1章9話:仲直りには遠く
「というわけで、あたしが船形くんをぶっ飛ばしてしまいましたごめんなさい」
「本当のことを言ってくれ真室! 君がどうやって船形を倒すというんだ」
「やー、あたしの作った爆弾でちょちょいと。勇者ちょれー」
保健室では船形荒野の治療と事情調査が行われていた。幸い船形の怪我は浅く、回復魔法で直ぐに回復できるものであった。
そしてもう1つ。船形は何故自分が吹き飛んだのかを見ていなかった。櫛引木葉と話していたという記憶があるため、今誰かが木葉を呼びにいっている頃だろう。そろそろ朝日も登る頃だ。
「木葉の職業は料理人。ならあたししかいないでしょ? 逆になんで信じられないわけ?」
「君が船形を攻撃する理由なんて」
「あー、うざかったからかな? なんか命令してくるのが怠かった。何様だよー的な」
白鷹ガタリは必死に聞き出そうとするも、柊は大真面目にそういう。
その時保健室のドアが鳴った。入ってきたのは木葉と王国の騎士たち。木葉はどこかやつれているように見えた。
「ヒイ、ちゃん」
「疲れてるね。寝不足?」
「あの、さ」
「あー、後後。そいで? 木葉を連れてきて何が聞きたいの?」
「木葉ちゃんが船形くんに何かしたんじゃないかと」
「いや、正気なの? 木葉のスキル雑魚だよ? ほら、みせてあげなよ」
「う、うん」
【櫛引 木葉/15歳/女性】
→役職:料理人
→副職:家政婦
→レベル:2
→タグカラー:
HP:13
物理耐久力:15
魔力保持量:16
魔術耐久力:14
敏速:9
【特殊技能】《キレイキレイ》
【通常技能】《言語》料理スキル《食物理解》
いつのまにかレベル2になっていた。
「ね? 弱々でしょ? それに、アタシのスキルなら勇者を倒すことだってできるよ? つーわけで完全にアタシの所為です。ごめんなさい」
「ふーむ。たしかに」
「一先ずはそういうことにしておきましょう。また2人には改めて事情を尋ねさせててもらいますね。それから真室さんはしっかり罰を受けていただきますからね」
「りょ」
最上先生が保健室から出て行く。残ったのは、木葉と柊だけだ。
「ヒイちゃん……私……」
「シッ!! 盗聴の可能性もある。今はやめろ」
小声でそう言う。柊は、そういうところにもちゃんと気を配れる人間だ。
「アンタは普通に厨房に行きなよ。オニギリ、作ってくれるんでしょ?」
「え、あ、あのオニギリ……」
「昨日アタシが食ったよ。木葉って結構料理上手だったんだね。全く、みんな勿体無いよ」
「ヒイちゃん……ありがと」
「いいよ。ったく……こっちも考えたいことがあるから、行くよ。じゃぁ、頑張りなよ?」
「うん、美味しいの作るから……」
…
……………
……………………………
執務室にノックの乾いた音が響く。
「フロイト閣下、至急会議室まで」
「ふむ、今日は会議などなかったはずだがね」
「3宰相様全員を緊急の招集です。他にも近衛や将軍たちが大勢」
「こちらも仕事が山積みだというのにな」
ハゲ頭のケバケバした男が、書類片手にやれやれというポーズをとった。
「それは、税率改革の案ですか?」
「フォッフォ、占領地からだけでなく辺境のゴミ共、【五華氏族】たちの旧領、南方大陸のいたるところの公納金を引き上げるのだよ。お前も、いずれ南方大陸に出向いてもらうからの。その時は徹底的にやりなさい」
「……また、民から絞りとるおつもりですか?」
「王国が大陸を統一するまであと一息。それを成し遂げるためには、市民たちの協力をもってした総力戦で挑まねばならぬ。何か不満でもあるかね?」
「いえ、何も。それでは失礼いたします」
王国には、4人の宰相が存在する。1人は南方大陸の統治を任されているため、実質王都は3人の宰相が政治を主導していた。そのうちの1人がこの【フロイト】という男。財務を主に担当している。
「さてさて、なんの案件やら」
「突然の招集、誠に申し訳ない。だが時は一刻を争うでな、進めさせてもらおう」
3人の宰相、その下の大臣たち、さらにその下の官僚、王都を守護する7将軍、近衛、憲兵長らが一堂に座している。国王陛下は不在で、代わりにマリア王女が参加していた。教会側からも、教会の武力たる【異端審問官】の筆頭が参加している。
「魔王復活の報せが入った。クープランの墓、亡き王女のためのパヴァーヌに続く3代目の魔王だ。各々、気を引き締めて欲しいでな。時に近衛騎士団団長:レガートよ、勇者の育成はどうなっておる?」
「滞りなく。レベルもようやく35に達しました。ステータスは過去の実例が残っていないため照合の仕様がございませんが、我ら近衛より遥かに高い数値を誇っております」
「おいおい、その勇者がさっきそのお仲間にぶっ飛ばされたと聞いたが? 本当に大丈夫なのかい?」
「なかなか笑える話ではないか」
官僚たちが罵るがそれに対してレガートは反論する。
「彼はまだ油断が抜け切れておりません。それさえ除けば、勇者としては運用できるレベルかと」
「そうかね。では引き続きパーティー全体の育成に力を注ぎなさい。過去の例から言っても、魔王は復活してから1年は活動をしない。その魔力が貯まるまでの期間がそれだからのぅ。なるべく半年以内にゴダール山の【魔女の宝箱】を攻略し、一年以内に魔王を打ち倒せ。魔王に好き勝手暴れられては困るのじゃ。イレギュラーは排除しなくてはならぬからのぅ」
「かしこまりました」
「それから憲兵団。貴様らは異端審問官殿たちの手を煩わせることなく速やかに王都の逆賊を排除しなさい。どこかの魔族が放った【使い魔】についても調査を忘れぬよう」
「ハッ!」
これにて会議はお開きとなった。だが数名は宰相の元に残されている。先ほどの議会の司会役の宰相筆頭:【スピノザ】はレガートに尋ねた。
「さて、勇者が破られた件。どうみておる?」
「櫛引木葉はステータス上勇者に勝てるだけの実力はありません。一方の真室柊は、【錬金術師】という役職上その創造物によって勇者を打ち破ることは可能だと見込んでおります。ただ、やはり櫛引木葉については調査が必要だと考えてますが」
「同感じゃな。王都に危険分子を置いておくわけにはいかん。いざとなったら、排除することも考えねばならぬ」
「ほほほ、あのような可愛らしい女子を排除するとはまたまた恐ろしい。排除するなら私にくれませんかね? いい奴隷へと仕立てて宰相様に献上いたしますよ? ほほほほ」
ホホホと上品な笑い方をしつつ下品なことをいいだすこの長髭の男は宰相の直属の【主幹:ヒューム】だ。奴隷売り場で奴隷を買っては、裏で怪しい実験を行っていると評判である。
「はしたないのぅ。まぁ、それはよいとしてじゃ。今後もそのものの動向に目を光らせよ」
「ハッ!」
「では私は奴隷用の首輪の準備を」
「まだその予定はないからよしなさい。お主の部隊も監視に加えよ」
「かしこまりました、おほほほ!!」
…
……………
………………………
レガートは苦悩していた。その内容というのは、櫛引木葉についてだ。彼女が何かを隠しているのは間違いない。だが証拠がないし、何よりそれを暴いてしまえば彼女が処刑される可能性がでてきてしまった。可憐で剣の腕の立つ少女。レガートからしてみれば、養子として家に迎え入れたいくらいであった。
「おっと!」
「わわっ! すみません!」
不意に曲がり角で誰かとぶつかりそうになる。相手は最上笹乃、勇者たちの「先生」と呼ばれる存在。役職は非戦闘系だが、そのスキルは各方面で大いに役立つ。
「いや、こちらこそすまない。どこまで行かれるのですか? お供しましょう」
「え!? じゃぁ、お言葉に甘えて。すみません、実は迷ってしまってまして」
「王宮は広いですからね。それは、サンドイッチですか?」
「はい……その、櫛引さんに。最近私も疲れてまして、彼女の話をなかなか聞いて上げられなかったんです。それに、なんだかずっと避けられてまして……あはは、教師失格です。最後に相談を受けたときだって、なんだか私ずっと上の空で……」
「あの子は強い子ですよ。直接剣を交えてそう思いました。だからこそ、心に闇を抱えやすい。時々悩みを聞いて上げてください。きっと、喜ぶと思いますよ」
レガートは、本心からそう言った。それを聞いて笹乃も少し安心したようだ。
「あれ? 笹ちゃん先生じゃん! みんな中庭でご飯食べてるぞ?」
「ああ、鮭川さん。すみません、櫛引さん見ませんでした?」
「木葉? 知らない」
「鮭川さん? 何か不機嫌そうですが……?」
「知らない。多分真室さんと一緒」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
鮭川樹咲の反応を見て、笹乃は訝しむ。
「そういえば最近、木葉嬢が話していましたよ。みんなに嫌われてるって」
「鮭川さんや尾花さんとは仲が良かったはずです。クラスのみんなとも。一体何がどうして……?」
「それも、直接本人から聞くのが一番でしょう。あぁ、そこにいるな。では、私はここで」
「はい。色々ありがとうございました」
「いえ、お役に立てて何より」
レガートが去っていく。なかなか紳士な男性であった。
(よし、櫛引さんとお話ししなくては!)
…
………
………………
(今日はなんか嫌な感じがする)
木葉は直感的にそう思った。最近は柊が来るまで中庭で1人ご飯というのが木葉の昼食風景だ。今日もなかなか美味しいのができた。
「ヒイちゃん、まだかな」
王宮の外壁沿いのテーブルに座って頬杖をつく。風が心地よかったが、やはり嫌な感じが拭えない。
(なんだろ、これ。なんか胸のあたりがゾワゾワする。不安? 空腹? もしかして、恋とか? いや、ないよ〜。それは絶対ないって)
木葉は他人の気持ちに鈍感だ。いや、他人の気持ちに対してだけでなく、自分の気持ちに対しても鈍感だ。無意識のうちに愛情を求めているのに、それを口に出そうとはしない。いつもみんなが木葉に愛情を与えてくれたから、木葉はそれを口に出して求める必要がなかった。だから今まで疑問には思わなかった。それが、ここにきてみんなから冷たくされてどうしていいかわからなくなってしまった。そういう面でも、木葉はまだまだ子供だ。
「先食べちゃおっかな……多分空腹な気がする」
そう言ってお弁当の包みを開ける。木葉が作ったおむすびと卵焼きなど、なるべく日本風に寄せた。これならきっと柊も食べやすいはずだ。
「ひ、一口、一口だけなら」
ぐぅぅとお腹が鳴る。
「あれ? 笹ちゃん先生? なんでこっちに来るんだろ……?」
あれから1ヶ月くらい話していないが、木葉は厨房で笹乃は時々ゴダール山に行っているからなかなか話す機会がないのだ。加えて木葉は事あるごとに接触を避けていた。
(お弁当食べたいのかな? よし、じゃぁお弁当を分けて上げて、仲直りを……)
その瞬間、木葉を強烈な怖気が襲った。
「え?」
ドゴォォォォオンッ!!!
王宮の壁が破壊される。そして、なにかが煙の中から飛び出してきた。
「え、な、なに!? ひっ!!」
飛び出してきたのは不気味な女。その宙に浮いた女が木葉を見る。
その顔には目がなく、えぐり取られたように窪んでいた。口は耳までさけ、黒髪は怒り狂ったようにぐしゃぐしゃ。黒いドレスに身を包んだその女を一言で形容するならば、
「ま、じょ」
「あはははは、まおう、さま、あはははははあひゃひゃ、キハハハハハハ」
「おっとあの娘か。って本気か? なんかの間違いじゃないのだな? いや、魔王は見た目じゃないな。では」
「え、あ、いや、いやだ、来ないで……」
木葉は、恐怖で一歩も動けなかった。
「櫛引さんッ!!」
笹乃が叫ぶ。しかしそれより先に使い魔が間合いを詰めていた。そうして笹乃が見た光景は、
「死んでもらうか」
「あ、あが、あぁぁ」
「きひひひ、いひひひひ」
「あ、あぁ、あぁ、ああああきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
使い魔の、真っ黒な槍に変形した腕によって串刺しにされた木葉の姿だった。
フロイト宰相の話に出てきた【五華氏族】については、後ほど語られます。また、南方大陸とはまぁアフリカみたいなところをイメージして頂ければ問題ないです。
ヒューム主幹の『主幹』という役職は、戦時中は将軍の下の位として兵を率います。謂わば中間管理職ですね。
パルシア王国の軍部は議会の下に置かれていますが、軍部大臣 (この世界だと『総統』)の権限はかなり強く、国王陛下の指示があれば案外簡単に動きます。




