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4章4話:1人の優しくない生徒より

「私も行きます!えっと……ヒカリさん!」

「いや、要らないんだけど……」


 笹乃が付いてきてしまったので魔族を血祭りに上げてやる計画が若干頓挫しかけている木葉。笹乃の性格上、どれだけ強かろうと子供1人に任せるというのは気がひけるのだろう、となんとなく推測する。


「そういう訳にも行きません!貴方は、その……似ているんです」

「……誰に?」


 静かな尋ねる。笹乃は躊躇いながら、それでも微笑んで答えた。


「私の……大切な生徒に。私、教師なんです。でも、その子を守れなくて……だから、少し雰囲気の似ているあの子に、貴方を重ねてるのかもしれません」

「…………………………」

「あ、あはは。こんな話されても困りますよね。すみません」

「別に。雰囲気、ね。私みたいな学生がいるとは思えないけど」

「い、いえ!性格はその、真逆というか……なんというか……でも、感じるんです」

「……そ」

「ヒカリさんは、その……何で冒険者に?年は?親御さんは?」


 聞き辛そうに笹乃が尋ねる。子供がこんな事をしているのだから当然だろう。笹乃感覚では、だが。


「15歳。親は居ない。冒険者は、まぁ生きる為になった、かな」

「それは……ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ。私はもう慣れた」

「……慣れちゃ、いけないんですよ。子供なのですから……」

「いい人だね、貴方」

「そ、そんなこと」

「着いたよ」


 会話しながら辿り着いたのはゴブリンの巣。だが、ゴブリンだけでなく多くの魔獣の棲み家になっているらしい。


(魔族がここを拠点に侵攻を画策してたってことか。さて、わざわざ巣の中に入ってやる義理はないな)

「燃やし尽くしてやる。貴方は離れてて」

「え、え!?」

「__________《鬼火》ッ!!」


 瑪瑙を振るうと、莫大な量の火力が放出されて洞窟内を火の魔窟に変えていく。さらに魔力を込めていき、洞窟の天井を突き破って炎の柱が立ち上がった。


「な、なななななな!?」

「焼却完了。ロゼが居たら魔力反応で焼却率がわかったんだけど、贅沢は言ってられないか」


 へたりと座り込む笹乃を放ったまま、木葉は嫉妬の篝火を飛ばして索敵を試みる。洞窟内には彼方此方に焼け焦げた痕と魔族や魔獣の死骸が残っていた。


(中にいた魔獣はほぼ全滅。次だ)


 そのまま笹乃を連れて次の洞窟へと到着した木葉は、再び鬼火を放って容赦なく魔族を殺戮していった。この繰り返しで5箇所の魔獣集結ポイントの撃滅に成功する。だが、


「《魔光》」

「______ッ!?《障壁》!」


 1人の魔族が怒りに打ち震えた形相で洞窟の外から魔法を放っていた。


「き、さま……な、何者だァァァァァァ!!我が同胞を尽く無残にも殺害した悪魔め!」

(丁度いいや。コイツに聞こう)


 木葉はそれに答えないまま瑪瑙を構えて間合いを詰めていく。魔族の魔法攻撃を全て斬り伏せ、そのまま腕に瑪瑙を突き刺した。


「ガッ!?」

「次はその舌と腕を斬り落とす。私の質問に答えろ」

「だ、れが……」

「《貴船の呪詛》」


 特殊スキルを詠唱し、もう片方の手に大きな釘を出現させる。そして、それを魔族の胸に突き刺した。


「な!?がはっ!」

「ダメージは無いよ。全ステータスがゴミ以下に下がってるとは思うけど。抵抗は無意味だよ」

「……くっ、貴様……何者だ」

「質問はこっちがするよ。貴方たちの目的は?」

「……誰が教え」


 ザクッ


「がああああああああああああああ!!!」

「先ずは左腕。次は用無しと見做して命を刈り取る羽目になる。ねぇ、聞いてる?」

「か、ひゅー、ひゅー……はや、く。ころ、せ」

「魔族なんてジャニコロ以来だからちょっとは会話させてよ。魔王:月の光を担ぎ上げて魔族の楽園を作る為の計画……此処もしかして重要な場所なの?」

「なッ!?なぜ、それを……」

「私が魔王だから、って言ったら?」

「馬鹿なッ!?」

「教えないけどね。で?何するつもりだったのかな?」

「………………」

「遅いよ」


 ザクッ。腕に刃が突き刺さる。


「があああああああ!!!わかった、分かったぁあああ!言う、言います!街を襲う計画は第一歩目……それから、それから饗宴計画へと……」

「饗宴計画?」

「私は知らない!だが、【東の魔王】は本物の魔王をお迎えするために饗宴を催す!!それはこの為の1つの計画!」

「東の……魔王」

「後は知らないぃ!知らないんだぁ、信じてくれぇ!」

「そっか。じゃ、もう用はないよ。バイバイ」

「……え?」


 ゴトリと首が落ちる魔族。木葉は瑪瑙に付いた血を死体に浴びせた。


「な、なんて、ことを……」


 ふらふらと、笹乃が立ち上がる。


「一帯の指揮系統の筈だけど計画は知らされていないのか。ま、いいや。帰るよ?」

「……何故、殺したのですか?何故、そんな」


 震える笹乃の言葉を遮って木葉は言った。


「これが私だからだよ」


 笹乃の気持ちは分かる。きっと、今の木葉と彼女の中での櫛引木葉を重ねていた笹乃にとってはこの現実は酷だ。彼女中での櫛引木葉はこんなに容赦なく相手を殺したりなんてしない。だけど、


「貴方の思い浮かべる子と私は違う。私は、生きる為にこうする……貴方の正義にケチを付ける気はないよ。だから、存分に思うといい。私は、悪だと」


 そう笑うと、木葉は踵を返した。



…………


……………………


 微妙な空気の中馬車に戻ると、テレジアが梢を膝枕していた。梢は幸せそうに、「ママ〜、ばぶぅ」とだらけた顔を見せている。


「……おぎゃあ」


 木葉の口から思わず赤ちゃん言葉が漏れる。


「お。お帰り笹ちゃん先生、ヒカリちゃん!」

「あ、えと……鮭川さん。ただいま。これはどういう状況でしょう?」

「梢と瓶子(へいし)がテレジアママにゾッコンな状況……」


 よく見たら米沢(よねざわ) 瓶子(へいし)までもがテレジアに甘えていた。人間は本能的に母性を求めているとでも言うのか……?


「終わったから行くよ」


 帰りの馬車で、木葉は瑪瑙を杖に座ってボーッとしていた。どうにも話しかけていい雰囲気ではないので笹乃や梢はそれを眺めるだけだった……テレジアの膝の上で。


「ばぶぅ」

「おぎゃぁ」

「もう、コズエもササノも甘えん坊さんなんだから〜!」


 満更でもなさそうなテレジア。鮭川樹咲はそれを呆れた様子で見ていた。


「しっかしすることなかったなぁ。全部ヒカリちゃんが倒しちゃったしさぁ」

「………………………………」

「あー……喋ってくんない、よな。ははは」

「ヒカリは人見知りだもの!ね!ヒカリ!」

「うっさい、違うもん」


 木葉は素でそう答える。笹乃達から見たらイメージと異なり物凄く子供らしく見えただろう。さっきの木葉による殺人を見た笹乃からすれば非常に複雑だが、この世界の状況を見れば納得もできた。


(あんな小さな女の子が、冒険者にならないと生きていけない世界、ですものね。親もいない15歳の女の子……ますます木葉ちゃんを彷彿とさせます。私は……彼女にしてあげられることは、ないのでしょうか?)


「笹ちゃん先生?」

「へ?あ、ああ。何でもないですよ?」

「そ?良かった。暗い顔してたからさ」


 その様子を見て木葉は溜息を吐いた。








 ギルド会館に戻ると、誰もが「へ?」という顔をしていた。まさかそんなあっさり終わるとは思っていなかったのだ。


「確認に行って貰えれば分かるけど森の方に魔獣、それから魔族が潜んでいたから全て討伐した。これで少なくとも組織的な襲撃はなくなった筈」

「わ、わかりました!確認でき次第報酬を渡したいと思います!2日ほどお待ちできますか?」

「ん。じゃあ宿にいるから」


 そう言って木葉はさっさと宿に戻ろうとする。が、それを笹乃達が引き留めた。


「えっと、その……まだお礼が出来ていませんでしたね。ありがとうございました。えと、あんな額で良いんですか?」

「ん。いーよ」

「そ、うですか。何かして欲しいこととかはありますか?」

「ん」


 木葉はお面を外さずに笹乃に手を差し出した。


「え?」

「握手。やだ?」

「と、とんでもないです!ありがとうございました!」


 分からないだろうけど、木葉は少し微笑む。


「あ、笑った」

「……なんでわかんの」



…………


……………………


 その夜、木葉は考えていた。笹乃達の今後がどうなるか、そして、旅路の果てがどうなるか。


「結局、誰だったのよあの人達」


 寝返りを打ってテレジアは聞いてきた。


「……私の昔の先生と学友、かな。私が、こんな酷い性格になる前の友達。昔の私は純粋に皆んなに好かれてると思い込んでて、上手くやってるって思い込んでてて、何も知らない明るく真っ直ぐな性格だったんだよ?」

「……大体予想はしてたわ。あんた、言葉の節々から実直さが出てるから。何でそんな風になったのよ?」

「甘さを捨てたからだよ。過去を捨てたから、弱かった自分を斬り捨てたから、だから今の私がいる。彼女達は、私が捨てた過去の一部だから」

「……クシビキ、コノハちゃん。それがあんたの本名ね?」

「聞いたんだ?」

「ええ。にしても特殊な事情よね。魔族に連れ去られて生死不明、それがこんな所で再会だなんて感動的じゃない」

「私は嬉しくはないよ……。彼女達にとって私は敵みたいなものだから。ずっとウザいと思っていた相手だから」


 木葉はポツリと言った。吐き捨てるようにでもなく、憎々しげでもなく、ただ歌を歌うように言った。そのことが、テレジアをさらに悲しくさせる。

 テレジアは、樹咲達から木葉の話を聞いていた。彼女達が、木葉と不幸な行き違いがあってそれを謝りたがっていることも。でも当の木葉にとってそれは乗り越えた問題で、彼女達は木葉にとってどうでもいい存在に成り下がっていたのだ。


「あの子たちは、ヒカリをそんな風には思ってないと思うわよ」

「それを信用できる心は今の私にはもう無いかな。ちょっと前までは話を聞いて和解出来ればしたかったかもだけど……今はあまり必要ないから」


 迷路、ロゼと言った大切なものを見つけた木葉にクラスメイトは必要ない。けれど、


「残された人の気持ち、ヒカリなら分かるんじゃないの……?」

「……」

「ヒカリにとって必要なくても、彼女達にとっては必要なのよ。きっと。


 私はヒカリのスタンスはわかってるつもり。でも、少しは頭の中に入れてあげて。弱さを、過去を切り捨てることだけがあんたの強さになる訳じゃないわ」


 その言葉は、少し前に聞いた気がする。確か、エレノアが死ぬ間際に言った言葉。


『人の為に、泣ける心を……どうか、殺さないで。優しくなれる心を……どうか、殺さないで。君は、強い。でも、弱さを切り捨てない、で。君は……アタシの、自慢の、妹……だから』


(エレノアお姉ちゃん……)


 エレノアの本当の妹であるテレジアが木葉にその言葉を説いた。なんだか不思議な因果を感じる。なんて思っていたらまたテレジアに抱きしめられた。


「ふふ、いい子いい子」

「ば、ばぶぅ……」


 思わず出てしまう赤ちゃん言葉。


「へ?」

「あ、なんでもない。うん、そだね。少し考えてみる」




〜2日後〜




 報酬金を受け取り、木葉とテレジアは王都に行くための馬車を準備した。どうやら笹乃達も本日出発らしく、両者は全く逆の方向に向かう。


「最上笹乃」

「へ、へっ!?あ、私の名前、覚えててくれたんですね」

「これお手紙。あげる」


 木葉が手紙を渡す。笹乃は読もうとしたが、木葉がそれを止めた。


「馬車で読んで。約束」

「……わかりました。ヒカリさんも、お元気で」

「ん。貴方の旅路が良いものになることを、満月様に祈ってる」


 木葉はこの世界の人っぽくそんなことを言って十字架を切った。


「へ?あ、満月教……」

「またね」


 そう言って木葉とテレジアは馬車に乗り込み、そのまま王都へと向かっていった。


「ケリはついたかしら?」

「ま、一応。さて、いよいよ王都だね。なんか王都やその周辺は厄介なことになってるっぽいけど」

「……王都では上位の冒険者を狙った暗殺事件や魔獣発生事件が多発しているわ。それに今回の件」

「東の魔王、ね。まさか北とか西とか南とかいないよね?」

「北と西はいないわねそもそも北と西に魔族拠点ないし。南はつい最近天撃卿が倒したから大丈夫の筈よ」

「天撃。カデンツァ・シルフォルフィル、か」


 エレノアの命を奪った最強の冒険者。その話は、テレジアには出来ない。


「でも先ずは、ヒカリのお菓子レシピね!色々作れるんでしょ?」

「まぁクレープやプリン、パンケーキやガトーショコラで良ければ作るけど……流行んのかな」

「よくわからないけど美味しそうね!!よおーっし、王都一帯の物流と商業を司るテグジュペリ家の力、見せてあげるわ!」

「えまって、貴族なんて肩書だって……?」

「法務省においては、ね。でも私の実家全体は違うわ!王都と他4つの都、リヒテン、イスパニラ、オストリアとの物流と王都における商業基盤はテグジュペリ侯爵家がほぼ独占しているの!商業においては準公爵家なんて呼ばれるのほど有名な家なのよ!!だから最初に本当に知らないの?って聞いたんだから!」

「……私凄い人に会っちゃったのか」


 はしゃぐテレジア。木葉はそんなママ・テレジアに膝枕して貰いながら、揺れまくる馬車の旅を開始した。木葉は、乗り物酔いが酷いのである。だから揺れない氷馬車は木葉用としては最高だったのに……。



…………


……………………


「笹ちゃん先生、どうしたの?」

「へ?」

「泣いてる、よ?なんて書いてあったの?」

「い、いえ……。これは、あれ、私……泣いて……あ、あは、あはは」


 ボロボロ零れ落ちる涙を拭う笹乃。片方の手で、手紙をこっそりと隠す。辿々しいパルシア語で書かれた手紙にはこう書いてあった。


『私を憎んでも、私を悪だと思っても、それは貴方の正義を貫いたと誇って欲しい。人を思いやれる優しいササノだから、私にはないその優しさをもつササノだから、きっとその生徒もそう思ってくれてる。自分を信じて、先生。私は生きる。貴方も、生きて。また会いましょう。


〜1人の優しくない生徒より〜』


(……このは、ちゃん、なの?いや、でも、そんな。なら、私は)


「また、会います。絶対。その時に確かめなくては。狡いです……ホント」


 笹乃は、ヒカリを木葉だと断定は出来なかった。もしかしたらそう思うよう優しいヒカリが演じてくれたのかもしれないとも。だけど、ヒカリは笹乃に自分をその生徒であると信じ続けても良いと暗に言ってくれたのだ。笹乃を気遣ってくれたのだ。


(わかりません。わからないのです、あの子がどんな子なのか。悪か、正義かなんて分かるわけもない。だから、また会わないと。それまでお互い生き続けないと)


 馬車は、東都:ストラスヴールに向けてゆっくりと進んでいった。

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― 新着の感想 ―
うむ、カッコいいなぁ そこに痺れる憧れるッ
[一言] 意外にも正体は明かすんですね(明かしてはない) 次は誰に会うのか楽しみ!
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