第一部第三話:初めての異種族と「ジ・アース」の世界情勢その壱
「美味いぞっ!! このラガーっちゅうのは切れの良い苦味と喉越しが堪らんのう!!」
「あたしらはこの新しいエールの方が好きだねぇ。果実みたいな味わいが気に入ったよ」
グルメ子爵領都グルメピアの郊外で男女合わせて200人近くのドワーフの集団が、俺がデリシャスお祖父様不在の1ヵ月間に新たに開発したラガーとエールに舌鼓を打っている。ラガーは神法を応用して低温熟成をきちんと行っており、品質も上々の出来だ。
「酒も美味いが、料理も美味いっ!! 特に、この揚げ物っちゅうのはラガーとの相性が抜群じゃっ!!」
「野菜も美味いぞいっ!! まさか、野菜を肴に酒を呑めるとはのう」
つまみには同じくこの1ヵ月の間にラガーと平行して開発したモルトビネガーやブドウ酢、リンゴ酢を使った惣菜や漬物だ。基本的な調味料は塩やハーブが主で、香辛料は高価過ぎて普及してないから、現代日本の食生活を記憶している身からはあまりに物足りず、すぐ製作できそうな酢を醸造した。神法を用いて現代的な液中培養方式を行い、低温加熱処理も施して。更に、オリーブオイルを使ってフリッターと言った揚げ物や色々なドレッシングも作った。火加減や攪拌も思いのままで正に、ビバ・神法。
「―― このような不出来なエールとも呼べぬ物、全て棄ててしまいましょう!!」
なお、酢の原料となったのは、俺が造った酒にショックを受けたモルツ氏を始めとした酒職人たちが廃棄しようとした既存の酒である。食神の神子たる俺は食品を無駄にする事に極めて強い嫌悪感を抱くため、モルツたちを止めて酒を酢造りに転用したのだ。止める時に勢い余って神法を使ってしまい、モルツ氏は壁に減り込んでしまったが。お陰で職人は俺に絶対服従の流れになってしまった。……ごめん、モルツ氏。
しかし、モルツ氏はグルメ子爵領では一目を置かれている職人で、彼の音頭でグルメピア周辺の既存の酒は殆ど酢として生まれ変わっている。酢があるだけでも味付けの幅が大いに広がった。
それに酢だけではない。前世日本人であった俺には「UMAMI」が足りなかった。なので、鹿節も作った。ロサンジ祖父様は元々猟師の家の生まれで、その優れた腕も見込まれお祖父様の従者となり最終的に男爵にまでなったとの事。とにかく、未だ錆付く事のない狩りの腕を発揮して鹿を獲ってもらい、鹿の腿肉を燻製、いい色合いになったら低温で熟成させて完成。鰹節や昆布とは違う風味だが確かな「UMAMI」に、
「―― へえ、確かに入れると大分味が違うねぇ。色んな料理に使えそうじゃないかい。これは腕の振るい甲斐があるよ」
「ホント、美味しいわ。でもね、イート。あまり無理はしないでね。神子様と言っても、あなたはまだ3歳なのだから」
「はい。ありがとうございます、母様」
フーズ家の女性陣も満足してくれたようだ。ちなみに、母セトレ・フーズはサヴィラ祖母様を若くして痩せさせて穏やかにした感じの女性である。美女と言うより愛嬌のある可愛いタイプだ。
そして、セトレ母様を心配させるほど働いているが問題はあまり出ていない。神子はどうも病気知らずの疲れ知らずらしい。なので母様を心配させて申し訳ないと思うが、精力的に働いた俺はワインやシードルの他の酒も新たに仕込んだりしている。
「切れ味、鋭く、美味さ、際立つ!! ラガー、これもまた美味しっ!! 新しく仕込んだと言うワインやシードルへの期待も高まるわい。イートよ、1ヶ月、苦労してドワーフ達を連れて来た疲れも吹っ飛んだぞ!!」
お祖父様も酒に強いとされるドワーフたちと同じようにラガーを浴びるように呑んでいた。旅した1ヶ月の間、酒をまったく口にしてなかったそうなので、その勢いは急性アルコール中毒を心配してしまうほどだ。
なお、「ジ・アース」における1ヶ月とは30日ではない。「神子王」が定めた「統一暦」で曜日は主神日、闇日、光日、地日、火日、水日、風日の7日、7日を1週間とするのは地球と変わりないが1月は主神週を始めとした7週間つまり49日、1年も主神月を始めとした7月あり、計343日となっている。更に言えば1分は60秒で地球と変わりがないけれど、1時間は70分、1日は21時間と定められており、1日は若干「ジ・アース」の方が長く、1年は「ジ・アース」の方が短い。これもパラレルワールドが齎す差異なのだろうか。
「ガッハッハッハ!! 子爵殿の言う「食神の神子」なんぞ与太話かと思っとったが、美味い酒を飲ませてもらった以上、信じぬ訳にはいかんな!! 出立の約定通り、ワシら、ドワノフ支族は子爵殿と食神の神子殿に協力を惜しまんぞっ!! そして、もっと美味い酒を頼むぞいっ!!」
お祖父様が連れて来たドワーフ集団であるドワノフ支族の族長、ドヴェルイグ殿の宣言に回りのドワーフたちも同意の声を挙げる。初めて見る異種族であるドワーフなのだが、「地球」の物語等で描かれるそのままと言った印象を受けた。
男性は体毛が多く筋骨隆々で厳つい顔付きで、女性は顔付きこそ人族と変わりないが逞しい体付きであり、男女共通で足が短く、一般的な人族の膝辺りに足があると言えば解り易いだろうか。性格は男性が豪快で頑固一徹、女性が竹を割った様な肝っ玉母ちゃん的性格が殆どである。そしてドワーフと言えば鍛冶を連想するが、「ジ・アース」のドワーフは農工商で工に抜きん出た種族であり、建築や木工、細工、焼物、織物もこなす。力仕事もお手の物だし、戦いにおいても侮れない力を持っている。
但し、酒造りだけはしていない。ドヴェルイグ殿曰く、
「―― そりゃあ、美味い酒を造ったら、自分だけで呑んでしまうのがドワーフじゃからのう。稼ぎの種となる酒を自分で呑んでしまうんじゃから、生活できんじゃろ」
と言う事らしい。これはさすがドワーフと言うべきだろうか?
ちなみに、異種族であるドワーフと問題無く会話できているのは「神子王」が「共通語」を制定したからだ。この「共通語」だが現代日本語だ。女男爵である母様が書いていた書類、街中の看板等にひらがな、カタカナ、漢字、アラビア数字、更にアルファベットまで用いられているのだから驚いた。物の単位等もほぼ日本で公用されていたものばかりだ。恐らく「神子王」は俺と同じ現代日本からの転生者だったと推測できる。
あと、貨幣も世界共通である。単位はイェンで1イェンは小銅貨1枚、10イェンは中銅貨1枚、100イェンは大銅貨1枚、1千イェンは小銀貨1枚、1万イェンは中銀貨1枚、10万イェンは大銀貨1枚、100万イェンは小金貨1枚、1千万イェンは中金貨1枚、1億イェンは大金貨1枚とされており、小貨は1円玉サイズ、中貨は10円玉サイズ、大貨は500円玉サイズで共通、表に七芒星が、裏には六本の雄しべのある百合の花が刻印されている。
1000年近く、「神子王」への敬意からか偽造や粗製乱造、新たな通貨の作成は行われていない。いや、流通量やどこで造幣するか等の問題があった事も無いらしい。これは「神子王」が享けていた「主神の寵愛」の力だとしか思えない。リアル「神の見えざる手」が働いているのだ。だって、統一通貨造幣の利権は言うまでも無く強大だ。にも関わらず、どの種族どの国も独占しようとした事がないらしい。……神の力の恐ろしさを再認識した気分である。
そう言う訳で、異種族であるドワーフとも問題なくコミュニケーションが取れるのだが、「神子王」の崩御以後、袂を別った異種族をどうしてグルメ子爵領に招けたのかも説明しよう。
人族は六神全ての「加護」を与えられる。また「神子」が生まれるのも人族だけ。なので、人族が全ての種族の上に立つ者だとリリィジョン神教国が謳い、多くの人族の国がそれに倣っていた。そして20年前、「火神の神子」を旗頭にリリィジョン神教国の音頭を受けた人族の各国家は「神聖人族連合軍」として、外族と蔑む異種族の住む北南米大陸とアフリカ大陸へ侵攻したのだ。リリィジョン神教国、「火神の神子」を擁するロゾアスター王国、インペラートル帝国を含む地理的にヨーロッパ・中東圏の13の国が連合して侵攻したこの戦い、結論から言って大敗した。
個々の質では及ばないものの数で勝り、「火神の神子」もいる。その為、華々しい勝利を確信していた「神聖人族連合軍」の前で、何と「火神の神子」が戦死したのだ。当時、異種族の連合軍を率いていた「外王」と呼ばれる者に。結果、頼みの綱である「火神の神子」を喪った連合軍は無残極まる大敗北を喫した。しかし、そんな連合軍の命脈を保った者たちが居た。
当時皇太子であった現皇帝が率いていたインペラートル帝国軍である。皇帝の神懸った用兵と図抜けた軍の連携により異種族の連合軍を押し留め、「神聖人族連合軍」の生き残りの撤退を成功させただけでなく「外王」と停戦交渉し停戦を合意させると言う離れ業をやってのけたのだ。
勿論だが、これは大問題である。帰還した事で落ち着きを何とか取り戻した各国は帝国を糾弾した。そもそも人族社会では王権神授、つまり王となるにはリリィジョン神教国より王権の授与を受けなければならない。皇帝とは王権を授与されていない者の称号で、王より下とされている。そんな格下の国が勝手な行いをしたとして激しく糾弾してきたのだ。……現実から目を逸らして。
各国の糾弾からすぐ帝国は侵攻を開始した。まずは隣国。「火神の神子」を戦死させた外族の連合軍と渡り合った帝国軍に対する恐怖は凄まじい上に、大敗北から建て直しが全く出来ていなかった軍はあっさり敗北。隣国の王家は亡んだ。更に侵攻は続き、10年で同じように大敗北が原因で衰退した9つの王家を亡ぼした帝国は、ヨーロッパのほぼ全域を領有する大帝国となったのだった。
そんな中、皇太子から即位した皇帝は異種族連合と友好的な協定を締結。異種族を「外族」では無く「異族」と呼び改める事を布告した。そして、とある領に招致されていたドワーフの支族をお祖父様がコネを総動員してグルメ子爵領に招いたのだ。……俺が造る酒をエサに。
「―― さて、食神の神子殿よ。酒の肴に蒸留器とやらの事を訊かせて貰おうかのう。何でもそれがあれば、もっと美味い酒が呑めるらしいではないか? 美味い酒が呑めるのなら、何よりも優先して造ってやるぞい、ガッハッハッハ!!」
「うむうむ、頼みますぞ、ドヴェルイグ殿、ワッハッハッハ!!」
上機嫌この上ないドヴェルイグ殿とお祖父様。……でも、現代日本人の価値観を持つ俺はもう我慢が出来ないんだ!!
「お願いします!! 蒸留器よりもトイレを先に作って下さいっ!!」
土下座も辞さない勢いで頭を下げる俺に、お祖父様とドヴェルイグ殿は顔を見合わせるのだった。