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感傷的な季節の日々

ソーダアイス

作者: DRtanuki

 太陽の陽ざしがより強くなるころになると、いつも思い出す。

 麦わら帽子にタンクトップ、半ズボンを履いて虫取りカゴと網を持って野山を駆け巡るあの子の事を。

 彼はいつどんな時であろうとも、会えば片手にそれを持っていた。

 青く冷たい輝きを放つ、ソーダアイス。

 子供のお小遣いでも容易に買えるくらいの安さで、それでいて食べごたえもあって夏の暑い最中にはピッタリの氷菓。だれもがこのアイスをこの時期になれば食べていたけど、彼は常軌を逸していた。

 普通の人なら夏が終わればその氷菓を自然と食べなくなる。その冷たさは夏の暑さがあってこそ美味しいもので、涼しくなって来れば必要としないから。

 でも、彼は秋になって長袖を着るようになっても、片手にそれを握っていた。

 冬になり、周りの人がコートを着込んで寒さに震えるようになっても、後生大事に片手に持ってアイスを齧っていた。

 今思えば彼は冬でも半袖半ズボンだった。子供は風の子とよく年寄りは言うけどこの子の場合は単にバカだったんじゃないかと思う。だって冬になったら決まってインフルエンザに罹っていたのだから。絶対あの格好のせいだと確信してるけど、彼はかたくなに認めようとしなかった。

 よくよく思い出してみれば、当時は男子連中が皆冬場でも半袖半ズボンで過ごしていたような気がする。要は男子全員バカだったんだな。きっと。

 まあそんな流行りも、中学生に上がれば廃れるんだけどさ。


 彼は中学生になっても変わらなかった。

 ある時一緒に下校していると、途中に喉が渇いたからと言って駄菓子屋に寄ってある物を買った。

 買った物を覗いてみると、坊主頭のマスコットキャラクターが描かれた青い袋が手に握られている。明らかに、例のソーダアイス。

 いや喉が渇いたら普通飲み物買うんじゃないの? って突っ込むと、


 「安いしこれが好きだから」


 って無邪気な笑顔で答える。

 全く小学生の頃と全然変わらなくて、私も笑ってしまった。

 二年生になっても、三年生になっても、春夏秋冬、いついかなる時でも彼はソーダアイスを食べていた。流石に授業中は食べてなかったけど、学校に持ち込んで家庭科調理室にあった冷凍庫に保存しているのを咎められていた時は、やっぱりバカだなって思った。その後男子たちが真似して冷蔵庫や冷凍庫にいろんな食材持ち込んでこっぴどく先生たちに怒られているのを見て、男子ってやっぱりバカぞろいだなって確信したよね。


 そして時は流れて、高校生になった。

 私と彼は違う高校に進学したからその後の事は良く知らないけど、時折聞こえてくる噂話だとやっぱり彼はソーダアイス片手に学校へ登校したりしていたって、同じ学校に通う兄から聞いて、いくらなんでも変わらなすぎでしょって無性に心がざわめく思いがした。小学生じゃないんだからさ。

 ソーダアイス好きにも程があるだろうと思ったけど、今更咎めたところできっと無駄なんだろうなっていう諦念がある。

 彼はこのアイスを食べるのを邪魔されるのが一番嫌いだった。

 相手が誰だろうと、例え怖いと恐れられる先生や不良相手だろうと邪魔されたら殴りかかっていた。それで停学になったり、不良にボコボコにされて入院したりもしていた。

 喧嘩でボコボコにされた時に一度お見舞いに行ったけど、その時も病院のベッドに寝ころびながら無事だった方の腕でアイスを持って齧っていた。顔もボコボコになって腫れあがってるけど心底嬉しそうに。見た目は酷かったけど、後遺症になるような怪我じゃなくて本当に良かった。


 やっぱりアホなのかな。

 いやきっと、アホなんだろうな。


 高校を卒業して、お互い大学に進学すると、更に離れ離れになってもうお互いの事を思い出す事も少なくなっていった。私も大学生活を満喫していたし、彼もアイスを齧りながら笑顔で大学に通っていたのだろうなぁ。


 大学四年間の間は一度も彼に会う事もなく、そのまま卒業して社会人になった。

 最初に入った会社がまずとんでもなく過酷な会社で、終電までの残業は当たり前、仕事が立て込めば連日連夜の泊まり込みも平気でやるという所だった。残業代なんかは出るからまだマシだったけど、何人もの同僚や先輩が体や心を壊して辞めてしまっていた。

 私は何とか仕事に食らいついていたけど、やっぱりキツイ仕事で確実に心が荒んでいくのを感じていた。体の調子も悪くて、それでも働かないといけないから栄養ドリンクに頼る日々だった。

 ある日、ぼんやりとした不安に苛まされながら私は駅のホームを歩いていた。最近のホームは飛び込み防止の為に柵が設けられている。流石に、柵を乗り越えてまで飛び込むような気力も持っていなかった。

 虚ろな瞳でホームの向こう側を眺めていると、青い何かを齧りながら電車を待っているスーツ姿の男の人が目に入った。


 「……あのひとだ」


 直感で確信したと同時に私はホームの柵を飛び越えて、彼に向かって駆け出していた。彼は目を丸くして私を見ている。再会を喜ぶというよりも、いきなり線路を横断してきた私を見てびっくりしている方が強いみたいだった。当たり前だけども。

 彼の胸に飛び込んで泣き崩れた私を、彼は優しく抱きかかえてくれた。

 社会人になった彼と色々と話をした。良い意味で彼はずっと変わっていなかった。アイスを片手に笑う姿はかつての思い出の映像とダブって見えたんだ。


 ……また、いつもと変わらない夏がやってくる。

 強い日差しによく合う、ソーダアイス。

 麦わら帽子でタンクトップと半ズボンを履いた、虫かごと網を持った少年が野山を駆け巡っている。

 昔と違うのは、少年の傍らに同じくアイスを齧りながら一緒に虫取りに励んでいる大人がいるという事。

 私は、彼らを遠くから眺めている。

 食べ物の好みは遺伝するんだなってぼんやり思いながら、私も思い出の味を袋から取り出して一口、齧る。

 冷たくて、甘くて、ちょっぴり頭をキーンとさせる痛みを伴う、さわやかな風味。

 私はやっぱり、一本食べればそれで充分かな。

 木陰で樹に寄りかかって空を見れば、入道雲がぐんぐんと背を高くしているのが見えた。もうすぐ通り雨がやってくる。

 わたしは彼らに声を掛けて、おうちに帰ろうと言うと、二人とも元気な声で


「はーい!」


 と返事をした。

 二人の笑顔はとてもそっくり。

 アイスを食べて笑う笑顔は、いつでも、いつまでも見ていたい。


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