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1章8話:スキル鬼姫

 異世界転移してから今日で60日。とうとう2ヶ月だ。ここに来て木葉はだいぶ成長した。主に生魚を捌けるくらいには……。


「手ェ気いつけろや。ほれ、まかない飯出しといたから食ってささっと寝やがれ」

「感謝します師匠!! 師匠のご飯はいつも美味しいです!」

「あら、なら今度はアタシが作ってあげようかしら?」

「おいずるいぞ、俺がコノハちゃんに飯作ってやるって先に約束してたからな?」

「ワシのも味見して欲しいんじゃ」

「あ、あははは」


(厨房のみんなともだいぶ仲良くなったな。でも、やっぱりクラスのみんなとは仲直りできてないな。今日はまだ帰って来てないのかな? 出迎え、行ってみようかな)


 木葉が王宮の門に着くと丁度勇者パーティーが戻って来た頃だった。みんなこの2ヶ月で逞しくなっている。実際はレガート達に支えられているヒヨッコなのだが、戦えない木葉にはそう見えたのだった。


(だ、大丈夫。おにぎり作ったから食べて! って言うだけ。ただそれだけ。何も怖がることなんてないよ櫛引木葉。よーし)


 勢いよく飛び出し、みんなの前に立ちはだかる。


「お、おかえりみんな! あ、あの、おにぎりあるんだけど……よかったら」

「いらねぇよ。どけ役立たず」

「あ、いや、勿体無いなーって、あはは……」

「櫛引木葉、迷惑」

「……そっか」


 クラスではみんな仲良くしてくれた人たち。その人達の木葉への態度は日に日に悪化していくように見えた。


(やっぱり、もう私のことなんて……いや、前から嫌いだったのかな……また、失敗(・・)したのかな)


 すると、そんな落ち込んでいた木葉にとある人物が話しかけて来た。


「おい櫛引」

「へ!? ふ、船形くん?」


 勇者こと船形荒野だ。今は白鷹語李や戸沢菅都とつるんでいるらしい。鋭い目つきが木葉を射抜く。少し怯えながらも木葉は応対した。


「ちょっと来い」

「え、あ……うん」








「きゃっ!」


 船形が木葉を壁に追いやる。その目は、まるで魔族を見るような目、憎悪の目。明らかに敵意を向けていた。


「な、に?」


 叩きつけられた肩を押さえながら、木葉は船形荒野を見上げる。荒野はゆっくりと、しかし狂気的な目で木葉を睨んでいた。


「ぇんだよ」

「……へ?」


「うぜえんだよテメエ!!! お前を見てるとイライラが止まらなくて、体の奥から殺せ殺せって声が湧き上がってくる。頭がおかしくなりそうだ、なぁ、櫛引。てめぇ自覚あんのかよ」


 船形は頭に手を当てて掻きむしり始めた。明らかに様子がおかしい。


「犯してやろうか? 殺してやろうか? まずはじっくり味わってから殺すのがいいなぁ。あぁ、それがいいぜ。はは、はははははは」

「な、に、を……きゃぁっ!」


 船形が木葉の衣服に手をかける。力をこめて引っ張るとその衣服はビリビリと音を立てて破れて行く。そうして露わになった木葉の下着さえ剥がそうと、船形荒野はさらにその手を伸ばした。


「い、いやっ! やめっ、んんっ!」

「大人しくしろやっ!」


 木葉のか細い手を押さえつけて、何かをポケットから取り出す。それは……ナイフだった。


「ひっ!」

「大人しくしろ」


 ナイフを突きつけたまま、荒野は木葉のスカートを脱がせた。白い肌と桃色の下着が露わになる。木葉の胸に向かってゆっくり手を伸ばして、身体を触ろうとしてくる。その羞恥的事実に木葉は赤面して目をつぶりつつ、耐えようとする。


(やだ。やだやだやだやだ! いやだ! ていこう、しなきゃ……やだよ、怖いよ。助けて、誰か……)


 さらに荒野は木葉のブラジャーを外し、その奥へと、手をゆっくりと伸ばして……。


「やだっ!!!」


 木葉はナイフを持ったその手を振り払い、荒野から逃れた。体格差はあるが、木葉には魔王の力があり、勢いよくナイフが吹っ飛んで行く。そのことに船形荒野はキレた。


「おい……何抵抗してんだよ、あぁ!? 黙って犯されろよおおぉいい!!!」

「きゃぁあっ!!」


 逃げようとする木葉の腕を捉え、再び壁際に押し戻す。あまりの勢いに木葉は叩きつけられて肩に痛みが襲いかかる。


「そうか、なら今殺してやる。最初からそのつもりだったし、殺すさ。あぁ、殺す。殺してやる! その後で思う存分身体を使ってやるよ!!」


「かはっ……あ、ぁあ」


 船形が木葉の首を絞め始める。けれど木葉にはその理由がわからない。ここまで憎まれるわけも、そんないわれもないはずなのに。


「あ、が、ガハッ……」


(ダメだ……苦し……)


「なぁ、櫛引。頭の中に流れ込んでくるこの声を止めるには……お前を殺すしかねぇと思うんだわ。魔族を殺してる時は流れてこねぇのに、こうやって宮殿に戻るとなぁ。お前がいるからなのか? なぁ!」

「あ、がはっ、いた、い」

「みんなで決めたんだ。お前を殺せば、あの変な声も聞こえなくなる。は、ハハハ」


(みんなって……だれ? みんな? くらす、のみんな? 息が)


「みん、な……?」

「あぁ、みんなだ。最初からお前のことなんて誰も好いてねぇんだよぶりっ子女っ!! 死ねばみんな喜ぶぜ〜? だからさ








お前もう、死ねや」








「う、そ……………………だ……………………」

「本当だ。みんなみんなみんな!!! お前なんて大嫌いだったんだよ!!! てめぇに生きてる価値なんてねぇんだよ!!! ははは、はは、ハハハハハハハハハ!!!」


(息が……出来ない……頭、ぼんやりして……わたし、しんじゃう?)


「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね」


(やだ……しにたくない。まだしにたくない。どうして、どうしてこんな……。いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!)


 木葉の軽い身体が持ち上がる。木葉は、だんだん自分の脳に酸素が行かなくなっていくのを感覚で感じた。死を感じた。けれど、目の前に見えたのは船形荒野の狂った瞳ではなくて、








(鉛色の、そら?)








 いつもの夢。もしかしてここが天国だったのだろうか? 

 目の前には見知らぬ人がいる。いつもの女の子ではない。顔はみえないけど、なんとなくわかる。


「貴方は……誰?」

「すくな。貴方はこのは。すくなはこのは。このははすくな。おんなじ、おんなじ」

「え?」

「受け入れて、このは。このはの居場所は此処じゃないよ」


 すくなという人物の突然の言葉。けれど、そんなことは認められなかった。木葉の居場所はまだクラスのみんなのところだ。まだその希望を捨てていなかった。


「違うよ! 私は、私はみんなの友達で!」

「あいつらが? ちがうよ。あいつらは今にこのはをころす。この男が失敗したら、次はほかのやつがこのはをころす。どんな手を使ってでもころす。それが、魔王の運命」


 すくなという人物が淡々と言う。顔はやはり黒クレヨンで塗りつぶされたように見えない。それでも木葉には、彼女が人間じゃないことがわかった。


「わた、しは……」

「目を閉じて十数えて。そうしたらこのはは助かる」


 少女の無機質な声。その瞬間、夢から覚めてしまうことを感じ取った。


「待ってよ! 私は、どうすれば……」

「大丈夫だから。またね」


 夢が醒める。鉛色の空はぼんやりと霞んでいって、だんだんと意識が不明瞭になっていく。

 最後に見えたのは、自身のステータス表示。




スキル:《鬼姫》発動。





……………


………………………………


 身体が重い。倦怠感、というか体力を全て使い切ったような感覚。頭が痛い。さっきまで夢を見ていた気がするけどまた内容が思い出せない。誰かと会っていた気がするけれどそれすら何も覚えていない。

 身体についた埃を払いつつ、ゆっくりと起き上がる。全て夢だったのだろうか? どこまでが現実だったかが朧げだ。確かさっきまで船形荒野が、







「え?」






 船形荒野が、頭から血を流して倒れていた。






「あ、あぁ、あれ? な、なんで? わたし、私は……」


 頭に違和感が残る。嫌な予感がして、頭に触ろうして、


「……あれ?」


 口から漏れ出た声が掠れる。硬い物体。近くにちょうどあった鏡を見て、木葉は全身の毛が逆立つ思いがした。


「真っ黒な……ツノ……?」

「木葉?」


 声のした方を向く。そこには、柊が目を見開いた状態で突っ立っていた。


「ヒイ……ちゃん……わた、し」

「ちょ、ちょいちょい! 落ちつきなって! 何これ、なんで船形が倒れて……くっ! 木葉、アンタはこれ被ってさっさと自分の部屋に戻りなよ。後はアタシがなんとかする」


 柊が自分のローブを木葉の方に放った。木葉は震える手でそれを掴むと、頭にかぶせて走った。逃げ込むようにして、自分の寝室に入る。

 一方の柊は、信じられない事態に対してまだ頭が混乱していた。


(なんだこれ……船形が頭から血を流して。向こうの壁にぶつかった? それも物凄い力で? それに、木葉のあのツノ……。てことは、アタシの仮定は多分間違ってない)


「なんの騒ぎだ!!」

「向こうの方だ!! 物凄い音が!!」


 バタバタと足音が響く。柊が駆けつけてきたのも、船形が壁にぶつかった時の音だった。他の奴らもそれを聞きつけてきたのだろう。


(あー、やっばい。どーやって誤魔化そっかな。アタシがぶっ飛ばしたってことにしとけばいいんだろうけど、それだと勇者様よっわ! ってなるからなぁ。まあいっか)


「何事……って真室か。いや、おい!! 船形!!」


 真っ先に駆けつけてきたのは白鷹ガタリ。続けて王国の兵士や戸沢菅都や天童零児、尾花花蓮や鶴岡千鳥に鮭川樹咲と最上笹乃。それから他のクラスメイトたち。みんながみんな、船形荒野の大怪我に驚く。

 それを尻目に、柊は言い訳を考えるのに頭を悩ませていた。



……………


………………………


 木葉は、部屋に駆け込むとすぐに鍵をして灯りを消した。信じられない速度で動く心臓の鼓動を感じつつ、ステータス画面を開く。



スキル:《鬼姫》発動中 効果キャンセル



「効果……きゃん、せる……」



 震える指をもう片方の手で押さえつつ、なんとか表示に触れることに成功する。頭の違和感が消えていった。一気に落ち着いた木葉は、その疲れからベッドに横たわる。


(……はぁ。なに、これ。私が、船形くんを?)


 あの場で見た船形荒野の血が、頭をよぎる。


(大丈夫、かな?)


 木葉自身、何があったのかはまだよくわからない。自分が何をしてしまったのか、どうしてこうなったのか。なにもかもがわからない。







(私が、魔王だから?)








 先ほどの言葉が頭をよぎる。








(誰も、最初から私を好いてなんかいない。私が死ねば、みんな喜ぶ。だから私は、殺される? 私が魔王だから? ううん、それより前に私は、みんなから嫌われていた? あぁ、そうか。ここでも、元の世界でも、







やっぱり私は、要らない子なのか)







 この日、木葉の運命は完全に決定した。もう魔王として後戻りできないところまで来てしまった。深い眠りに落ちていく木葉は、まだそのことを知らない。



……………


…………………………


〜王都の四番街、裏通りにて〜


「ガハッ……バカな……この私が……」

「キャハハ、しんだ、しんだしんだしんだしんだきゃはははははははははははははははははははは」

「使い魔……クソ……何が狙いだ」

「ゲハハハハ、たのし、たのしししししししししし! ま、おうさまままままままま」

「ま、おうだと?」

「けは、えはははは、しぬしぬしぬ、まおうさまのてで、みんなしぬ、あはははははは」


(くそっ! 他の奴らは即死か……私も腹に傷を。使い魔がこんなところにまで来てるとは……早く王宮に知らせねば……ガハッ)


 目がくり抜かれ、口が裂けた女が宙を浮いている。魔族が使役する『魔女の劣化版』が使い魔だ。恐ろしい形相で狂ったような声を上げて騎士に襲いかかろうとする。


「まおうさま、いま、おむかえ、あはは、あははははははははははは」

「やめ、やめろ! 来るな来るな!! うぁ、うわぁぁぁぁ!!!」

「いただき、ます。あは、あははははははは」


 ザシュッという鈍い音がして、使い魔の口が騎士の首をもぐ。その血だまりを、フードの男が歩いていった。


「近衛騎士もこの程度か。異端審問官くらい出張ってこないと面白くないな。さて、現場を消すとしよう」


 男はローブの裾から杖を取り出し、ボソボソと呟いた。すると、一瞬目が絡むような光が飛び出したかと思うと、それは血だまりや遺体へと降り注ぐ。そうして、瞬く間に元の裏通りへと戻っていた。


「スキル:《幻影》、便利だ。設定は……2日後くらいでよいか。どうせこの後乗り込むからあまり変わらないが、早く見つかり過ぎても困るのでな」

「けは、えはははは、あははははは」

「うるせぇ」


 男は本を開くと、女の頭を掴んでその中に押し込んだ。しばらくは笑い声が聞こえていたが、本を閉じるとそれも聞こえなくなった。


「さて、魔王の存在は我々しか気づいていないようだな。他の魔族連中はまだ魔王の存在を特定できていないはずだ。これで出し抜ける」


 王都の空には大きな三日月が浮かんでいた。三日月を仰ぎ、男は不敵な笑みを浮かべる。


「では、お迎えに上がりますかね。魔王様」

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、たまたま見つけたけどめっちゃおもろいやん。
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