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4章8話:お菓子を作るよ

「か、かわ、かわわわわわわ!可愛いですわー!是非ウチの専属メイドとして雇いましょう!そうしましょう!」

「うむ。テレジアよ、良きメイドを連れてきたな、父は嬉しいぞ」

「メイドじゃねぇよ……」


 テレジアの両親は貴族らしくはない、が金持ちそうな夫婦だった。けばけばしくないけど上品そうな衣を身に纏っているから分かる。商業侯というのはどうやら嘘ではないらしい。が、反応はなんだかクラスのみんなと変わらないので、私は遠い目をしながら溜息を吐いた。

 勿論エレノアとあったことも伝えた。そして、彼女の最期も。それを伝えると2人は静かに、


「そうですか……あの子と会ったのですか……」

「礼を言う。あの子の為に泣いてくれたことを」


 と言ってくれた。亜人族である子雀のことも客人として扱ってくれてるのでかなり良識のある貴族様のようだった。


「それで、何やら珍しいお菓子が作れるとか……?」

「うん、そのことがあって相談に来た。今から作るから、これが売れるかどうかを判断してほしい」

「ふむ……」


 結果、私は厨房を貸して貰い自分が知る限りのお菓子を作ることにした。王宮の料理人時代に日本の味を再現しようと師匠にしごいてもらった故、元の世界では作れなかったにもかかわらずある程度のレシピの再現が可能となっている。

 そうして作り上げたのは、まずプリン。異世界ものの定番である。


「と、まぁその前に……ナニコレ」

「メイド服よ!!いやー!ヒカリ似合うわね!やっぱ私のメイドにならない?」

「我が主!とってもお似合いです、ジュルリ」

「ならん。あと涎を拭け子雀、焼いて食うぞ」

「ちゅん!?」

「それで、今は何を作ってるの?」

「クレープ。あとレアチーズケーキとガトーショコラ、ミルクレープももしかしたら流行るかも……」

「くれーぷ?美味しそうねぇ……よくわかんないけど全部作っちゃいましょう!」


 てなわけでテグジュペリ家の豪華な厨房には木葉特製の日本の洋菓子が沢山並ぶこととなった。砂糖などはこの時代高級品らしいが、そこら辺は流石テグジュペリ家である。


「プリンとクレープは原価的に庶民にもそこそこ売れそうね!あと、ミルクレープは多分貴族の間で流行るわ!」

「うんうん、ヒカリちゃんがメイド服姿で売ればもっと流行るわよ!!」

「あの、テレジアママはなんでいるんすかね……」


 私の頭をわしゃわしゃ撫でながらテレジアママはミルクレープを口に運んでいた。しかし何気にミルクレープが日本発祥って意外だと思う、イメージ的にはフランスっぽい。


「ヒカリ貴方すごいわね、どこでこんなお菓子覚えたのよ!?」

「私の国のお菓子屋に並んでるからね……昔お姉ちゃんに連れて行ってもらったことがあってさ」

「両親じゃなくて?」

「私には母しかいないし、母は私のこと嫌ってたから……」


 ここまで言って私は、しまった!と思った。こんな暗い話をしても仕方ないというのに。

 だがおずおずと3人の方(テレジア テレジアママ 子雀)の方を見ると、涙をうるうるさせながらクレープを頬張っていた。いや口と手を止めろ。


「うぅ、あんたやっぱり健気だわ!!いっぱいアタシに甘えていいからね!」

「我が主ぃいぃい!ちゅんが居ますから的な〜!!」

「ヒカリちゃあぁん!ママに、甘えていいのよぉ!」

「えぇい鬱陶しい!てかテグジュペリ家はキャラ被ってるから同時に喋んな!」


 そんなこんなで彼女達を捌きながら、皿に盛り付けをする。うむ、いい感じにSNSにアップ出来そうなレベルだと自負している。







「ふむ、先ずは貴族から流して下々に広めていくのが良かろうな。と、いう訳で今度テグジュペリ家主催で試食会を開こうと……もごもご……思う……もご」

「……はあ」


 執務室にて、テレジアパパことテグジュペリ侯爵がクレープを頬張りながら言う。正直威厳もくそもなかった。テレジアも苦笑いである。子雀は流石に執務室には入れないとの事なので別室待機だ。


「ご馳走様。これは売れるぞ!パルシア人は珍しいお菓子が大好きだからな。本当にこれらのレシピ買いとっても?」

「私は店開くわけには行かないし、手っ取り早くレシピを売って金稼いだ方が早いんだよ。で、えと、なんだっけ?試食会?」

「うむ。王都の貴族を呼んで試食会をすることになる。だが、その際問題となってくるのが……警備の問題だ」


 王都を揺るがす暗殺騒ぎ、ね。闇ギルド:蝶々連盟のテレプシコーレから仕入れた情報では銅月が2人、紫月が8人。そして、新聞情報だけ見てみると何らかの形で巻き込まれた人数が12人。22名の被害が出ている。

 問題はその巻き添えの被害者が、銅月の警護していた貴族であったことだ。


「流石に大々的に貴族が集まる場での暗殺はないと思いたいが、いかんせん既に犠牲者が出ている以上万全の対策をせねばならん。そこで、銅月級たるヒカリ殿の出番だ」

「……言っちゃなんだけど、私を信用していいの?」

「エレノアと共に戦い、テレジアを救ってくれた優秀な武人……少なくとも私の中での評価はそうなる。見当違いかね?」


 テグジュペリ侯爵は少し挑戦的に笑う。なんというか、その仕草が少しアンソンに似ていた。


「いいや?依頼ということなら受けるし、受けるからには迫り来る相手は叩き潰す。それに、王都がキナ臭い原因には心当たりもあるし」


 魔族の侵攻。"饗宴計画"について。それこそが、王都で何が起こっているかを理解するためのキーになる。そしてそれは、私が"本当の敵"を見据えるための1つの要素だ。


「よし、その言葉が聞けて嬉しいぞヒカリ殿!さぁ、今夜はご馳走を催そうではないか!ははははは!」

「これでいいのかこの人……」

「蟹、出るが?」

「テグジュペリ家は最高だ」


 買収されてないもん!されてないもぉん!



…………


……………………


 何かあったら嫌なので子雀と私は同じ部屋、それもテレジアの部屋の隣にしてもらった。亜人族への差別感情はこの国全体で蔓延っているのでどうなるかと思ったが、やはりテグジュペリ家の人間はかなり理解のある人間なのだ。


「そもそも、亜人族も商売相手な私たちからしたら差別なんてちゃんちゃらおかしいわ!」

「ま、それもそうか」

「亜人族と商売っていうと……南都のほうですか的な?」

「そうね!神聖パルシアの誇る美姫:カナタ・フルガウドの築いた古都:アヴィニオンや南都:マルセーユ、美麗なる都:カンナ。亜人族特区が多く存在する南方はお得意様なのよ!」


 フルガウド、ね。ロゼは元気だろうか?迷路も。アレからどうなったんだろう。私が転移した後うまくヴェニスを脱出出来たのだろうか?明日、テレプシコーレ辺りに尋ねてみることにしよう。本当は今日尋ねたかったけど。


「我が主?いかがしました的な?」

「あ、いや。ちょっとね。それよりも、試食会って何時ごろになるのかな?」

「多分1週間以内にはやるわよ?それまでに近衛が暗殺騒ぎを何とかしてくれればいいんだけど」

「ま!最悪の場合は我が主がいますから!この屋敷は大丈夫ですよ!ちゅん!」

「随分誑し込んだのね……何やったのよあんた」

「別に何もしてないし……ただちょっと娼館から買い取っただけだし……」

「え?あんた自覚ないの……?それ相当なことじゃない?」

「ん?」


 そんな凄いことではないでしょ。


「で、なんだけど。警備にはヒカリ、それにコスズメちゃんにも協力してもらうことになる。けれど、貴族参加が多い分勿論その護衛も相当な数になるわけで……多分銅月級が出張ってくるわ」

「……何を心配してるかは知らないけど、問題起こすつもりはないから安心してよ。つか、子雀はどうするんだ?流石に貴族がウロウロしてる場所の護衛は……まぁ無理でしょ。それこそトラブルが起こる」

「勿論です我が主。なので、ちゅんは屋根上で待機です的な」

「ん?どゆこと?」

「ちゅんは飛べますので!えへっ」


 羽をバサッとやって一回転。あざとい。


「上空からはコスズメちゃん、そしてアタシの護衛はヒカリ。完璧な布陣だわ!よーっし!この最強パーティーの結成を祝してお風呂行きましょうお風呂!」

「お、ふろ?」

「ちゅんもいいんですか的な?」

「勿論よ!さぁて、テグジュペリ家の浴場を見せてあげるわ」


 と言われて来た浴場は、


「リヒテンで見たぞこの広さ……」

「おーっほっほっほ!浴場建築においても力を持つテグジュペリ家自慢の薔薇風呂よ!おーっほっほっほ!」

「ちゅ、ちゅん……こんな大きなお風呂入っちゃっていいの的な?こんな元娼婦のちゅんが……」

「いや娼婦とか関係なしな。てか私も正直入っていいのかって気分」


 テレジアに髪を洗ってもらい、背中を子雀に流してもらう。ママのバブみを感じるシャンプーはこの匂いだったらしい。内心バブゥって台詞を30回は吐いたと思うしなんなら口に出てた。


「いい匂いですね我が主!」

「んぬ、薔薇風呂とか本当に初めてだから興奮を隠せない。いや、入浴剤で似たようなのは味わったことあるけど」


 尾花花蓮達と学校帰りに温泉施設に立ち寄ったことがある。そこはなんというか、薔薇風呂風で、花びらがお湯に散りばめられていた。今回は薔薇のおっきな花まるまるお風呂にドボンである。


「〜〜♪ふふーん、ふんふーん」


 つい上機嫌になって鼻歌まで口遊んでしまう。そう、大人気アイドルグループdress code symphony(ドレシン)の最新曲。推しとかいないけど曲調がすっごく好きなのだ。と歌い続けていたら、子雀がキラキラした目でこっちを見ていた。


「我が主、お歌が上手なのですね!ちゅんはその歌知らないですけど」

「私の国の歌手が歌ってるの。子雀やテレジアは歌は歌わないの?」

「アタシは習い事程度かしらねー。教養として、って感じかしら」

「ちゅんは好きです歌!よく娼婦時代に歌ってました的な!だから、色んなお歌を教えて欲しい、です」


 へえ。てか、神聖王国で流行ってる歌ってあるのかな?18世期くらいのヨーロッパってどんな感じだったんだろう。


「ちょっと歌ってみてよ」

「ちゅんんん!?無茶振りすぎません!?」

「いや良いじゃん、私この国の歌一つも知らないんだよ」

「吟遊詩人が旅の途中で歌う歌が庶民の間では主流よ。貴族の歌は古典音楽として格式高いものなの」

「んー、そっちは大体想像つくかな。オペラハウスらしきものが王都にあったし」


 気になるのは庶民の歌だ。吟遊詩人ってなんかかっこいいじゃん?


「で、では一曲。お酒の詩」









 結論。

 超上手い。


「ど、どうでしょう……?」


 おずおずと聞いてくる子雀だったが、正直ドレシン並みに上手い。テレジアも涙を流しながら拍手をしていた。いやそれは流石に大袈裟な……。


「最初曲名で死ぬほど馬鹿にしてたのに……うぅ、恋人と最後に飲んだお酒の歌……とかどんでん返しすぎるでしょ、ぐすっ」

「わ、我が主!?大丈夫ですか!?」

「あー、いや、ごめん。久々に泣きそう。四月は○の○の漫画読んだ以来かもしれない」


 大分昔だなぁ。

 正直子雀の歌は滅茶苦茶に上手かった。なんというか、アイドル業始めれば良いと思う。いや、待てよこれはビジネスチャンスでは……?


「アイドル……アイドル活動を始めてお金を……」

「あい?」

「どる?」


 聞く人を釘付けにしてしまうほどの透き通った美声。決して腹から声を出しているわけではないので、喉勝負な天性の才能だと思う。


「よし子雀、アイドルやろう。お前センターね」

「な、なんですかいきなりぃ!?」



……………


………………………


「すぅすぅ……我が主ぃ……」


 子雀に断られてしまった……。でも新人アイドルプロデューサーの櫛引木葉はせっかく見つけた金の卵を諦めないのだ!と、アイドル構想に想いを馳せながら、バルコニーで夜空を眺める。満月は、段々と欠けてこれから新月になっていくのだろう。あの日赤かった月は、もうすっかり元の色に戻っていた。


「眠れない」

(今日はいろいろあったからね)


 すくなが話しかけてくる。彼女との対話は、なんというか昔の自分を想起させて本当に辛いのだけど、これがすくなの元の性格というのならば仕方ない。辛いけど。


(ねぇ、このは)

「ん?何?」

(シャトンティエリに来た日、言ったこと覚えてる?)

「……うん。色々、真実を教えるって」


 すくなが私に隠していた真実。この世界の敵と戦うことを決めて、私の心が真実に耐え切るとすくなは判断したのだろう。そして、私が壊れたままならきっと聞かせるつもりなんてなかった筈だ。


(場所を変えようか。子雀には悪いけど、絶対誰にも聞こえちゃいけないからね)

「……?それなら、あそこに行こう」


 私が指を刺した先は、王都10番街。その代名詞とも言える王都の柱=【満月の塔】だった。百メートル近い巨大な塔で、満月教会の所有財産であるにも関わらず唯一市民に開放されている建築物。


(満月の塔、異端審問官とかいたら最悪だと思うんだけど……)

「んじゃその近くの展望台!私一度近くで見てみたかったんだよ。東京タワーもスカイツリーも近くで見れなかったしさあ」

(ふむ、まぁちょうどいいか。じゃ、いこっか!)


 そうして私とすくなは、夜の王都へと繰り出していくのだった。

次回はTIPs


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