4章6話:天然たらし系美少女in娼館
テレプシコーレもいい曲なので是非聴いて欲しいですね。ボブ・マーゴリス作曲の有名な吹奏楽曲です。
「ここが、神聖王国の裏社会さ」
木葉が足を踏み入れたのは、地下街では最も高級地区とされる7番街の地下。これ以降はテレジアの実家であるテグジュペリ侯爵家が居を構えることから分かるように貴族達の拠点があるため7番街こそが裏社会の頂点ということになる。
そして、目の前の巨大複合施設はその闇が凝縮された様な場所である。違法カジノ、奴隷売買の総本家、薬物取引、闇金、剣闘士ビジネス。そして、翠玉楼の本拠地もここにあるらしい。
「……闇オブ闇の世界って訳ね」
「必要悪さ、こういうのは。ないなら無いで表の世界の秩序は崩壊する。絶妙なバランスの上に成り立っているのさ」
「道理だね。糞だとは思うけど」
結局、何処の世界も光と闇の世界が必要という訳だ。だが其処には筋が通ってなくてはならない。筋が通っていない悪、それこそが今の王都政府と満月教会であった。
まぁそれはさて置き、一通り裏7番街を案内されて大方どういう所なのかは掴めた。無論国の暗部に近しい場所は紹介されていないが、木葉は淀んだ目の奴隷や娼婦、そして何やら商談をしに来たであろう国の高官なんかを沢山目撃した。それで充分だ。
「王都の闇を知ってると知らないとじゃ上の方を歩く時に心構えが変わってくるだろうよ。にしても、やっぱ目立つねアンタ」
木葉の美貌に、見惚れて多くの有力者達がボーッとしている。ツノに付いてはアクセサリーということで誤魔化している。普段では使えない手だ。
「テレプシコーレ殿、其方の大層美しい女性は何処のお方ですかな?」
道中こうやってテレプシコーレに話しかけてくる高官は多い。だがテレプシコーレは頑なに答えようとせず回答を濁す。そのことで、木葉の存在は『オーナー秘蔵、黒曜石の美姫』と伝説になってしまうのだがそれは今回置いておこう。
「もういいよ、ありがとう」
「そうかい?うっふふ。やっぱりアンタ、売れるよ。実に惜しいねえ。冒険者なんかよりよっぽど稼げるんだけど」
「こっちにも事情があるんだよ……あ、因みにここら辺にマトモそうな宿ある?私今晩寝るとこなくて」
「おやおやおや、それならウチの部屋を貸してあげなくもないが?」
「吹っかけられそう……。なんか系列店とかで良いとこないの?」
「ふぅん。それなら、良いとこがあるよ」
「……?」
…
…………
……………………
「翠玉楼の分店、花街館へようこそ……ってなんだなんだ?娼婦希望か?へへ、それなら先ずはお面を外して服を脱ぐところから……」
「客だよ屑。許可証はあるからテキトーに部屋貸して。テレプシコーレから話きてないの?」
「……へ?」
(話が通ってないじゃん。騙したなあのババア)
テレプシコーレは、自分の経営する店の中でもマトモで比較的良心的な値段の宿をテレプシコーレ名義で紹介してやると言っていた。高級娼館である翠玉楼に関しては余りにも大物が出入りしたり人が多く出入りするので木葉が泊まるのには向かないのだ。
と、いう訳で裏8番街の系列店に行くようにと紙を渡されたのだが、まぁ結果はこのザマである。
「これは失礼。お客様でしたか。どの娘がお好みで?へへ、ウチは結構可愛い子揃ってますぜ」
「おい、部屋貸すだけなのに娼婦必要なの?ただ普通に飯と寝床が確保できればそれでいいんだけど」
「そういう訳には参りません!おはようからおやすみ、そして食事までお気に入りの子と共に出来る。それがこの娼館の売りですから!」
「……あの糞ババア、絶対ワザとじゃん」
別れる前のニタニタした笑いの意味が分かった。男娼を紹介されなかっただけマシな方ではある。流石にそれをやったら木葉に殺されることが分かってて冗談のつもりでコッチを紹介したのだろう。そういうのはマリアージュ王女とかに是非紹介してあげて欲しい。なんて思いながら、木葉は溜息を付いてテキトーにリストから選ぶことにした。
「お客様はどんなのが好みで……」
「私も女なんだけど……。あぁじゃああんま騒がない静かなのにして。あと安いの。慣れてない方が変なことしなさそうだからそれも考慮に入れといて」
「ほぉ、成る程成る程。素人が好みですか、ふっふっふ」
(きっしょ)
ジト目になりながら店員を睨む木葉。その店員に提示されたのは、中々愛くるしい顔立ちの少女だった。だが安い。何か裏があるんだろうなぁとは思いつつ、そもそも私なんもする気ないしと思い直して木葉は、
「んじゃそれで」
と言った。
その後通された部屋は割と良い部屋だったし、どうやら食事まで付くらしいのでただで泊まるには最高の場所だ。どうやらお風呂までついているらしいので、さっさと入ってさっさと食って寝ようと思った。
「この文化レベルで個別の風呂あるの、トゥリーの家やエレノアの家でも驚いたけどなぁ。流石に上下水道が整備されてるだけあるか」
細かいことは異世界クオリティという奴である。という訳で木葉はお面を取り、ベッドの上で寛いだ。することもないので風呂に入ろうと起き上がったその時、
コンコン。
ノックの音が鳴った。
(あー、遂に来ちゃったか……。まぁテキトーにベッドにでも寝かせて私はソファーで寝ればいっか)
流石に仕事でやってる子に酷い対応をするのもどうかと思ったのでソファに毛布やらを写してスペースを確保し、「入っていーよ」と声をかける。
「し、失礼します……」
部屋に入ってきた少女を横目で見て、驚く。もさっもさな明るい茶髪、一本の長いアホ毛、白い肌、黒い瞳。それだけなら普通に可愛い女の子という感じだが、なんとその腕には鳥のような羽毛が生えており、実際背中からは小さな茶色い翼が生えていた。亜人族、その亜人の中でも鳥人族と呼ばれる種だ。
「あ、アテラです!よ、よろしくお願いしましゅ!ちゅん!」
(竜人、狐人ときて今度は鳥人か。具体的には、なんか雀っぽい)
少女はオドオドしながらけれども覚悟を決めたように目を開いて、そして絶叫した。
「さ、さっきのお、女の子ぉおぉ!?」
(悪う御座いましたね女の子で)
驚く少女を尻目に、木葉はソファで新聞を読み始めた。
…
…………
……………………
木葉が娼館に訪れた時に話は遡る。
鳥人族の少女は戦災孤児であった。南方のフルガウド家が管理していた亜人特区が神聖王国軍によって焼かれて両親を失った少女:【アテラ】は、奴隷商によって国内を引き摺り回され王都で人手不足だった娼館に横流しされた。厳しい下働き期間、研修期間を終えて漸く初めての客を取ったアテラだったが、
最初の客は鬼畜野郎だった。
「痛い!痛いです!やめて下さい……やめて、ください……」
「亜人が!死ね、死ね、ふはは、愉快だぁ!もっと泣き叫べぇ!!っははははは!!」
亜人への差別意識の強い軍人の男。ただ只管に暴力を振るわれ、身体を弄ばれ、人格を否定され、人種すら否定される一夜。彼女の心はボロボロとなり、拒食症そして極度の男性恐怖症になっていた。
男を見るだけでも吐きそうになっていた彼女だったが、生きる為に娼婦になったのだ!と自分を鼓舞し、街に出ることでトラウマを少しずつ少しずつ克服し、娼館からも捨てられる直前で漸く決心がついて2回目のお仕事に励むところであった。
「やらなきゃ……そうしなきゃ、生きていけない。此処に来るのはお金持ちばかりだから、あんな暴力ばかり振るう客は珍しいって店主も言ってた。頑張らなきゃ、ちゅん」
ふとカウンターの方で小さな女の子を見かけたのはその時だ。また女の子が娼館に来た。娼館は人気取りの競争社会だ。ライバルが増えれば増えるほど貰える額が減っていく。
「ちゅんは大丈夫、ちゅんは大丈夫……」
どうやら指名が入ったようだった。良い機会だ。こんな醜い亜人の自分でも身体を欲している客がいる。ならば自分はそれに応えなくてはならない。と自分を鼓舞し、男性への恐怖心を噛み殺しながらやっとの思いで部屋の前に着いた。
「大丈夫……大丈夫……ちゅんは大丈夫。男性、怖くない。怖くない……
……こ、わい。怖いよ。怖いよぉお……やだよぉぉ……なんで、なんでちゅんがこんな目に……ママぁ……パパぁ……辛いよ、苦しいよ……
でも、死にたくないよぉ……」
あまり大きく泣かないように必死に堪えながら涙を拭う。あまり客を待たせてはいけない。これからもしかしたらまた暴力を振るわれるかもしれないのだ。あまり相手の機嫌を損ねるのは得策じゃない。
「入っていーよ」
声が聞こえる。男性にしては高い声だ。
「し、失礼します……」
おずおずと扉を開けて中に入る。先ずは元気な挨拶から、と教わっていたアテラは、
「あ、アテラです!よ、よろしくお願いしましゅ!ちゅん!」
と、店側に定められたアイデンティティでもある「ちゅん!」の語尾を付けて挨拶した。だが答えが返ってこない。
(……反応がない。どうしよう、何かやらかしたかな?)
そうビクビクしながら目を開く。大きな見慣れたソファ。そこには、あれ?
(……ん?あれ?お、男、じゃ、ない?あれ、このシルエット……さっきロビーで……)
「さ、さっきのお、女の子ぉおぉ!?」
アテラは思い出した。ロビーにいた女の子だ。え、女の子?え?
(え、ちょっと待って。そういうのアリ?ちゅん的にはナシよりのナシ的な的な的な。あ、でも……男じゃないならそこまで気負う必要ない的な……)
良く見ると、アテラの前で新聞を読んでいる少女は凄まじい程の美貌を持っていた。雪のような白銀の髪、全てを見通したような赤の瞳、きめ細かい透き通るような肌、憂いを帯びたどこか切なげな雰囲気。無関心そうに新聞を読む少女に、アテラは心奪われていた。
(お姫様、ちゅん。今まで見てきたどの高級娼婦より綺麗。いや、いやいや落ち着け落ち着くのよちゅん。ちゅんにそんな趣味はない的な的な的な的な的な!)
狼狽るアテラに目の前の少女が溜息をつく。その動作すら目を奪われてしまう。
「私はヒカリ。もうご飯食べたいから持ってきて欲しいのと、風呂場の使い方だけ教えてくれれば後はテキトーにベッドで寛いでてくれていいから。んじゃ私ちょっと寝るんでご飯持ってきたら起こして。あ、毒入れたらぶっ殺すから」
「わ、わかりました……。え、それだけ!?あ、あの……その……私に……その、エッチな、こと、とか?」
「いや私そういうのいいし。3大欲求の中で食欲、特に蟹が食べれればいい人種だから。まぁ好きに寛いでてよ、私ただ此処で眠る為だけに宿取ったんだし」
「え、えぇ……」
表情を変えずクールに言い放つ少女:ヒカリ。取り敢えず言われた通りに食事を持ってきてテーブルの上に置く。不備があったのか本来部屋にあるはずの風呂の使用についての説明書も一緒に持っていく。するとヒカリはのそっと起き上がってスキル表示を開いた。
「料理スキル《食物理解》。ん、毒はないと。あ、取り皿ある?」
「へ?あ、はい……」
「ども。割とちゃんと作ってあるな……あぁ、こんぐらいでいい?」
「へ?」
「いや貴方の分」
「ちゅ、ちゅんは……ぁ……私は!娼婦です。とても頂くことなんて……」
「いや多いんだよこれ、馬鹿か此処の店主は。変に辛気臭い顔されるのもやだし食ってよ。毒入ってないのは分かったからさ」
「え、え?」
ヒカリは取り皿にアテラの分を盛ると、何も気にせず自分の分をさっさと食べ始めた。お肉の美味しそうな香りが漂ってくる。思わず涎が垂れてしまいそうになって慌てて口元を押さえた。
(何かの罠かもしれない。こうやって油断させて何か……何か……でも、お腹すいたなぁ)
雀はマトモなご飯をここ数年食べていない。味気のない最低限の栄養のマズ飯。それが下級娼婦のご飯である。故に、
(お、美味しそう……食べたい……でも、あぁ、ちゅんはどうすれば!)
「……何してんの?冷めるんだけど。もしかして苦手?」
「そ、そんなことない!あ、ない、です……えと、頂きます?」
「ん。召し上がれ。って私が作ったやつじゃないけど」
躊躇うアテラ。ハァと溜息を吐くヒカリ。それを見てアテラは慌てる。また失望させてしまった。また暴力を振るわれてしまう、と。
だが、次の瞬間ヒカリは切り分けられた肉をフォークで指してアテラの口元に向けてきた。
「へ?」
「辛気臭い。ご飯はもっと幸せな行事。貴方が辛気臭いとこっちも気が滅入る。ほら」
「む、むぐっ……ぁ、おい、しい……」
「そ?良かった。あ、蟹はあげないからね……ってクソ!カニカマじゃんこれ!ぶっ殺すぞ!」
なんか勝手にキレだしたヒカリ。その光景が歪んでいく。
気づくとアテラは涙を流していた。
「あ、あれ……ちゅん……あ、わた、し……涙……あ、あはは……今止めます、ごめんなさい。あ、止まらな……なんで……?」
(止めないと……早く止めないとご主人様が……でも、この味……美味しくて……うぅ……)
久しぶりに味わうキチンとした食事に、幸せだった時のことを思い出したアテラは涙が止まらなかった。まだ両親が生きていた頃、奴隷になる前の貧しくも幸せだった生活。それが脳裏を過ってアテラの涙は止まらない。
そんなアテラを見てヒカリ……木葉は言った。
「止めなくていい。泣きなよ、胸くらいなら貸すからさ」
「……ぁ、ぅ、ぁ、うああああああああああああああん!!!あ、ひぐっ、ぐすっ……あ、ああああああああ!!!」
木葉の胸で泣くアテラ。木葉はそんなアテラをただ切なげな瞳で見て、頭を撫でていた。エレノアやテレジアが木葉にそうしたように。
(柄じゃないんだけどな、こういうの)
木葉はそう自嘲気味に笑った。
何気に亜人ばっかでてるんだよね。
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