3章17話:月祭りと神在月
重大なお知らせ、というかなんですけど、
タイトルが
「天然たらし系美少女が、クラスごと異世界転移して現地で無自覚に百合ハーレム作るだけのお話」
から
「天然たらし系美少女が、クラス転移した先で魔王少女として百合ハーレム作るだけのダークなお話」
に若干の変更になります。あんま変わんないけど作者のこだわりなので、はい。なんかタイトル詐欺タイトル詐欺言われすぎたので、元々仮のタイトルでしたしちょっと変えようかなと思った次第。
そもそも正式タイトルでも何でもないので、取り敢えずこれで行かせてください。不都合あれば検索で支障が出ない程度に直します。
「蟹!!!デカイ!!!最高!!!」
「ちょ、木葉!」
「めーちゃん、せめて偽名使おうよぅ〜」
「あぁ、尊いなぁ」
月祭り2日目、第4曜日の朝。ヴェニスの魚市場は賑わっていた。私たちは朝早く起きてヴェニスで買い食いをしている。珍しい魚も沢山上がっていて、元の世界で味わえなかった味も沢山味わった。
「なん、だろう。この食感」
「ドゥリパパね、ジョリジョリしてるけど美味しいわよね」
「見た目がエグい……」
触手みたいなのがうねうねしていた。名前もなんかきもい。味は悪くないが、とそのうねうねを噛み砕いた。
「ヒカリさま、向こうで焼き蟹がございましたよ」
「ありがとうハノーファー!いってくる!」
「待ちなさいヒカリ!走ったら危ないわよ!」
「もう保護者なんよ〜」
ロゼはロゼでフルガウド信者のゴンドラ乗り:ゴンさんをパシリにして、これまた気持ちの悪い魚を買っていた。大漁旗も買って奥羽に付けるんよ〜!と意気込んでいる。
「もひゃ、もひゃ」
「ヒカリ……」
「迷路も一本いるよね?ほら」
「ん、ありがと。流石ヴェニスね、海の幸に関しては文句のつけようがないわ」
なんだかんだ迷路も蟹を頬張っていた。
「あぁ、そうそう。こんな話を知ってるかい?」
「ん?」
エレノアが自慢そうに語り出した。
「ヴェニスの海は不思議な磁場があってね、ここに赤い月光がかかると異界の地と化す、そんな噂があるんだ。噂というか、伝説かな」
「伝説?」
「昔ヴェニスの海を旅していた商人がいたんだけど、彼は赤い月の光を浴びるとなんと王都近郊の教会に横たわっていた、って伝説さ。面白いだろう?」
「赤い月って……神在月のことだよね?元々不吉な月って聞いたけど」
16年前の王都内乱の日に出た赤い月:神在月。それにまつわる話は全国的に多く、失踪にまつわるものが多いともいう。ある日消えた人間が、全く別の場所で見つかるというものだ。馬鹿馬鹿しい……と一蹴できない話だなぁ、と思う。
街中には灯篭が設置され、あちこちで銀細工が煌く。早朝の時間から日が上り始める時間にかけて、人の数は増えていった。こういう感覚はなんだか久しぶりだ。
「はい、わっしょぉい!わっしょぉい!」
「……えー」
神輿まであった。なんだろう、文化圏がごっちゃになっている。と思ったら先頭に立って掛け声をかけていたのはダンディーなマスターだった。何やってるんだあの人。
「なんかどっかでみたことある光景な気がするわ」
「うん、私は既視感が凄いよ。てあれ、迷路も?」
「んー……思い出せないわね……」
「僕は竜人の里の月祭りしかちゃんと見てなかったから間近で見れるの嬉しいんよ〜!」
屋台で串物を買いながら神輿を眺めて街を歩く。はぐれないように、とのことでロゼと迷路がガッチリ監視についていた。
「これが、両手に華的な」
「な!?」
「わぁ〜!サラッと言えちゃうのこののんって感じだよ〜」
月祭りの期間、昨日の夜も見たのだが昼でも巨大な月にお目にかかることができる。今にも地上に落ちてくるんじゃないか?ってくらい近づいているので正直息苦しい。圧迫感があるのだ。これをみて生きてきた昔の人たちが、月を信仰する気持ちが分からなくもなかった。
「東の大陸:大華地域の"燿"って帝国では太陽を信仰しているのよね」
「そだね〜時々港とかで大燿帝国の商人を見かけたけど、珍しいアクセサリーしてたなぁ。好きな感じの金細工だけど、あれ付けてたら異端認定されるんだろうなぁ〜……」
「貴方そもそも異端認定されてなかったかしら?」
「あはは〜ごもっともなんよ〜。因みに太陽信仰は東メルカトルの騎馬民族:ブダレスト人もそうだよ〜。神聖王国に弾圧されまくってるけど〜」
「屑だなぁ……」
オストリア・ブダレスト大公国ってやつだろう。今後ゴダール山攻略を後回しにするのならおそらく通らなくてはならない地域だ。
「そっかー……寂しくなるなぁ。ヒカリもみんなも、いつでも遊びにおいで!」
「うん、そうする。色々片付いたらね?こう見えてやること盛り沢山なんだよ」
その後は目一杯祭りを楽しみ、夜はエレノアの家でご馳走を食べた。その後は家の庭で満月を眺める。
「わ、わぁあああ!」
大満月様周期、別名:大満月の日。満天の星空も美しいが、この満月は格別だ。落ちてくるんじゃないかという圧迫感はある種満月への信仰を畏れを抱かせる。因みに、お月見ということで厨房を借りて団子を作ってある。ボロディン砂漠でも食べたけど今回は本当に特別な気分になる。
「綺麗だね」
月を眺めていると、この世界の闇なんて忘れてしまいそうになる。異世界に来て4ヶ月半、私は色んな事を見聞きしてきた。この世界が酷い世界なのはわかったけど、それでも満月だけは美しいと感じる。願わくば、満月を美しいと思える心を殺したくはなかった。
…
…………
……………………
翌日の第5曜日、早朝から祭りの準備があるとのことで日が上る前のまだ満天の星空が夜空を埋め尽くす時間帯に私たちは出発することにした。
「ありがとうね、エレノア。お世話になった」
「うん。あたしも行きたいけど……ここを離れるわけにはいかないからな」
「あはは。えっと、私ね、エレノアのこと……本当のお姉ちゃんみたいだなって……思ったの。だから、その……」
「お、おおおぉ!尊い!尊い!ありがとうな、ヒカリ!あたしの自慢の妹よ!」
「む、むぎゅ……なんかこの感覚懐かし……」
ラクルゼーロ大学でやられた感覚だ。トゥリーたちは元気だろうか?エレノアは暫く私を抱きしめていたが、5分くらいして抱擁を解いた。
「優しくなれる心、忘れないで。さ、また元気で会おう!今度は、君がフードなんて被らなくて済むような世界になってる!ううん、あたしがしてみせる!」
「……私も、頑張るよ。ハノーファーも、またね」
「はい、短い時間でしたが楽しゅうございました。ヒカリ様もお元気で」
烽の活動がどうなっていくのかは分からない。神聖王国がロゼを殺したがっているように、当然烽のことだって殺したがっている筈だ。出来ることなら逃げてほしい。エレノアも、ハノーファーもゴンドラ乗りのゴンさんも、バーのマスターも、ルーチェだって私は不幸になって欲しくない人たちだ。
「行くわよ、木葉」
「こののん!」
「よし、行こっか」
名残惜し気になるのも無理はない。けれど、クープランの墓の話が本当なら私たちはのんびりはしていられない。次の魔女の宝箱攻略を急がなくては。
だから、手をぶんぶん振りながらちょっと涙目なエレノアに笑顔で手を振り返す。また会いたい。彼女の言う通り、次はもっとゆっくりとこの街で過ごしたい。エレノアともっと話したい。
満月の月明かりが煌々と輝く中、私は重い足を引きずりながら奥羽を隠している海岸の岩場へと向かうのであった。
…
……………
………………………
ヴェニスの夜はまだあちこちに灯りが灯っていたけれど奥羽が見つかることはないだろう。さて私達はヴェニス上空を飛ぶ奥羽の操縦室で今後の予定を考えることにした。
「整理しましょう。残る宝箱は判明しているだけで3つ。
【ゴダール山:ジョスランの子守唄】
【シュトラウス氷河:美しき青きドナウ】
そして場所は分からないけど、ダッタン人の踊りから聞き出した"エルサ"という魔女」
「クラシックは詳しくないから確信はないけど、名前からして多分……
【エルサの大聖堂への行進】って魔女だと思うよ。ワーグナー作曲の」
「前言ってた木葉の元の世界の音楽ね。で、私たちは既に
【レスピーガ地下迷宮:ローマの祭り】
【ボロディン砂漠宮殿:イーゴリ公・ダッタン人の踊り】
【マスカーニ湖底神殿:カヴァレリア・ルスティカーナ】
を攻略しているわ。さらに、初代勇者が完全に破壊した魔女の宝箱【チャイコフ凍土:くるみ割り人形】に関しては恐らく攻略対象外ね」
「もう一個怪しいのは東方共同体にある天空要塞かなぁ。あの辺霊脈狂ってるし」
「ゴダール山は当分パス……っていいたい所だけど勇者に攻略されたらちょっと困るな」
「今王都の近くまで戻るのは自殺行為だと思うのだけど?」
ゴダール山は私は行ってないからわからないけど王都の東にあるという。旧五華氏族:オリバード領内、現在ではミランダ将軍が治める東都ストラスヴール領内だ。
「ま、勇者パーティーが現状あんな感じだし大丈夫だと思いたい……。エルサの場所をダッタン人は知らなかったし、消去法でシュトラウス氷河かな。ロゼの言った怪しい2箇所はそれから考えよう」
「チャイコフ凍土除いて7つの魔宮があると考えて良いわけね?」
「予想ね。先は長いなぁ」
「ここまで来たら後は消化試合みたいなものよ。レイド殺し迷宮、そもそも許可ないと入れない砂漠宮殿、物理的に入れない上にチートな湖底神殿を攻略した私たちからしたらあとは雑魚よ雑魚」
「い、言うねぇ……」
私も同意見だけどね。100層突破必須のゴダール山は勇者の漁夫の利が得られそうだし、あとの地点も今のメンバーとこの実力なら問題ない。
まぁ何はともあれ、シュトラウス氷河を目指すことになったということだ。シュトラウス氷河はレスピーガ地下迷宮で書物を読んだ時にリルヴィーツェ帝国の北の海にあると書いてあった。詳細な場所は迷路が記憶している筈。
「リルヴィーツェ帝国第2の都市:ケーニヒスブルクから船で北上したヴァル海に氷河が浮かんでいるらしいわ。そうなると、目標は」
「リルヴィーツェ帝国、か」
前に先生と図書館に行った時に本で見た気がする。えっと確か、神聖王国と小競り合いをしている東の帝政国家。ポツポツと点在する弱小国の中で台頭した王政国家が【アカネ騎士団】と呼ばれる騎士団と協力して一定の勢力圏を200年前に築き上げて作られた国家だったはず。亜人の扱いがあんまり宜しくないって聞いてるけどどうなんだろう。
「神聖王国とは敵対関係にあるし、ある程度は羽が伸ばせそうね。帝国の皇帝は中々物わかりが良い賢帝だと聞くし」
「行く場所としてはあんまり魅力感じないなぁ……てかどうやって行くの?」
「リヒテン地域の東:オストリア・ブダレスト大公国を超えて、親帝国派の都市:ミュンヘルン四州を通って帝都:ベルントを目指すわ。正直、1ヶ月は覚悟した方が良いわね」
「うへー、長旅かぁ。ま、みんなで行くなら楽しいよね」
「また旅行なんよ〜!」
満月の下を泳ぐ船の甲板で、エレノアから貰った大量のお土産を開けながらパーティーをした。奥羽から見る月は、もう手が届くんじゃないかってくらい目と鼻の先にあってとても不思議な感じだ。そんな月を見ながらようやっとロゼの横笛を聴くことができた。
「〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜♫」
月光に照らされて桃色の髪が躍る。横笛の儚い息遣いがどこか風流で、気づくと私たちはすっかり眠ってしまっていた。
それから朝、アルペスの山々に向けて馬車を走らせる。夜になってまた野宿。山の中は野宿出来そうな地点が沢山あったのでいつも通り馬車と仮設テントのようにスペースをつくって場所で休み、また翌日出発。
夜は相変わらず迷路と寝ている。なんか凄く恥ずかしそうにジタバタしていたけど、私は迷路を離したくなかったのでガッチリと抱き枕にして眠った。
「私、そんなに逃げそうかしら?」
「私の知らない間に迷路が消えてたらやなの」
「またそんな子供みたいなこと言って……」
「む、我魔王ぞ?」
「私からしたらただの子供よ。はぁ……仕方ないわね」
迷路のひんやりとした手に触れる。その冷たい手が、なんだか気持ちいい。その感覚に安心して、私は眠りにつく。迷路の匂い、安心するなぁ。
という感じで3日間走り続けて、今日は第7曜日。朝目が覚めて寝ぼけ眼をこする。迷路の腕を退かし、何故か絡みついていたロゼの腕を退かして寝巻きのまま艦内を歩く。そのまま甲板に出てみると、
「……あ」
冷涼な山の上には大きな真っ赤な存在。不吉な、禍々しい雰囲気を放った真っ赤な月が、空にぼんやりと浮かんでいた。
「神在月……」
何か嫌なことが起こるような、そんな不安が身体の奥底から湧き上がってくるようだった。
…
………
…………………
「今年は神在月の年か〜……不吉だね〜」
馬車に乗り換えてぼけーっと月を見上げるロゼがポツリと呟く。みんな同じ気持ちだが、誰も何も言わなかった。
途中の街もなんだか慌ただしい。月祭り関連なのか知らないが、道中様々な荷馬車が通っていったり、やけに山賊に出会ったりした。山賊は全員叩きのめしたけど。
オストリア大公国領に入り、発行した通行証で街へと馬車を進める。豪華そうな馬車を見て値定めしてくる破落戸が沢山いたので後腐れなく叩き潰し、街のギルド会館へと向かう。ギルド会館も大分ごたついていて、何やら物々しい雰囲気だったので誰も私たちを気にかけない。月祭りで街は賑わっているがそれにしても雰囲気がおかしい。
「なんかあったのかなぁ?」
「あ、やばいわ。軍隊が来る」
「あれ〜本当だ、結構人数いるね〜」
街の人たちに混じって軍隊が大通りを通って行くのを眺めていた。この方向は……私たちが来た方?
「道中でも結構な数の傭兵団を見掛けたわよね?」
「よくわからないけど取り敢えずホテルに荷物預けにいこっか〜」
夕方までお祭りの屋台を回ったりしていたが、それでもちらちらと憲兵がいたり、ギルド会館からまた1人冒険者が重装備で南門へと向かって行く。気になって仕方ないのでそいつに話を聞くことにした。
「ね、お兄さん。凄いいっぱい軍人がいるけど、なんかあったの?」
「あん?嬢ちゃん旅の商人かい?んじゃヴェニスは行かない方がいいぞ」
「ん?ヴェニス?なんで?」
冒険者のお兄さんは神妙そうな顔をして言った。
「神聖王国軍のヴェニス討伐が始まったんだよ。今頃、北リタリーとヴェニスは火の海さ」
「……ぁ、ぇ、え?」
「お、おい、嬢ちゃん?」
頭に言葉が入ってこない。今、この人はなんて言った?ヴェニス、討伐?そ、それって……。
「こののん!!しっかりして!!」
「ろ、ゼ……ど、うしよ……」
「ヴェニス討伐!?しかもこの時期に!なんで気付かなかったのかしら!」
震える足を奮い立たせて歩く。街の中央広場では昼にはなかった高札が建てられていた。曰く……
『北リタリー公国に潜伏中の反乱軍殲滅のために、神聖王国軍と満月教会は軍隊を派遣。諸兄らも参加せよ』
「行かなくちゃ……」
思わず呟いていた。
「こののん!?」
「で、でも!」
「エレノアを助けなきゃ!私は、自分を助けてくれた人たちを見殺しになんかしたくない!」
私の言葉を聞いて、2人は少し考えてから頷いた。
「奥羽なら、直ぐに戻れる。でも木葉、無茶はしないって約束して。私達の目的の優先事項を忘れないで」
「……分かってる。でも、出来る限りの事はしたいんだ。ごめんね、付き合わせちゃって」
「今更よ。さ、行きましょう。私だってあの人達に死なれたら胸糞悪いもの」
「僕も……僕を信じてくれた人たちを助けたいから」
3人とも、道は決まった。
「ヴェニスに引き返そう!」
けれど、引き返すべきじゃなかったのかもしれない。私は、神聖王国も満月教会もその恐ろしさを知らない。どれだけ非道な存在なのかを知らない。クープランの墓が言っていたことの意味を半分も理解できていなかったのかもしれない。
「な、に……これ……?」
奥羽のテレポートで飛んだ岩場。その先に見えたのは、
燃え盛る水都の最期の姿だった。
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