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夢の中の女の子

⚠︎2020/5/22 プロローグを2つに分けました。

 








 いつからか、私は毎日同じ夢を見るようになった。









 具体的にいつからかなんて覚えていないけれど、多分9歳頃だったと思う。ちょうどその頃剣道を始めたから。いや、きっとその頃からなんだろう。


 広い草原。濃く立ち込める霧。小川の水の音。その水を堰き止めている細木に水がチャプチャプと跳ねる音。少し冷たい、湿った風。淀んだ空。真っ黒な雲。

 

 夢のはずなのに、私はいつしかそこを現実のように感じるようになった。だって私が見るもの、聞く音、嗅ぐ匂い、感じるものは全て現実のソレと大差無いものだったのだから。遊び盛りの幼少期の私にとってそこは秘密の場所で、遊び場で、楽園で、異世界で。








 夢が始まって暫くすると、前方にかかっている霧の中から人影が現れる。顔はハッキリとは見えないけれど、それが女の子であることは何となく分かった。とても可憐で、お姫様のような女の子。







 だけどその子はただの女の子ではなかった。







「今日も、やろう」






 彼女の腰に当てられているのは、桜の柄が入った鞘に収められた日本刀。彼女がそれをゆっくりと鞘から引き抜く。

 美しい鋼の刃がその姿を現わす。灰色の空と暗い草原の中でも、確かにその存在感を示す銀の刀身に、私はひどく魅了されたのを覚えている。それこそそれをきっかけにして剣道を始めたのだから、私の衝撃は計り知れないものだったのだろう。


「うん、やろう!」


 私も彼女から日本刀を手渡されてその刀を抜く。一瞬陽炎のように刀身が揺らめき、まるで刀が生きているかのような錯覚を覚える。冷たく無機質な鋼鉄の刃に、私の血が巡らされていく。知らない間に魂までも吸い取られてしまうような、研ぎ澄まされたこの太刀も随分と私の手に馴染んだものだと思う。


「さぁ、構えて、木葉(このは)


 名前を呼ばれて、少しドキッとしてしまう。けれどそれも束の間、私は剣に己の集中力を全て注ぎ込むようにして構える。もう、音も感じなくなる。この瞬間だけ私は現実の世界にも、夢の世界にもいないような気分になる。面白い感覚だ。

 霧は益々濃くなっていくが、私たちの興奮は止まらない。


 私は彼女の顔を知らない。


 名前も知らない。


 何も知らない。


 けれど、私の大切な親友との大切な時間がそこに確かにあった。







 叶うならこのまま醒めないでいて欲しいこの夢は、いつだって無慈悲に、そしてあっさりと醒めてしまう。







 だけどいつか……私は貴方の名前を……。

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