3章21話:月夜に溶ける人魚姫
⚠︎残酷な描写があります。
「こののん〜!早く早く!」
海岸沿いを走り、港に着くとそこには木葉が改造した巨大な軍艦:奥羽が海上で文字通り浮いていた。宙に。流石にこの浅瀬で船としての本来の使い方をすると座礁してしまう。
「何人乗れた?」
「最初に保護した32人と、南区で砲撃から逃れた子供たち23人。めーちゃんが保護してくれたんよ〜。これで僕とめーちゃん、ルーチェとこののん、そしてエレノアを合わせて60人かな〜」
「迷路は?」
「ラッカを食い止めてくれてるんよ。すっごい暴走してるけど、アレまだ装置が身体に馴染んでないんじゃないかな〜?なんならサクッと殺れると思うけど〜?」
「今は時間が惜しい。ロゼは迷路回収して方舟の起動準備に取り掛かって。ルーチェはそこ動くなよ?」
「……うぬは、エレノアを助けに行くのか?」
「その為に戻ってきたんだからね。間違ってでもお前を助ける為にとかじゃないんだから」
「はは、可愛げのない魔王じゃな……エレノアを頼む。我はこの通り、魔力が枯渇したのじゃ」
「わかってるよ。行ってくる」
「こののん……戻ってきてね?」
「うん。でももし何かのトラブルで戻れなかった時は、脱出して。【ミュンヘルン四州】で落ち合おう」
「……そんなことにならないように祈ってるんよ」
…
…………
…………………
「僕はッ!負けてなんかッ!」
トライデンの鉄の羽を見切り、再び爆弾を投げつける。だが先ほどの失態を鑑みてトライデンは鉄の羽で爆弾を一つ一つ丁寧に破壊していった。お陰でエレノアは次の攻撃に踏み込めないでいる。
「くっそ、あの時トドメ刺しとけば良かったな。アタシとしたことが一生の不覚!《爆雷》ッ!」
「させないよぉ!《鉄塊》!」
エレノアの爆雷を鋼鉄の盾で防御する。無論トライデンだけに注意すればいいわけでなく、シャールメルン侯爵の第4連隊からの魔法攻撃は厄介だった。
「射て!《ホーリーランス》!」
「ちっ、うざったいな。あの将軍、本当に漁夫の利得ようとして他の隊に突撃させて自分は魔法部隊残してやがったのかい!?有能だけど性格悪いなぁ〜」
ただ国立天文台の魔術師たちが本陣から出張ってこないのは行幸だった。国立天文台の観測者と比べるとやはり練度が低いので銅月級のエレノアからしたら回避はギリギリだが不可能ではない。
「早い!?」
「なんだあの冒険者……があああ!」
「突然爆弾がッ!?」
「国立天文台からの独断先行は君だけかいッ!?もっと上等な魔術師を寄越したまえよ!」
「余計な、お世話だなァ!!」
魔力が尽きるまでエレノアとトライデンは攻撃を放ち続ける。だけど、そんな時間も長くは続かない。
「取ったッ!!」
魔術師の一斉攻撃を防ぐのに手一杯だったため反応が遅れたところに、トライデンが爆撃を避けてエレノアに突っ込む。鉄の翼が彼女の肩を貫き、腕を貫き、手袋の力を無力化した。
「ぐぁっ!」
「はは、手間を掛けさせるねレディー」
エレノアを押し倒すようにしてトライデンが重なる。剣を取り、そのままエレノアの胸へと向けた。
「く、そ……」
「第二ラウンドは僕の勝ちだねぇ。サヨナラ、騎士団長さん」
「……は……で……よ」
「ん?何かな?負け惜しみならよしてくれるかい?時世の句なら聞いてあげても……」
「だから……至近距離に入った時点で君の負けなんだよッ!」
「なッ!?腹に、ば、爆弾!?」
「バイバイ飛翔騎士。その地肉で罪を贖え!!!」
「や、やめろ、やめっ!!」
ドォオオン!!!
エレノアの持ち前の爆弾が盛大に爆発する。しかしエレノアはそのスキル上、爆弾の効果は受けないのでノーダメージ。彼女の顔には、肉片となったトライデンの血がベットリとこびり付いていた。
「飛翔騎士は倒した。次は君だな、天撃卿」
息を切らしながら、エレノアは拳を前に突き出した。
「ふぅん、ずっと見てたけど……彼最期まで慢心負けかあ。にしても……ふふっ、ヒンターポンメルン上級主幹にペトラ少将、ガターポンド少将、ミスティ主幹にトライデン主幹、参事官多数……見事にモンテスキュー子飼の主戦派は壊滅か〜。しかもあのキモいピエロまで死んだそうじゃないか。私としては最高の気分だよ!」
「性格が悪いんだな。その中に、今から君も含まれるんだよ?」
「あっはっは。面白いことを言うのだね。試してみるかい?」
カデンツァの周りを烽の騎士たちが取り囲む。だがカデンツァはどこかこの状況を楽しんですらいるようだった。
「怖くないのか?」
「まさか。怖いよ。ま、来なよ?」
「慢心は命取りだって、さっき学ばなかったのか、なッ!!!」
エレノア含め周囲の冒険者たちは一斉にカデンツァへと切り掛かった。そんな様子を見てにこりと微笑むカデンツァ。そして、
「魔剣スキル。《黄泉ノ國》」
真っ暗闇が世界を包み込んだ。
…
…………
…………………………
木葉がそこについた時、決着はもうついていた。
「……う、そ」
木葉の見つめる先には、生き残った烽の精鋭たちが悪夢を見たような顔で跪き、次々と首を落とされる光景があった。
「あぁ、ああぁあああ」
「苦しいよぉ。苦しいよぉ」
「地獄、引きずり込まれる。あぁあああ」
そして、エレノアも例外でなかった。
「えれ、のあ……?」
身体をざっくりと切り裂かれ、エレノアの身体からは血が止まらない。目も虚で瞳には光が点っていなかった。思わず駆け寄る木葉。
「エレノア、エレノア!」
「ひ、か、り……?」
木葉の必死の呼びかけに、ぐったりとしたエレノアは顔を上げた。その瞳に涙が浮かぶ。
「ぁぁ……良かった。君は、無事、かぁ」
「エレノア、そんなことより傷が!!」
「ひ、かり……あ、たしは……あた、し……」
「やめて、やめてっ!!聞きたくない!生きてよエレノア!私は……貴方を、本当の姉だって……思って……」
木葉の目から涙がこぼれ落ちる。
この世界に来て、人のことで初めて泣いた。もうあんな、お爺ちゃんやお姉ちゃんの時のような思いはしたくない、そう思ってきた。けれど、またそれを繰り返そうとしている。
「やだ……やだよ……。すくな、すくな……助けて。エレノアを助けてよ……」
(……このは。それは、出来ない)
「あ、あぁ……あぁあああぁ……」
「なか、ないで、ヒカリ。君は、笑った顔が可愛い」
エレノアの手が木葉の涙を拭う。そして優しく微笑んだ。
「人の為に、泣ける心を……どうか、殺さないで。優しくなれる心を……どうか、殺さないで。君は、強い。でも、弱さを切り捨てない、で。君は……アタシの、自慢の、妹……だから」
「……ぁ、ぁぁあああぁああああああ!!!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!死なないでエレノア!お姉ちゃん!!」
「あは、は……お姉ちゃん、かぁ。照れ、臭いなぁ。ねぇ、最後に一つ、きいて、いい、かな?」
弱ったように眉を下げるエレノア。確実にその命が消えかけているけれど、木葉には何もできない。ただ、その言葉を聞くしかできない。
「何!?なんでも言って!!」
「君の、本当の、名前を……きか、せてほし、い」
「_______ッ!?このは……くしびきこのは、だよ。お姉ちゃん。木葉が名前、間違えちゃだめ、だよ?」
止まらない涙を拭いながら、木葉は出来るだけ笑顔を作って返す。そんな木葉を見て、エレノアもまた微笑んだ。
「このは、か。いい名前だ、ね。このは、このは……アタシの、かわ、いい……いも、う……」
このはと反芻するエレノアだったが、その口からはただコヒューコヒューという息が漏れるだけとなり、そして、
「えれのあ?」
「……」
握った手が、ずり落ちていく。妹と言ってくれたその口から、もう言葉が出てくることはない。もうその手で頭を撫でてくれない。
木葉にとって3度目の、親しい人の死だった。
「ぁ、ぁあ、ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
木葉は慟哭する。お爺ちゃんやお姉ちゃんを喪った時とはまた違う、ただひたすらに悲しかった。そして、憎かった。エレノアを奪った敵が……その存在が。
「しんせい、王国……異端審問官……こんなことが許されて良い訳がない……。お前が、殺した……」
(このは!)
すくなが呼びかけてくる。わかってる。木葉も分かっている。憎しみに囚われると自分を見失う。もうそれが理解できるほどに成長した。けれど今は、憎しみに身を任せていた昔の自分が少し羨ましかった。
「憎しみになんて支配されない。だから、これは私の意思だ。私が決めた。私の大切なものを奪ったお前を、殺してやる」
瑪瑙の切っ先を目の前の美女:カデンツァ・シルフォルフィルに向ける。木葉がエレノアを看取る間、カデンツァは烽メンバーの掃討を完了していた。そして、目の前で慟哭していた少女の存在に驚く。
(禍々しいオーラ、最近王都で話題になっていた新しい銅月級か。お面を被っているから分からないけど、多分15 〜20歳の女の子。烽じゃない、だろうね。これは、一体)
「君は、一体……?」
「私はヒカリ。ただのヒカリ。貴方が殺したエレノアお姉ちゃんの、妹だよ」
「そうか……私はカデンツァ。カデンツァ・シルフォルフィル。銀月級チーム:天撃の鉾のリーダーさ」
「_______ッ!?アンソンが言ってた人だね」
アンソンが語った、銀月級チーム:天撃の鉾。いずれ木葉の前に立ちはだかるとされていた最強の冒険者。その人物が今目の前にいる。そんな状況の中でも、木葉の視界の端では漁夫の利を狙おうとしているシャールメルン隊の魔法部隊が動き始めていた。
「悪いけど、私も仕事だからね。君が烽のメンバーではないなら、私としては君と戦う理由はないけれど」
「私は、お姉ちゃんの仇を討ちたい。そうじゃなくても、今はこの殺意をどこかに向けないとおかしくなっちゃいそうなんだ。だから、
死んでくれるかなぁ!!!」
斬りかかる木葉。カデンツァは巨大な禍々しい鎌:天津殺シを振るい迎撃をする。カデンツァの見立てでは一撃で剣をへし折るほどの威力で叩きつけたのだが……。
「なッ!?」
「重い……けど!」
木葉は瑪瑙でそのまま押し倒す。カデンツァは後ろに後退しながら構え直した。
「《天落トシ》ッ!!!」
「《鬼火》!!!」
高濃度の魔力放出が激突し、周囲の何もかもを吹き飛ばしていく。シャールメルン隊の魔術師も次々と吹き飛ばされ、その被害も夥しいものになっていた。
「あはは……フィンくらいの年の女の子、いやそれ以下か。なのにあり得ない強さだ。怒りで我を忘れてもいない。ただ粛々と、心の中で火を燃やし私を殺そうとしてくる。その年で精神が成熟されすぎてるね」
「_______《斬鬼+》ッ!!」
木葉は跳躍し、遠距離から魔法を放っていくが全てカデンツァに斬り伏せられていく。屋根の上ではシャールメルン率いる魔法部隊が待ち構えていた。
「よし!!!射てぇええ!!!」
「邪魔を、するなッ!!!」
「な、なに!?ぐあああああああ!!!」
斬鬼によってバラバラにされていく魔法部隊。目の前まで迫った木葉に恐怖する暇もなく、
「ば、けものめ……」
「お前らが言うな、化物」
シャールメルン侯爵は一瞬にして八つ裂きにされた。漁夫の利のみを求め続けた王都の軍人の末路だった。
「チッ!私以外は下がれ!!相手をただの冒険者とみくびるな!その子は強いぞ!」
「《剣舞》。奴を串刺しにして」
木葉は屋根伝いに走りながらカデンツァを撹乱し、剣舞で生成した剣を飛ばしていく。
「鬼姫!おいで、土蜘蛛!」
背中からドス黒い色の蜘蛛の脚が生えてくる。天使の輪っかのような触手は各方向からの攻撃を察知する優れもの。騎士たちにとって、その時の木葉は……
「化け物……」
「堕天使、のようだ」
「ひいぃいぃ!!」
「く、くるなあああああ!!」
(死ね、早く死ね、ことごとく死ね)
カデンツァが止める間も無く周囲にいた騎士の首が2メートルにも及ぶ瑪瑙の刀身によって狩り飛ばされる。
「秘剣、《禍神呪い》!!!
な_____ッ!?」
土蜘蛛の攻撃魔法を放とうとしたその瞬間、木葉は自分でもわかるぐらいに動きが遅くなったのを自覚した。そして、明らかに自分より早く動くカデンツァが禍神呪いの発動を遮って切り掛かってくる。
「がはっ!!」
「浅い!これでも駄目か!」
カデンツァに吹っ飛ばされた木葉は海岸まで転がり、その傷口をチャプチャプと寄せる波に含まれる塩分が容赦なく痛めつける。身体中に走る激痛に思わず呻き声をあげた。
「くっ……なんで、私こんなに遅いの……?」
「《時間遅延》。私の魔剣スキルだよ。それでもまさか対応してくるとは思わなかった。認めるよ、君は私が今まで出会った相手の中で最も強い。でも私には及ばない。まだ来るのかい?」
「とう、ぜん」
「このは!!!」
木葉が頭上を見上げると、赤い月に照らされて方舟が宙に浮かんでいた。その甲板から迷路が顔を出してこっちに叫んでいる。
「早く、木葉!!!」
手を伸ばす迷路。だが、今そちらにいけば確実に背後から斬られてしまう。
「お迎えのようだが?」
「……って言っても、お前は逃してくれなさそうじゃん。はぁあああ!!」
「ぐっ……あれだけダメージを与えたのにまだこんな正確に斬り込んでくる。君は、本当に何者だ!?」
「どこにでもいる普通の魔王、だよっ!斬鬼ッ!!」
「がっ……《自動回復》《呪い避け》。修復が追いつかないな。にしても、魔王だって?それはまた大きく出たねかわい子ちゃん!」
カデンツァの鎌が瑪瑙とぶつかり火花が散る。そのまま遠心力で持ち手の部分が木葉の脇腹を直撃し、バランスを崩した木葉。カデンツァはその隙を逃さない。
「天落トシ!!これでおしまいだ!!」
「しまっ!!鬼火!があああああああああっ!!!」
鬼火で技を相殺し、障壁で防いだがその威力を殺しきれずに木葉は海へと落ちていく。
ドボンッ!
…
…………
…………………………
ああ、私は……負けた、のか。
深く深く何処までも沈んでいく。気づけばそこは海の中。暗い暗い海の中。
初めての敗北だった。立ち合いだと、剣道の全国大会決勝戦以来かな?兎に角懐かしい感じだ。でも、悔しさはあの時の比ではなかった。怒りに我を忘れてなんていないし、大会の時みたいに体調が悪かった訳でもない。正面から挑んで、完全に敗北した瞬間だった。
_____エレノアお姉ちゃん……ごめんね。仇、討てなかった。
_____もう、やだよ。
_____ここで終わった方が、私はこれから苦しまなくて済むのかな?
そんな事を考えながら、深く深く沈んでいく。不思議と寒さや息苦しさは感じない。何か温かいものに包まれていく感じがした。
目を開けると、空に神有月が浮かんでいる。暗い夜の下の、暗い海の底でも煌々と輝く真っ赤な月。私はその月に向かって手を伸ばす。私を嘲笑うように輝く満月は、今にもこの水面に落ちてきそうなほど近い。月に飲み込まれるような恐怖感すら覚える。
迷路や、ロゼの声がする。そうだ。私には大切なものがあるんだ。エレノアを喪ったけれど、ほかにも絶対に蔑ろにしては行けない大切な存在がいるのだ。彼女たちのためにも、私はまだ、死ねない。
そう決意した瞬間、海面に巨大な魔法陣が出現した。
海の底からも見える巨大な魔法陣。エレノアの言葉を思い出す。
「ヴェニスの海は不思議な磁場があってね、ここに赤い月光がかかると、異界の地と化す、そんな噂があるんだ。噂というか、伝説かな」
「伝説?」
「昔ヴェニスの海を旅していた商人がいたんだけど、彼は赤い月の光を浴びるとなんと王都近郊の教会に横たわっていた、って伝説さ。面白いだろう?」
やめて。私にはまだ、あいつを倒さなくちゃいけないって使命があるのに。嫌だ、まだ終われない。まだ沈んでなんていられない!まだ、やらなきゃいけないことが……。
「このは」
「______ッ!?」
少女の声が聞こえる。月に浮かぶ、青みがかった黒髪の少女。6年間私と剣を交えた大切な親友の声。
「あ、あなたは……」
「このは、大丈夫。大丈夫だから。今は休んで」
「や、すむ?」
「えぇ。貴方は、頑張ったわ。だから、今は休んで。目を閉じたら、後は大丈夫」
少女の優しい声が私を段々と眠りの世界へ誘う。
「すくな。ありがとう。このはに付いていてくれて」
「……もう少し。もう少しだから、貴方も頑張って。貴方の○○の○○は強い子だから、きっと大丈夫。ずっと側で見てきたすくなが保証する!今回のはちょっと想定外だけど、着実に貴方を救い出せる道に進んでる。希望を捨てないで。すくなは最後まで戦うから。このはを守り切って、貴方を迎えに行かせるから!」
「……貴方のせいじゃないわ、すくな。けれど、お願い……私はもう長くは持たなそうだから」
「助けるよ。絶対。だから、だから!」
声が聞こえる。すくなと、あの子の声。けれど私の意識は消えていく。あの魔法陣に吸い込まれて、泡と消えていく。
まるで、人魚姫みたいだ。
次の舞台は…あそこ!
まぁクラス転移の醍醐味の章なので大方の予想通りです。思わぬ展開へと物語は突き進んでいきます。
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