3章16話:ばっかじゃねぇの
だけど、だけどさ……。
無かったことにはならないんだよ。
「……それで、お前は何がしたかったのさ」
ただただ、脱力した。虚しくなる、それと同時に恐怖すら覚える。力を正しく使えなかったものの末路がこれなのだ。歪められてしまったものの末路が、これなのだ。一歩間違えれば私の末路はこれだったのだ。
「俺は……抗いたかった。俺を、俺たちを利用しようとした満月教会に、神聖王国に、人間たちに抗いたかった。魔族の楽園を作って、俺がされたことや俺がやられたことをやり返す。抗って抗って、復讐してやる、そう誓った。その反面、死にたがってはいたけどな」
クープランの墓は続ける。それが如何に身勝手な理由だったか、彼は果たして気づいているのだろうか?
「私に……何をして欲しいの?何を期待しているの?」
「期待……そうだな。期待していなかったが、欲が出た。お主なら出来るかも、いや、必ず出来ると」
「私は、お前と同じ魔王だよ?」
「そうだな。だからこそ、お主……はっ、似合わないなこの口調。"お前"に託したい。
いいか?
敵は満月教会フォルトナ派の教皇:シャルル……そして、この世界の神だ」
「………………」
「仕組みはわからねぇし目的もわかんねぇ。だが神聖王国を操り、"勇者"と"魔王"を生み出し、人々を虐殺させ、また、人々を拐って、何かを行うつもりだ。500年前から最近までのことはわかんねえけど、少なくとも敵は変わってねえ」
「…………………」
「勝てねえってか?まぁそれならそれでいい。だが、お前らをミスミス帰らせちまうほど、敵は馬鹿じゃねぇぞ?俺が指示を出す、だから俺の言う通り世界のために……」
「ばっかじゃねぇの」
「……………………は?」
クープランの墓がぽかんとその口を開ける。骸骨にぽかんととかいう表現が正しいかどうかはともかくとして、呆気にとられた表情をしている。だが私からしたらそうだ。ばっかじゃねぇの?だ。
____最初、彼は私に何故このことを教えなかった?
____何故、ただ魔女の宝箱の攻略を推奨した?
____認めるに足りたと判断したから、俺様の意思を告げた?
____はぁ?
違う。お前は勘違いをしている。なんでお前の後出しジャンケンに付き合ってやらなきゃいけない。なんでそれが私の意志だと思わさせられなきゃいけないのだ。
私の結論は変わらない。お前は最初期待すらしていなかったにも関わらず、私が力を持ったと認めた瞬間に自分の意志を継いでくれるように私を利用しようとした。信じて託そうとしてくれたんじゃない、都合よく尻拭いをさせようとしている。
「私のことは私が決めるよ。何勝手に託そうとしてるんだよ。何勝手に自分のこと棚にあげてるんだよ。何勝手に力を借りようとしてるんだよ。いいよ、私は大切なものを守るためなら、異端審問官だって教皇だって勇者だって、お前の言う神様だって殺してあげる」
「な、なら!」
「けどさ、けどさ!自分がもたらした結果は、全部自分のものだ。自分で受け止めて、受け入れなきゃいけない自分のものだ。無かったことにはならないんだよ。お前が数千万の生命を虐殺した事実、それをお前は仕方が無かったと言った。
この世界の倫理観にケチは付けない、付けるだけ無駄だし平行線だもんね。
だから、私に命令するな。
話を聞いて、情報を精査して、それでも最後に決めるのは私自身だ。私は、自分の罪から逃げてるお前とは絶対に相容れない」
わかってる。これは、クープランの墓からしたら理不尽だ。きっと苦しいこと、辛いことなんてものじゃない。憎くて憎くて仕方が無いこと、狂いそうなくらい辛いことや恐怖。それらがあって、彼は虐殺の魔王になった。私はただそれを経験していないだけ。意地に等しい。
「私は……後悔はしない。けれど、罪はちゃんと向き合いたい。人間として、ちゃんと背負いたい。そして自分で決めたい。憎悪なんて感情に支配されて決めたく無い。私が"優しくなれる心"を持ち続けたいと思う限り、お前を受け入れたくは無い」
「お、おれは……」
「お前は、負けて死んだ。罪すら認めずに。じゃあね、次の宝箱で会おうね」
宝箱に背を向け、迷路たちを見た。迷路もロゼも、エレノアもどこか誇らしげな表情をしていた。少し表情を崩して微笑みかけると、迷路が手を取って言った。
「私が、ちゃんと支え続けるから」
ロゼも手を取る。
「僕も。今回でちゃんと力は示せたんよ〜」
「うん……ありがと」
だがそんな私達に背後から悲痛な声が飛び込んでくる。
「お前は……何もわかっていない!魔王になるということは、人間を放棄するということだ!憎悪に飲まれるということだ!俺の苦しみがわからないお前にはこれからきっと苦しみが襲いかかるぞ!そこにいる奴らが死んだ時、お前がどうするのか俺は楽しみだな!!!はははは、ははははははは!!!」
「……行こう」
奥の部屋から、ただただ悲しい笑い声だけが響いていた。
…
………
………………
「気にしてるの?さっきのこと」
迷路が心配そうに聞いてくるが、首を振って返す。
「でもそろそろ結論は出さなきゃ行けないからね。あいつの言ってたことだって、理解はしてる。今後の平穏のためにも降りかかる火の粉を払いたいっていうのもある」
「こののん……それは……」
「ごめんね、ロゼ。もうちょっと待って欲しい。私にとって、本当に大切なことだから」
レスピーガ地下迷宮の時のようにただ憎悪に飲まれて狂うのなら、それこそあの男の二の舞になってしまう。
だから世界を見る、街を見る、人を見る。罪の感情すら取り込み、全てを取り込み、その上で私がやりたいと迷路やロゼに誇りをもって言える選択をしたい。それが一般論的に正しいと思える選択では無かったとしても。多くの人を殺すことになったとしても。その罪には自分で向き合わなくてはならないのだから。
「優しくなれる心……だよね」
「そうだね、ヒカリ。それを心に留めていれば大丈夫だ。安心して、君は正しいよ。アタシが保証する!絶対!」
ニカっとエレノアが笑う。いい笑顔だ。その笑顔に、なんだか毒気が抜かれていった感じがする。
「さて、帰ろっか。宝物、ちょっとは私に残しといて欲しいんだけど大丈夫かな」
見ると流石に民度が高いのか、ある程度は残されていた。ヴェニスの街らしく、五華氏族:エカテリンブルク公爵家の専売特許だった銀細工が多く見られる。
「あの〜……ヒカリさん?あそこで知らねぇ女がじーっとみてるんだが……」
冒険者の人がそう話しかけてくる。彼が示す先にはカヴァレリア・ルスティカーナがポツンと佇んでいた。どこかさっきの魔王の部屋を、物憂げそうにみている。
(やっぱ、理性残ってそうだよね)
理性も残ってなさそうな友人を、復讐のために各地に配置したクープランの墓。そもそも復讐に囚われていない私にはあまり考えつかない発想だけど、クープランの墓はそうするしかなかったのだろう。擁護する気は全くないけど。
ヴェニスの街に戻ると、街は来週に迫った月祭りの準備に追われていた。私が王宮に引き篭もっていたから気づかなかっただけで、大陸各地ではこのお祭りは3ヶ月に1度行われている。大満月様周期とそれに伴う月祭りは3ヶ月に1度だが、数10年に1度、月が赤くなる日すらあるらしい。完全ランダムだし、その理屈もまだわかっていない。
「神在月っていうらしいわね。数10年に1度、神が降りてくることの予兆とされる赤い月」
「なんか、不吉そうだよね」
「不吉だよ〜?だって、前の神在月は16年前の王都内乱の日に起こったんだから〜」
「うわ……本当に不吉じゃん。大丈夫かな、今年」
街では各地に満月教の銀細工やガラス細工らが飾り付けられ、商業的にも様々な商品が街に入ってくる。北リタリー公国あげての大イベントとなるので、兵隊も多数動員されている。彼方此方で警備の騎士が見られる。
「灯籠に火を灯して満月様をお迎えする、それが月祭り。秋にやる月祭りは収穫祭を兼ねてる所もあるから、ヴェニスの魚市場は今大賑わいの筈だよ」
「へぇぇ……蟹……蟹……蟹」
「あははは!いくかい?」
「行く!」
とその前に……ギルド会館だ。報酬金を受け取らなくては。ハノーファーとエレノアたちに殆ど任せきりの戦闘だったけど、彼らは山分けで良いと言ってくれた。お陰で今回のマスカーニ湖攻略で懐がだいぶ潤っている。まだ商人の真似事をしなくてすみそうだった。
「あ」
「……エレノア、終わったのじゃな?」
ルーチェがギルド会館の一階にまで降りてきていた。雰囲気的にはすごく微妙だ。向こうが警戒しまくっているというのも大きいが。
「はい、たった今帰還しました!」
「そう、か。緊急の話がある。魔王、此奴を返してもらうぞ」
「どーぞ、ごゆるりと」
「ふん」
緊急の用事ってなんだろう、とか思いながら受付で報酬金を受け取る。おぉ、ズシっとくる。取り敢えずロゼと迷路とで分配しよう。
「こののん、これからどうするの〜?」
「んー、月祭りは5日間もあるわけだし、明日1日回ってからヴェニスを出よっか。あんまり長居するとルーチェと本格的に敵対しちゃいそうだ」
11周目の第7曜日がヴェニスに来た2日目で、今日は第3曜日、つまり日本の感覚で水曜日だ。第3曜日から第7曜日の5日間、満月が最も大きく見える日がやってくるその期間こそ月祭りの開催期間。最後の最も月が大きくなる第7曜日も残りたかったが、私たちは先を急がなくてはならない。エレノアたちと別れるのは惜しいけど、正直ヴェニスに留まるといつ戦争に巻き込まれてもおかしくはなかった。
…
………
……………
賑わう市場で蟹を堪能し、今日はもう遅いのでエレノア宅に戻る。明日の朝には蟹をそのまま食べられるとのことなので明日が楽しみで仕方ない。
「ふぅ……」
(お疲れだね?)
お風呂に入って一息吐くと、すくなが話しかけてきた。彼女のこの口調はどうやら治らないらしい。吐きそうである。
「骸骨魔王と話すのは疲れるんだよ……はぁ、前の私はよくあんなのと楽しそうに話せてたよね」
(このはの変貌に驚いてたね!面白かったなあ!)
「あはは……アレが普通の反応だよ、迷路や語李くんがおかしい。ってもあの2人は私の本質を理解してたからなのかな」
(クープランの墓の言葉が怖い?)
「……私は、正しく"憤怒"を覚えた。罪の感情だけど、それに責任を持つべきだとこの身で学んだ。だから大丈夫。迷路がいる、ロゼも、勿論すくなだっている。クープランの墓とは違うんだ」
(そっかぁ、安心したー!)
「あん、しん?」
(すくなは……憎しみに囚われたからね。すくなは沢山沢山飛騨の民の仲間を殺された。だから大和朝廷の人間を逆に沢山殺した。そのことで自暴自棄になったこともあったけれど、今なら、アレは間違いだったって言える。そして今も……)
そこまでいってすくなは黙り込んだ。けれど、すくなと私は表裏一体だからこそ、なんとなく気持ちはわかる気がした。すくなの目的は未だわからないけれど、私を安定した魔王にしたいというのは分かる。彼女が間違えたからこそ、今の間違えなかった私がいる。その時点でクープランの墓とはもう全然異なっていた。
「すくなはさ……何者なの?」
ポツリと出た言葉。ずっと気になっていた。私をこの世界に呼んだのはあの女の子だけど、私に力を与えた……つまり魔王にしたのはすくなだ。元々私にその資質があったとはいえ。すくながそもそも魔王で、私に力を与えている?それならクープランの墓や2代目だって……。
(今は、知らなくていいの。このはを混乱させちゃう。クープランの墓は確かに知ってるよ。けれど、すくなが意思を持って助けたいと思ったのはこのはが初めて。今は、このはの心を1番に思ってる。それじゃ、だめ?)
まだ、教えてはくれないらしい。けれどそれで充分だ。すくなもまた、私を利用しようとはしてるけど、私のことはちゃんと思ってくれてる。ならそれでいい。
「ありがとね、すくな」
(……へ?)
「私を魔王にしてくれて」
(な!?このはは、辛い目にあったのに?)
「それでも……この世界に来なかったら、私が魔王になってなかったら見られなかった景色、得られなかったものがあるから」
すくなが私を壊れた魔王にしないでいてくれた。私の心を壊さないでいてくれた。だから今私は幸せでいられる。今はそれでいい。
(……このはは、いい子すぎるよ。もっとすくなを疑っても、恨んでも良いはずなのに)
「貴方は私だからね。だから、信頼してる。うん、よし、あがろっか!だいぶ長居しちゃったな」
(……そだね)
どこか達観したようなすくなの声。だから、私は彼女に尋ねることにした。
「すくな」
(なに?)
「私が今進んでる道は、貴方にとって合ってる?」
(……先ずは魔女の宝箱の攻略優先。それからのことは、その時が来たら教える。全攻略の前に試練の時は訪れる。それだけは信じて!)
「……そか」
バシャバシャっと顔を洗い、鏡を睨みつける。やるべきことは分かってる。だからその時は……きっと……。
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