をつまらせていた。
(すくなを……責めないの?)
すくなは声を震わせながら言った。けれど、私の答えは変わらない。
「一緒に背負うよ、もう1人の私。二度同じこと言わせないでよ!決めたものは決めたの!以上!閉廷!」
(……優しいね、このはは)
「私は性格最低の魔王だよ?今から私のやることは、この世界の人間にとっては"神殺し"と"国家転覆"と"宗教破壊"の3アウトだからね?あははは!いよいよ魔王らしくなってきた!」
(ノリノリだね。全世界が敵なんだよ?)
全世界が敵……そう、魔王になった時は思ってた。私のちっぽけだった世界の中の、クラスメイトも王宮の人たちも敵になると思い込んで……けれど、けれど今は、
「迷路、ロゼ、ラクルゼーロのみんな、テレジア、子雀……そして、すくなとお姉ちゃん。私には敵以上に、沢山の味方が居る。私を大切に思ってくれる人がいる。それだけで充分。それだけで、私が"魔王"になる理由になる」
だから私は魔王のまま、悪のまま自分の正義を貫く。悪の力で、すべてを変える。
「迷路の記憶を取り戻す。ロゼを助けて神聖王国と満月教会を倒す。お姉ちゃんを見つけ出す。すくなと一緒に、両面宿儺を殺す!そして、世界を元に戻す。やることは5つ!私達なら出来るよ、すくな!
この世界を……救おう。神聖王国の言う世界の救済、私達で成し遂げちゃおう!」
月に向かって言う。煌々と塔を照らす月。やることは沢山、けれど全て大切で、全てやらなきゃいけない事。
(できる、かな)
不安そうなすくな。けれど私は、今は自信を持ってこう言える。
「出来るよ。だって私は、
____魔王だから」
…
………
………………
この話し合いは、すくなが大笑いしたことで幕を下ろした。かっこよくキメた筈なのに何故か爆笑し出すすくなに、ぷぅーっと頬を膨らませて抗議したら、
(子供かな?あははははっ!)
と更に笑われたので、私は怒ってもう塔を降りることにした。
「聞きたいことは大体聞けたし、もういいもん!」
(あれれ、みんなの前では冷酷無慈悲な大人のこのははどこに行ったのかなぁ?)
「ここに居るのはすくなだけだし、もういいもん。大体魔王だって、すくなが私に与えた役職なのにさぁ……」
(いや、なんか似合わないなぁって、くすくすくすっ)
「私昔は一応正義の勇者とか憧れてたんだからね?はぁ……」
塔を降りたものの、未だに夜遅い時間。ひとっこ1人いない。しかし本当にさっきの話を聞いてから街を見ると、よく小さな世界からこんな街が生み出されたなぁと感心する。
(フォルトナはそういうのに長けていたからね。西欧の建築物とかに。すくなは和風建築をリタリーの方で形成したけど、まぁ魔族に滅ぼされちゃったから世界は大方洋風で統一されちゃったんだよ)
「あー、じゃあリタリーが滅ばなかったらこの世界が和風な世界になってた可能性もあるのね」
とはいえ見渡す限り完全にヨーロッパだ。余程フォルトナという西洋の悪魔の影響力がデカかったと言える。あとは、パルシア王達による文明発展か。
「因みにさ、パルシア王と5人の騎士ってどっから連れてきたの?」
(この世界の1000年前と現実世界の1000年前は異なるからね。大体150年前くらいの日本から連れてきたなぁ。ほら、確か戊辰戦争の頃)
「えと……それみんなを元の世界に戻す時大丈夫?なんか浦島太郎みたいな感じになったりしない……?」
(そこはきっと、時空の歪みを修正して戻せる筈だよ。最悪時空干渉の魔法を作ればいいんだよ)
テキトーだなぁ……。
さてさて、夜の王都を歩く機会はついぞなかったから散歩でもしてみよう。現実世界では夜に散歩なんてお母さんが許さなかったから出来なかったけれど、そもそもそこまで都会じゃないから夜遊びなんて面白くもなんともない。
「都会の夜……って言っても時代が時代なだけに大体みんな寝てるもんなあ」
暗殺騒ぎの問題も大きいとは思う。これが地下街まで行けば賑わっているのかな?なんとなく人の喧騒に溶け込みたくて、私の足は自然と8番街の方へと向かっていた。
すると、
「〜〜〜♪」
「〜〜♪」
歌が聞こえた。
「あれ、なんか歌声が聞こえる」
(上手だね。しかもこの音は……ギター、かな?)
「まさか、この世界ギターあるの?いや、フルートは見たけど……」
ロゼのフルートは本当にうまかった。あれなら現実世界の有名楽団でもやっていけると思う。
「〜〜〜♪」
ギターのような音、そして綺麗な歌声。
「どっかで聞いたことある声だなぁ……」
クラスメイトとかそういうんじゃなくて、なんかどっかで聞いた覚えのある声……。
(ていうかこれ、ドレシンの曲じゃない?)
「あ、それだ。ドレシンの『愛☆迷☆未満!?無知蒙昧』だ」
(え、何そのヤバそうな歌……)
「ほら、6年前に失踪したセンターの子の書いた歌詞だよ!ん?待って、ていうかそれを歌ってるってことは……」
に、ほん、じん?
「どうしよう……気になる……」
(クラスメイトだったらどうするの?)
「いやどうもしない、立ち去る」
(まぁでも確かにクラスメイトの声じゃなさそうなんだよねえ)
気になるので取り敢えず見に行ってみよう。歌ってる人は、多分この先の教会跡地かな。と、こっそり教会崩れた建物の影から見た。
「〜〜〜♪」
そこにいたのは、ボロボロの小さな女の子だった。
月に向かってギターを小さく鳴らしながら歌う。その歌声はプロ顔負け、というかプロのそれで、透き通った綺麗な声。さっき子雀の歌を聞いたが、あちらと確かに上手いけどこの子の場合は多分しっかりお腹とかを鍛えて出している歌声だった。
ていうか、この声本当にどっかで聞き覚えが……。
「そこにいるのは誰?」
ひっ!見つかった!?あれ、気配を結構消してた筈なのに?
女の子は振り返ってこちらを凝視していた。月光に照らされたツインテール。青色のメッシュ。虚な瞳。包帯だらけの身体。けれど、その声もその顔も……どこか見覚えがあって……。
「え、ドレシンの……NAWATEちゃん……?」
「__________ッ!?貴方!まさか……!」
そうだ、私が好きなアイドル。dress code symphonyのセンター。6年前に失踪した、天才アイドル、ナワテ。え、っと……え、嘘!?
怖い目でズンズンと迫ってくる少女。その手にはギターでは無くきらりと光る刃物が握られていたけれど、私は正直それどころではなかった。
「あんたに罪はないけれど、ここで……」
「あ、あの……
サイン、ください……」
感動でそれどころでは全くなかったのである。
…
…………
……………………
〜同時刻:王都13番街〜
13番街は、ある程度夜でも騒がしい地区でありガーゴイル像などを中心とした石造物群の前は、カップル達の逢瀬の場となっている。そんな夜の街で、血が流れようとしていた。
「あ、かはっ、げぼっ……」
「聖女様!!がはっ!!」
「も、もう、やめ……し、死ぬ……」
市民から愛された聖女、そして彼女を守護する歴戦の聖騎士。聖騎士は、聖女が陵辱される所をただ見ていることしかできなかった。
「いや、いや……しに、たく、な……フォルトナ、様……」
「にゃはっ☆神なんていませんよー。居るのは悪魔だけ、それこそが世界の真理なんですからー、にゃはは☆」
土の聖女と呼ばれる銅月級冒険者:ニルヴァ、そして彼女とパーティーを組む銅月級冒険者の聖騎士:バルザック。2人は13番街で治安維持活動に当たっていたが、今こうして黒の下着姿の女に蹂躙されていた。
聖女はその純血を散らされ、黒い物質に身体中を凌辱される。そして聖騎士は下着の女によって手足を折られて組み伏せられ、その様をマジマジと見せつけられる。
「せ、いじょ、様……」
「にゃはっ、聖女様ぁ!貴方も悪魔様信仰に目覚めるのですよー。私と一緒に気持ちよくなっちゃいましょう!私達は愛に!性に!恋に!快楽に!全てに溺れる為に生きているのですからー!にゃははっ、どうです騎士様?貴方の大事な大事な聖女様は、今、淫らなサキュバスへと生まれ変わるのですよー、にゃははっ」
「あ、あああ、ああああああ……」
「あーあ、私男は要らないですねー。あれ、ニルヴァちゃん、どう?新しい身体は馴染んみましたー?」
バルザックの前には、禍々しいツノと尻尾を生やし身体を露出させて悦びに満ちた顔をした聖女:ニルヴァが立っていた。
「うふふ♡ご主人様のお陰で生まれ変わった気分ですわぁ!うふふ、わたくしも愛に!快楽に!全てに身を任せて堕ちてしまいたい!ああ、神などに仕えていたわたくしはなんと愚かだったのでしょう!」
「せ、聖女、さま?」
「にゃははははっ!正義の象徴たる聖女様がサキュバスへと堕ちる瞬間を見られるなんて私光栄!光栄です!にゃははは!」
茶髪ウェーブでツノを生やしたグラマラスな女性。彼女はニルヴァを押し倒すと、その唇を奪った。
「んっ、んん」
「にゃは☆かーわいい。私、誰かが堕ちていく姿を見るのがだあーいすきなんですよー。さぁ、最初の仕事ですよ。この男を殺してください♡」
「は、はい……『東の魔王』様」
ニルヴァはそのまま死に体の聖騎士:バルザックの唇を奪った。ずっと恋焦がれていた聖女の口付けに一瞬幸福感に包まれるバルザックだったが、次の瞬間にはその魂を吸い取られ、噛み砕かれ、幸せなまま絶命した。
「ご馳走様♡あぁ、早くご主人様の口付けで上書きしてくださいまし!こんな汚らわしい男との口づけなんて地獄以外の何者でもありませんわぁ!」
「にゃははっ!はーいはい。帰ったらねえ。にゃは、これで王都の主要な冒険者は潰せましたかね。天撃卿の唇が奪えなかったことは残念ですけど、舞台は整いました。さぁて、
優しく皆殺しにしてあげますよ、人間♡」
東の魔王は、大きく口を歪ませて嗤った。
次回はなわてと木葉の邂逅です。
あと、なんかエロ同人みたいな話だったけどエロ展開にはしないからぁ!!!




