4章9話:この世界の真実
世界の成り立ちについての解説です。
(満月の塔、満月教会フォルトナ派が作られる以前に建設された、本来の満月教会の建築物。具体的に言えば1000年前、パリスパレスの地にパルシアが旗を建てて城を築いた時点で満月の塔は存在している)
「……?」
吸血鬼を降霊させ、私が飛んできたのは満月の塔の真下の展望台。王都でもかなりの高所に位置している。満天の星空、巨大な月、そして満月の塔。話が終わったら少し登ってみたい。
(そんなに言うなら先に登ってもいいけど……)
「本当!?ありがとうすくな!」
(すくなはこのはの笑顔に弱いんだよー)
「あはは、そこにつけ込んでます」
夜間の出入りは禁止されていたけれど、吸血鬼の能力を使って三階のバルコニーから侵入。そのまま最上階まで続く螺旋階段を伝って飛行し、最上階までやってきた。
「わ、わあああああ!」
深夜の王都は灯りが少ない。けれども満月が煌々と街を照らしている為に存外街の端から端までその有様が見られる。バジリス王宮、バジリス王城、2番街の大迷宮、3番街の公爵家本邸の連なり、5番街のテグジュペリ侯爵家はこっからでも見えちゃうな……なんという広大な敷地。
無論、ひいちゃんと行った遠くのスラムやそのさらに遥か奥のムール・ド・シャトーまで見えている。
(綺麗だよね!すくなも、随分前にこの景色を見ているんだ)
「すくな……?」
ワンクッション置いてすくなは言う。
(木葉はさ、この世界を作ったのがすくなだって言ったら、どう思う?)
なんとなく、そんな気はしていた。と言ったらすくなは驚くだろうか?知っていたわけでは無いけれど、予想はしていた。できていた。私を魔王にした存在がすくなだと言うのならば、そもそもただの人間を魔王として召喚した存在自体がすくなだと言うことだ。
「……どうも思わない。今更私がすくなを憎んだりすることはないよ」
(……そっか。ま、正確に言えばこの世界を作ったのはすくなであってすくなではないんだよね)
「ん……?」
(すくなの成り立ち。レスピーガ地下迷宮で話したこと、覚えてる?忘れちゃったよね)
「えっと……」
(すくなは、すくなのこの人格は、5世紀……ヤマト朝廷との戦いで死んだ"飛騨の民"の女の子、そのものなの。あの時は少しわかりづらい言い方をしたから、しっかりと言い方を直すね。
すくなはただの女の子。だけど、両面宿儺本体は……本物の悪魔なんだ)
あ、くま?え、ええっと……なんの話だ?
(始まりから説明するね。時は4〜5世紀、つまり約1600年前。ヤマト朝廷と飛騨の民は戦争状態に入った。出雲や熊襲を下した大和の民はついに東国に侵攻を開始したわけだね。で、すくなたち飛騨の民は必死に戦ったものの敵の圧倒的な力で敗北してみんな死んだ。すくなも、その時に死んだ。その時に死んだ人達の怨念こそが、この世界の全てと言っても過言じゃない)
「日本史の授業でちょっと習った気がする。確か、仁徳天皇の時代だったような」
(正確な天皇の名前は覚えてないなぁ。ともあれ、その時に死んだ飛騨の民の怨念の集合体。それこそが"両面宿儺"。そして、すくなは両面宿儺の中核となる存在だった。両面宿儺は日本における鬼神……まぁ世界全体で見たら"大悪魔"と言う形になるのかな。あんまり詳しくないけど)
すくなが詳しくなかったらもうおしまいなんだよなぁ。けれど、これ日本の話だよね?うーん、なんでこっちの世界に関連が?
(両面宿儺はね、恨みを持ったまま現世に漂い続ける亡霊だった。生者に対して何か出来るわけでもなく、ただただ怨念だけが募っていく。すくな達は、段々と自分達を制御できなくなっていった。恨み募れど復讐出来ない状況で、その存在が崩壊していったんだね。
だから、異世界を作った)
「い、せかい?」
(そう、異世界。現実世界に介入できなかった両面宿儺が出来たのは、恨みのエネルギーを通して自身が潜り、安らぎを得ていられる世界を作ること。初めは粗末な物だったね。まずすくな達は、霧と草原の深層世界を作り出した)
「そ、それって!」
霧と草原の世界。それは、なんだか聞き覚えがある!
(そうだね。このはとすくなの対話の場所。そして、このはとあの子の決闘場。今ではすくなが自由に扱える世界はあそこしかなくなってしまったなぁ)
「あそこが……両面宿儺の作った始まりの世界……」
(この世界は、【満月の世界】って言うんだ。飛騨の山奥では月が綺麗に見えるんだよ。さてと、話がズレた。えっと……どこまで話したかなあ?
初めはお粗末な霧と草原だけだった満月の世界は、年月が経つにつれて広大な世界になっていった。5〜600年くらいかかったんじゃないかな?それが、今やこんな凄い王都を作り出す文明にまで発展したのは、中々どうして感慨深いものがあるよ。
さて。時間はかかったけど、両面宿儺が満月の世界を作り出した目的。それは、有り体に言えば"憂さ晴らし"だった。)
「憂さ晴らし?ヤマト朝廷へのってこと?」
(そう!この世界は人間族と亜人族、そして魔族がいるよね?これらはそれぞれ、日本のある存在を象徴している。簡単に言えば、両面宿儺から見た古代日本の世界だよ。)
「……?」
古代日本の世界?
(簡単に言うと人間族を「飛騨の民」、魔族を「ヤマト朝廷」、亜人族を「動物」と見立てて戦争させて、両面宿儺は恨みを晴らそうとしたんだ)
「………………へ?な、なにそれ。そんな事して何の意味が」
(意味なんてないよ。本当にただの憂さ晴らし。正義の人間族様である飛騨の民が、悪の魔族であるヤマト朝廷を倒す。その為だけに世界を、生命を、文明を作り上げた。そうして世界は、圧倒的多数に作られた魔族が圧倒的に不利な状況になるような露骨すぎるマッチポンプが起こる。
ただただ両面宿儺の満足感を満たす為だけに、生み出された生命達は殺し合いをさせられた。人間族は正義面して次々と魔族を殺害していく。やってることは……古代日本でヤマト朝廷がすくな達にやっていたことだって、両面宿儺を構成する怨霊は誰も気づいていなかったんだろうね)
歴史は繰り返す、みたいなやつだなあ。いや緊張感持って聞いてますよ、うん。
(すくなはね、それでも戦争は見たくなかったんだ。所詮作り出した生命だ、なんて皆んな言っていたけれど、それでもすくなは嫌だった。
だから、殺戮が数百年続いたある日、すくなは両面宿儺を終わらせることにした)
「終わらせる……そんなことできるの?」
(うん。その為にすくなは先ず、日本の少年少女を呼んだ。ヤマトの民の直の子孫達なら、両面宿儺を倒す程の力が得られるはず。そう考えたすくなは、6人の少年少女を召喚した。それも、時間軸の異なる現代からの召喚だった)
「……もしかしてそれが、パルシアと五華氏族?」
パルシア王と、コナタ・フルガウドをはじめとした5人の騎士。彼らを召喚したのも、やはりすくなだったのか。
(パルシアと五華氏族は神聖王国を作り上げ、すくなとは違うやり方で両面宿儺を滅ぼそうと魔族の大帝国を扇動した上級悪魔を殺した。泥沼の殺戮の歴史には一応終止符は打たれ、安定した文明社会が興った。彼らの持ち込んだ文明知識によって日本的な風景の世界は一気に西洋文明と化したし、人間族と魔族は大規模な殺戮も起こらずある種拮抗状態に陥った。
でも、それだけ。結局パルシア王と五華氏族は両面宿儺を滅ぼす存在たりえなかった。でも希望は見えた。だから、少年少女を召喚する傍らですくなは【月殺しシステム】を作り上げた)
これまた穏やかじゃなさそうな単語が……。
(月殺しシステム……つまり両面宿儺を滅ぼすためのシステム。目的は簡単、ヤマト朝廷が飛騨の民を滅ぼしたという事実の踏襲だよ)
「ごめん、話が見えない。踏襲って?」
(代表戦だよ。異世界から召喚した少年少女を、魔王と勇者に振り分けて戦わせる。飛騨の民に見立てた勇者が勝てば両面宿儺は大喜び。逆にヤマト朝廷を見立てた魔王が勝てば、それは即ち自身の世界ですら飛騨の民は敗北したということ。古代日本での歴史を踏襲して両面宿儺を完全に弱体化させる……それが、"月殺しシステム")
「それ……他の怨霊……えと、悪魔は同意したの?」
(したよ。彼らは勇者が負けるなんて微塵も思ってない。すくなが魔王側に付いてるなんて微塵も思ってなかった。敗北した飛騨の民を見立てた人間族を人身御供として徴収し、勇者と魔王召喚の儀式が行われたのは500年前のこと)
「ちょ、待って待って!人身御供って言った!?すくなは、本当にそれを進めていたの!?」
(実際、このは達の召喚にだって数万の人間が人身御供として使われているんだよ。それが、儀式の前提条件だからね)
そん、な。それじゃ、私達は数万の命を犠牲にしてここに立っているの?そんなことを、神聖王国は……いや、そうか。レイラ姫の言っていたことは、これだったのか。
「王都に奴隷を運び込んでいるのはそういうことだよね……?勇者召喚、ひいては勇者候補の召喚の為に満月教会と神聖王国は協力して人身御供を集めていた。だから、王都内には奴隷が少なかったんだ……」
(そう、だね)
「……………………それを、すくなは進めていた」
(うん。言い逃れはしない。このはが怒る気持ちも分かる。誰がどう見たって、擁護できる行為じゃない)
「それが分かってるなら……なんで!」
(けれど、こうでもしないとその後に続くのは数万の民の屍なんてもんじゃない。さらに多くの屍が積み重なる。だから、500年前にすくなは数万を犠牲にして両面宿儺を終わらせるつもりでいた)
その言葉に、私はグッと唾を飲み込んだ。怒りを沈める。すくなは、すくななりに人々のことを考えていた。私は、最後まで冷静に話を聞く義務があるのだから……今は落ち着け、櫛引木葉。
「……ふぅ。ごめん。続けて」
(言い訳をさせてもらうと、500年前の数万の犠牲で終わらせるつもりだったんだ。それで、両面宿儺は終わるはずだった。勇者は15歳の女の子。そっちにはすくなの次に両面宿儺の核を維持していた存在……この世界では【フォルトナ】と呼ばれる存在だったかな?そいつが付いていた)
「フォルトナ……満月様の息子だったよね。満月教会のフォルトナ派が崇める神様。もしかして、満月様って……」
(両面宿儺そのものが、満月様だよ。この世界を創造した唯一神。フォルトナ……名前は確か【赤月様】、それから【新月様】、【三日月様】と呼ばれる神様も全て満月様である両面宿儺を構成する悪魔達。即ち、飛騨の民の怨霊達。つまり、この世界で崇められてる神様ってのは、総じて現実世界で悪魔扱いされてる連中なわけだよ、滑稽だね☆)
これは酷い……。フォルトナも他の神様も要するに暗闇さんの上位互換でしかない訳で……この世界は総じて悪魔信仰だったわけね。やっぱ宗教ってクソだね。お母さんやあのクソババアがハマる理由が全くわからないよ。
(話が逸れたから戻すね。15歳の女の子である初代勇者と、このはも会った初代魔王クープランの墓とその魔女達は500年前に戦った。その戦いの結果は……このはの知る通り。クープランの墓は滅ぼされ、魔女は各地に残り、初代勇者は行方不明となった。つまり、すくなの敗北だった。これで、また大陸中で殺戮が起こる……その事実に絶望したすくなは、両面宿儺から抜け出すことにした)
「そんなことできるの?」
(ま、兎に角全力で両面宿儺を拒絶し、現実世界へと逃げ込んだ。その結果……両面宿儺はバラバラに崩壊した)
え、崩壊しちゃったよ!?数万の命を犠牲にしたのに、こんなあっさりと崩壊!?
(誤解なきよう言っておくと、滅亡ではなく崩壊。すくなだって、正面切って彼らと対立するなんてしたくなかったからこのカードは切りたくなかった。崩壊しただけだから、力さえ取り戻せばいずれはすくな抜きで両面宿儺は成り立っていた。
けれど、500年前時点ではすくなの両面宿儺における割合は大きかったんだ。すくなが消えたことで両面宿儺はその存在を維持できなくなってバラバラになり弱体化した)
「……………………」
(そっからはよくわからないなあ。このはに出会うまでは日本でずーっと眠っていたし。でも多分、満月教会と神聖王国が組んで両面宿儺(満月様)を復活させる為に生け贄を集め始めたんだろうね。人間族は勇者召喚の人身御供として、そして中でも生娘は傷ついたフォルトナ達を癒すための餌として王都に送り込まれる)
「神聖王国が500年前から侵略戦争を開始したのはそれが目的……?」
(恐らく。国営の地下施設では勇者召喚のための人身御供が、マクスカティス大寺院には生娘が送られてこの国では人が消えていく。ま、2代目勇者の時もなーぜか失敗したらしいから、こうして3代目が召喚されたわけだね。ざまーみろー!)
んー、結局神聖王国と満月教会は勇者召喚の為に奴隷を集めてて、同時にフォルトナを修復する為に生娘も集めてて、フォルトナを核として満月様を復活させようと企んでるってことか。そして、今度こそ魔族を滅ぼして人間族のみが繁栄する世界を作りたいと。なんていうか、
「やることが子供っぽい……」
(憂さ晴らしから始まった世界だからね。結局、すくなもフォルトナも餓鬼なんだよ……はぁ……)
「まぁそれはいいや。で?私は結局勇者を倒せばいいの?」
(ま、そういうことだよね。でも今の勇者を倒しても、月殺しシステムが保持されてるかが不明だから世界が崩壊するかはわからないなぁ。ていうか、人身御供の数的にすーぐ次の勇者召喚されちゃうし)
「うわ、私勝ち目ないじゃん……」
(だから、神聖王国と満月教会ごと倒す必要があるんだよ。両方を無力化させて人身御供の供給を断ち切り、その上でどこかに封印されているフォルトナを叩き潰す)
ハードルが高い……でもやらないと延々と生み出される勇者に襲われるし、何よりヴェニスの時以上に人が死ぬ。そんなのは……嫌だ。
(フォルトナは、間違いなくすくなを狙ってる。何処にいるか分からないだろうけれど、すくなさえ食らえば両面宿儺は復活できる。だから、結局すくなの大元であるこのはを狙ってくる。このはが負ければ世界はまた殺戮の時代がやってくる。だから、絶対に勝たなきゃいけない)
「……私は、正直すくなの作った月殺しのシステムをあまり許したくない」
こんな、数万の人間の命を犠牲にした果てにある平和を平和と呼べるかは疑問だ。そして、そんな犠牲の上に召喚された少年少女達が何より一番不憫だ。私含めて。クラスメイト達だって、15期生だって、きっとここに召喚されなければ何も起こらずに楽しい人生を過ごしていた筈なのだ。だから、そんなシステムを作ったすくなを……私は少しだけ、いや結構許せない。けれど、
「貴方は私だから……私も一緒に背負う。2人で終わらせよう、すくな。もうこんな悲しい事を起こさなくて済むように。もう二度と人が理不尽に殺されていくなんて事がないようにしたい」
(この、は……)
「満月教会と神聖王国を倒して、勇者とフォルトナを倒して……両面宿儺の物語を終わらせよう」
(……ありがとう。すくなを……こんなすくなをまだ信じてくれて)
「もーちょっと早く話して欲しかったけどねー」
柵に腕を乗っけて空を見上げる。すくなとフォルトナ達によって始まったこの【満月の世界】。両面宿儺を殺す為の【月殺しシステム】。壮大なファンタジーも良いところだけど、ある程度は納得できる。
「因みに、帰る方法知ってる?すくな」
(両面宿儺さえ殺せれば、つまりフォルトナやその他の悪魔さえ殺す若しくは悪魔にこの世界の構成を諦めさせる事が出来たならば、今こっちの世界に送り込まれたこのは達は自動的に帰還できるようになる筈。勿論、魔女の宝石を全部集めて魔法を作って帰ってもいい。けれど、)
「そのつもりはないよ。クープランの墓の言う通りになるのは癪だけど、すくなと一緒に両面宿儺を滅亡させる。その為なら、私は悪の魔王で居続けてもいいよ」
私は悪のままでいい。悪のまま、こんな酷い世界を生み出した悪魔達を殺す。エレノアの時の様な悲劇はもう沢山だ。
「あぁ、そうだ。もう一つ聞きたいことがあるんだった」
(………………何かな?)
「夢の中の女の子」
(______ッ!?)
「あれは、誰?」
フォルトナさんは一応西洋の悪魔です。こいつが混じったことで大陸のベーシックが西欧になりました。




