九十七.
そっと公室を出た蓮は、歪む景色に傍らへと手を添えた。
そのまま息を整えるが、それは乱れたまま肩を揺らす。
どうしよう……
誰かに見咎められる恐怖に、なんとか躰を支えながら回廊を進むと、蓮は脇へとそれを折れた。
そのまま数歩進んで身を隠すように踞る。
丸めた背が、喘ぐように吐息を刻んだ。
「蓮?」
声が掛かり、そっと手が添えられた。
貌を上げなくても蓮は声で解る。
郭奉孝である。
嘉は、するりと脇へ身を隠した蓮を瞳の端に捕らえ、不審に思ってここまでやって来たのだ。
「気分が悪いのか?」
弱々しく首を振ってみせるが、その貌は真っ青だった。
ただならぬものを感じて立ち上がろうとした嘉の手を、蓮が引き止める。
冷たい、手だった。
「貧血でも起こしたのか? とにかく誰か呼んで来るから」
蓮はそれを離さず首を振る。
「そういうわけには行かないだろう」
『ダメ。心配する』
「主公の事か? 気持ちは解るが……」
困ったと嘉は思った。だが、このままになどもちろん出来ない。
「それなら、ほら、おぶされ」
嘉はそう言って蓮に背を向けた。
案の定、慌てて否が返って来る。
まさかそんな事をさせられないと、蒼褪めたまなざしが語っていた。
「抱いて行くのもどうかと思うし、背負ったほうがいくらかマシだろう。嫌なら人を呼ぶけど……」
それはやはり避けたいようで、蓮は思い迷った末におずおずと手を伸ばした。
「それ。摑まっていろよ」
蓮を背に、嘉がひょいと立ち上がる。
その高さに驚いて、蓮は縋る腕に力を込めた。
「蓮は大きくなったなあ」
歩を進めながら、嘉はしみじみと思う。
あの日、嘉が腕にした少年は、消え入りそうなほど軽かった。今肩に感じる重みが、愛しかった。
――そう言えば、背も伸びたな。
まだまだ小柄な蓮ではあるが、すらりとしているし、案外大きくなるかもしれないと嘉は思った。
――これは、主公が気にするかな。
ちょっと苦笑する。
君は躰が大きくない事に、実は劣等感を抱いているのだ。
英雄とは大柄で恰幅の良いものとされており、武人でもある彼は、さらに強くそれを欲していた。
しかし、たとえ小柄であろうともその体躯には気が漲り、眼光炯炯たるその姿を見れば、ただならぬ人物である事などひと目で判る。
嘉も、別に気にする事はないのにと思っていたが、上背のある自分に言われても、厭味にしか聞こえないだろうから黙っていた。