―海の防人―
大日本帝國海軍 第一遊撃艦隊……大鳳型二番艦翔鶴及び同三番艦瑞鶴が就役したことにより、第八艦隊改めて第一遊撃艦隊と呼称される。
機動艦隊でないのは、連合艦隊司令部(堀大将を上官に据えた)直轄部隊であること。
更に、艦隊の性質が正規作戦をサポートする支援作戦に特化していること。
勿論、緊急時には主力として戦闘に立つこともある。
この第一遊撃艦隊は、様々な作戦に置いて連合艦隊の作戦を支援する立ち振る舞いが期待されている。
1942年4月18日 犬吠崎沖
翔鶴と瑞鶴は、大鳳の指導の基で飛行隊と艦艇組で猛訓練を受けていた。
「翔鶴隊! 僚機との連携が取れてない!」
「瑞鶴隊、(高度)600で機首上げるなよ? 400で引き上げだ。」
「こらぁ! 電鍵が遅い! やり直し!!」
初の実戦を経験したのか、指導する大鳳隊のパイロット達に熱がこもる。
勿論、艦艇でも変わりはしない。
着任した第四駆逐隊は、大鳳航空隊艦爆組の佐藤田一海軍中尉が率いる艦爆第一中隊の猛攻撃を前にして悪戦苦闘している。
「気合が入っていてよろしい。」
双眼鏡で第四駆逐隊の動きを見て、満足気に微笑む。
「司令官!」
その時、通信兵が艦橋へ飛び込んできた。
「緊急電を傍受しました!」
「読め!」
「ハッ。
〝発、伊五。宛、第六艦隊司令部及び横須賀鎮守府。
我、米機動部隊ヲ発見。空母二、巡洋艦二ナイシ三、駆逐艦六以上。
横須賀へ向ケ、進行中。〟
以上です。」
「え!?」
通信兵の言葉に、副艦長である雅本 咲織海軍少佐が動揺する。
だが、雅本だけではなく艦橋にいるほぼ全員が動揺している。
艦隊司令官と幕僚二人を除いて……
「やはり……」
「司令官、ここは演習を中断して迎撃すべきだ!」
「……これより、演習を中断して敵機動艦隊を迎撃する!」
静巴の進言と依子の決断により、第一遊撃艦隊は敵を求めて変針する。
「通信士、GFに打電。我、迎撃作戦第三二号ノ発動ヲ要請スル。」
源三郎は、通信兵に伝言を託して海図の駒を動かす。
「了解!」
「しかし、いいのでしょうか? この電文だけで……」
不安気に聞いてくる雅本。
「直ぐに回答が来ますよ。」
「GFより入電! 第一遊撃艦隊ハ迎撃作戦第三二号ニ則リ、敵機動艦隊ヲ迎撃セヨ!」
「早い……」
「ね?」
源三郎の言うとおり、連合艦隊司令部からの返信が飛んで来た。
「坂本航空隊司令、演習はどうですか?」
司令艦橋での簡単な打ち合わせが終わった後、急ぎ足で航空隊司令所に顔を見せる。
「はい。概ね順調ですが、新米の艦爆隊がイマイチです。」
「そうですか。申し訳ないけど、演習は中断ね。」
「それは一体どういう……」
いきなり中断と言われて動揺する。当然と言えば当然だが……
「敵機動艦隊が現れた。こりゃ演習じゃない、実戦。」
「本当ですか!?」
敵機動部隊と聞いて驚愕する。
「うん、哨戒に出てた潜水艦の電文とGFからの迎撃命令でね。」
「では……」
「急いで弾薬装填、燃料補給よろしく。僕も下に行って説明するから。」
「了解しました! 各中隊長を招集します!!」
「うん。じゃあ、待機所で。」
源三郎は、返礼をして航空隊司令所を後にする。
十分後、緊急招集で大鳳航空隊の各中隊長が集まった。
「坂本航空隊司令。各中隊長は揃っているかな?」
「はい!」
源三郎は中隊長達を前に立つ。
「では、簡単に説明する。我が艦隊は敵機動艦隊を迎撃する為、通報のあった海域へ向かう。」
ざわざわし始める中隊長達に、咳払いをして続ける。
「それに先だって、大鳳航空隊は先行して敵の主力たる空母の戦闘能力を奪って欲しい。」
「撃沈ではないのですか?」
「勿論撃沈でも構わないが、飛行甲板を叩いてしまえば空母はただの置物だ。」
「なるほど。」
乱暴だが、飛行甲板が使用不能になれば艦上機の離着艦など出来ない。
「艦長、敵の機種は前回のミッドウェーと同様なのでしょうか?」
「それは分からない。ただ、今回ばかりは悪い予感しかない。」
「悪い予感、ですか?」
ピンと来ない顔をしている。
「ああ、実は陸上攻撃機の積んでいる可能性がある。」
「何ですって!?」
驚愕するのも無理は無い。坂本でさえ、驚愕の色を隠せなかったのだから……
「驚くのも無理はない。だが、今のアメリカは何でもやるような気がする。それを念頭に掛かってもらいたい。」
「もし、陸攻が出てきたとして我々だけで対処できるのでしょうか?」
「はっきり言って、数による。多ければ、無理だ。」
キッパリと言われて、数人ほど落ち込んでいる。
「その為の、迎撃作戦第三二号だ。これは、空軍・帝都防空大隊との共同作戦である。」
その場に居る全員が「え?」という顔をしている。
「まず、我々が敵機動艦隊を相手して、空軍の帝都防空大隊は陸攻を相手する、二段構えだ。」
「それは初耳でした。」
「そりゃそうだ。機密事項なんだからな。」
当たり前だと言いたげな顔に、全員の肩の力が抜けた。
「ともかく、我が国土上空に一機たりも侵入させるな! 特に帝都へ侵入されたら大変なことになるぞ!」
〝了解!〟
「まず、目的は敵空母の戦闘能力喪失にある! 陸攻は構うな! 空軍に任せろ!!」
「ハッ!」
「よし、行け!」
中隊長達は、駆け足で待機所を飛び出す。
状況確認の為、既に大鳳から彩雲三機が米機動部隊を求めて飛び立っていた。
「そろそろ通報があった海域に突入します。」
「高速でうろつき回ってなきゃいいが……」
嫌な予感は当たって欲しくないと言わんばかりの暗い表情を浮かべる。
「居ました! 右下後方に複数の航跡!!」
興奮しているのか、後方の機銃手が叫ぶ声量が大きい。
「黒潮部隊かもしれん。誤認するなよ!」
機長は至って冷静だ。
「ただ、電信の準備だけはしとけ。」
「了解!」
「じゃあ、突っ走るぞ!」
高度を下げてスロットルを開けて接近する。
「……ありゃ、うちらの空母とは違うなぁ。」
一瞬双眼鏡で目標を確認する。
「電信! 我、敵機動艦隊発見セリ! 打て!」
「ハッ!」
中央席に座る電信員が電鍵を叩く。
「双発機らしき航空機を発見!」
「何!? 陸上機を積んでんのか、正気か?」
「ワイルドキャット、来ます!」
「ふん! そんなもん当たらないぜ! 追電!
〝尚、陸攻ラシキ航空機発見。注意サレタシ。〟
以上!」
「了解! ……送信完了!」
「位置も送ったか!」
「はい!」
「よし! ズラ駆るぞ!」
スロットルを全開にして、ワイルドキャットの追撃を振り切る。
電文は、直ちに艦隊旗艦の大鳳に座乗する依子らに届く。
「以上です!」
「……用心に越したことはない。直ちに、陸上機が乗って居ると見られる空母を最優先にしよう!」
「分かったわ。艦長?」
「はい。」
目で内容を伝えたのか、何も聞かずにマイクを手に取る。
「敵機動部隊発見! 航空隊、発艦用意出来次第発艦せよ!! これは演習にあらず! 繰り返す! これは演習にあらず!!」
「いよいよ、ですか。」
「まあね。」
マイクを置いて一息吐く。
「でも、僕は指示と見送りしか出来ないのが、ねぇ。」
「大丈夫です。艦長は、大丈夫です。」
何を根拠に大丈夫と言っているのか。ただ、励まそうとしているのが分かる。
「ありがとね。」
少し、顔が緩む。
一方、彩雲に発見された第18任務部隊旗艦のエンタープライズは、艦全体が慌しい状態だった。
「七番機発艦しました!」
「早くしろ! グズグズしているとジャップが来ちまうぞ!」
「今、八番機が滑走してます!」
「やっと半分か。」
八番機のB-25の前輪が浮き上がった時、通信兵が慌てて艦橋に駆け込む。
「ハルゼー中将! 偵察に出ていたSBDがジャップ機を発見!!」
「チッ。位置は?」
「残念ながら、通信は……」
「……全機飛ばしたら引き返すぞ!」
怒りと悔しさを抑える。
「アイサー!」
指示を受けた部下は悔しさからか、何時もよりも声が大きかった。
「中将! 大変です!!」
「今でも大変だ馬鹿野郎!!」
「ナッシュビルより入電! 我、敵巡洋艦ト交戦中! 空母複数ヲ認ム!」
先行して警戒にあたっていた軽巡洋艦ナッシュビルの報告が、悲鳴にも聞こえる。
「何!? 前方20マイルに居るはずだ!」
「ですが、これは間違いなくナッシュビルからです!」
「ええい! レーダーが故障さえしていなければ…… F4F全機発艦出来るか?」
「はい。ただ、艦隊上空の援護に少数を残させていただきます。」
「それは構わねぇ。やってくれ。」
「アイアイサー!」
状況の急変に対応しつつも、除々に窮地へと追いやられている。