1-9
終業式とはやる意味があるのだろうか?
体育館に全員が詰め込まれて校長先生のありがたい話を聞かされる。
大半の生徒が聞いていないだろうけど。
眠気に耐えながら終わるのを待つこと1時間、ようやく終わったようで全員が立ち上がった。
ぞろぞろと全員が教室に戻ろうと歩き出すのにならって俺も歩き出した。
無意識に探していたようで、拝島桃香を見つけてしまった。
あの辺は5組だろうか?
好きとかいっときながらそんなことも知らなかったんだよな…
けっきょく顔だけしか見ていなかったってことだよな。
それはフラれて当然だし、諦めもつくというものだろう。
なのになんでこんなにモヤモヤするのだろう?
昨日告ってもいないのにフラれたせいか?
今まで恋愛感情を抱いたことがなかった俺にはわからない。
人に相談しようにもどう説明したらいいのかわからない。
ダメだ。もう面倒くさすぎる。俺の悪い癖なのはわかっているが、めんどうになるとどうでもよくなる。
もう拝島桃香に関わろうとするのはやめよう。そんなことを考えているうちに教室に着いてしまった。
その後のホームルームでは通知表をわたされたり連絡事項を伝えられ、良いお年をということで解散となった。
解散となってもまだ8割の生徒が教室から出ようとはしなかった。互いに成績比べをしたり、今日のこの後の予定の話をしたりと賑わっていた。
「りゅう〜成績どうだった〜?」
高校の通知表には学年順位が載っていた。
「学年26位だからまあいい方かな。」
「え?龍司ってそんなに成績いいの⁉︎」
隼人が驚きのあまり身を乗り出してきた。
確か期末テストのときも同じ反応をされた気がするが、そんなに意外なのか?
まぁ正直にいえばあきるのおかげなんだけどさ。
「りゅう〜はテストの点も良かったもんね〜」
「そういう貴虎だってテスト良かっただろ?」
「45位だったよ〜だから悪くはないかな〜」
「全然悪くないよ。2人ともに負けるとはな。」
「あっき〜はそんなに悪かったの〜?」
「2人と比べなければ悪くはないけど…102位…」
「232人中102位なら普通じゃない?隼人らしいよ?」
「そんならしさは嬉しくないよ?」
普通っていいことだと思うけどな。
ちょうどいいところに武蔵がやってきた。
これで隼人の気休め程度にはなるだろ。
聞くまでもなく俺らの中では1番馬鹿だろうから。
「武蔵は成績どうだった?」
「214位。ビリじゃねぇし、1もないから問題ねぇ。」
俺らの中ってだけでなく普通に馬鹿だった。
本人がいいならいいけどさ。
「そんなことより昭島。体育館かたしに行こうぜ?」
「そんだね。行こうか。」
運動部は体育館で行事がある場合は椅子の準備や片付けをしなければならないらしい。
帰宅部の俺や貴虎には関係ないが。
「じゃあ俺らは帰るか。」
あきるとの約束もあるし…
「そうだね〜みうちゃんも午前授業だから昼ごはん作らなきゃだからね〜」
美卯ちゃんとは貴虎の妹の名前だ。
武蔵と隼人と別れて帰ろうとしていたら、昇降口のところで急に貴虎が立ち止まった。
「りゅう〜ごめ〜ん。キョンちゃんに呼び出されてるの忘れてた〜」
キョンとは俺のクラスの担任のあだ名だ。
「べつにかまわんよ。」
「どのくらいかかるかわからないから先に帰っててもいいからね〜」
「てきとうに待って、来なそうなら帰るよ。」
「ごめんね〜」
誠意の全く感じない謝罪の言葉をいいながら、パタパタと職員室に向かって走っていった。
俺は昇降口に設置されている自販機でナタデココヨーグルトを買い、自分の下駄箱前で座って携帯をいじっていた。
すると目の前にジャージ姿のやつが現れたので、邪魔かと思い横にずれた。
しかしそいつは靴を取ろうとはせず、こちらを見ているようだった。
「あの…」
声の主は女だった。
「何?」
見上げると拝島桃香だった。
え?なんで?俺に話しかけてんの?なんかしたっけ?と俺の脳内は軽いパニックになっていた。
「昨日は助けていただいてありがとうございました!」
思いっきり頭を下げられた。
既視感とともにとてもいい香りがした。
「助けていただいたのに驚いて逃げてしまってごめんなさい。」
また勢いよく頭を下げた。
動作がいちいち可愛いなこのやろう。
「いや、俺こそ人違いだったとはいえ、ビックリさせるようなことしてごめん。」
やっぱり改めて見ても大好きな顔だよ。でも見た目しか知らないし、悩むのも面倒だから、もう関わらないって決めたんだ。
貴虎には悪いけど、ここに長居したくないから帰るか。
「昨日、一昨日と迷惑かけちゃって悪かったな。忘れてくれ。」
携帯をしまい、立ち上がった。
できるだけ拝島桃香と目を合わせないように昇降口から出ようとした。
「迷惑なんかじゃないよ!昨日は誰も助けてくれなかったし、自分じゃどうにもできなかったから、本当に嬉しかった!」
ビックリして振り返る。
「一昨日だってまだ熊川くんのことを何も知らなかったからビックリしちゃっただけで、嬉しかったよ!」
これってもしかして?
いや、夢を見るな。社交辞令だろ?俺が可哀想に見えたから声をかけただけだ。ビッ…優しい子なんだろう。
「えっと…わたし部活あるから行くね。ありがとう。」
拝島桃香は踵を返した。
これで終わりでいいんだ。頭ではそう思っているのに俺の右手は走り出そうとしていた拝島桃香の腕を掴んでいた。
これで拝島桃香の腕を掴むのは3度目だ。
今までは意識していなかったが、なんて柔らかいのだろう。
あきるには間違って胸を触ろうがなんともなかったのに、ただ腕を掴んだだけで心臓が張り裂けそうなくらいドキドキする。
やっぱり我慢できねぇ。
「好きだ!どうしようもなく好きなんだ!俺と付き合ってくれ!」
こんな想いは初めてだから抑えがきかないようだ。
溢れるように口から言葉がでた。
今も我慢しなければ言葉が溢れてきそうだ。
「…ごめんなさい。」
今までの勢いよく頭を下げるではなく、悲しそうな顔で謝られ、心が痛かった。
この前のは勢いでの告白だったから、フラれてもただ悲しかっただけなのか…
これが失恋ってやつなのか…
何も知らない、一目惚れの相手への本気の恋。
そんなの偽物の恋だっていうやつもいるだろうけど、俺にとっては紛れもなく初恋だった。
そうじゃなきゃ納得いかない。
この胸の痛み、堪え切れなく流れた涙。そして諦めきれないこの想い…
「ありがとう。」
俺は精一杯に笑顔を作り、ちゃんと答えてくれた拝島桃香にお礼をいった。
“初恋は実らない”と何かのテレビで聞いたことがあるが、例に漏れず俺も実らなかったのだろう。
今度こそもう終わり…
「わたし、まだ熊川くんのことをあまり知らないから、お付き合いはできません…でも…お友だちになりたいです。」
変な慰めはやめてほしい…惨めになる…
「こんな気持ち初めてなのでわからないのですが…」
拝島桃香がラケットでも入ってそうな大きなカバンから可愛らしいメモ帳を取り出して、何かを書き始めた。
「嫌でなければメールください。」
渡されたメモ帳にはメールアドレスが書いてあった。
「わたしがいっちゃいけないことかもしれませんが、気持ちが落ち着いたらでもいつでもいいので、待ってます。」
俺は何もいえずにメモ帳を眺めた。
拝島桃香は何もいわずに走り去っていった。
あきるの言葉が頭をかすめる。
“キープ君”
あきるの言葉も全てがでまかせでもないのかもしれない。
だとしたら俺は弄ばれてるのかもしれない。
だけど、可能性が少しでもあるのなら…
「初恋が実らないなんて俺は認めない!」
昇降口で叫んだところを貴虎に見られた…
「ビックリしたにゃ〜でもりゅう〜らしくていいんじゃない?」
いつから見ていたのかはわからないが、貴虎はニッコリと笑いポケットティッシュをくれた。
そんな優しさが嬉しくて、余計に涙が止まらなかった。