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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
97/138

九十六.

「蓮。寒うはないか?」

 (うなず)く蓮の襟元(えりもと)を婆が整える。

「夜はまだまだ冷え込むよ。風邪でも引かせては、孟徳様に叱られるからな」

 当事者にしか(わか)らぬ、見事な牽制(けんせい)だった。

 ――婆には(かな)わんな。

 惇はひとり苦笑に酒を含む。

 阿婆。ごめんなさい。

 蓮の(くちびる)が告げた。

「どうかしたかえ?」

 何を謝っているのかと婆は思った。

『蓮はまたお酒を呑んだ』

 ぽろりと、その瞳から涙が(こぼ)れる。

「そうかそうか。解っておるのなら良い。だがな、あまり過ごしては(からだ)に毒だからな」

 こくりと(うなず)きが返る。

「うんうん。今宵はもうこれくらいにおし。将軍の話は、また今度聞かせてもろうたが良い」

 婆はそう言うと、瞳で惇を促した。

「そうだな。今度は傍らで孟徳がムセルような話をしてやろう」

 その言葉に涙を残したまま蓮が笑う。

 共に立とうとする婆を制し、彼の相手を願うと、蓮は中座の非礼を()びて室を辞した。


「婆。孟徳はまさか夜離(よが)れじゃなかろうな?」

 蓮がいなくなると、惇はそう婆に尋ねた。

「馬鹿をお言いでないよ。孟徳様はホンに蓮を大切にしておいでだよ」

「そうか。なら良いのだ。あんまり寂しそうだから、よもやと思うてな」

「あれは、ひとときでも孟徳様と離れるのが(つら)いのだ。三日も会わねば気もそぞろだよ」

「そんな事で戦の時は大丈夫なのか? 次の戦もそう遠くはないぞ」

「大丈夫なものか。婆は今から頭が痛いよ」

 額に手を当てて、婆が溜め息をつく。

「かと言って、孟徳様をお留めするわけにも行くまい。蓮も良く解っている。だから何も言わぬのだが、それが(かえ)って哀れでな……」

 婆はふと視線を上げ、惇を見据えた。

「元譲殿。決して孟徳様に言うてはならぬぞ。孟徳様は蓮が寂しがっているのも良う解っておいでだ。それはそれは、心を痛めておられるのだよ。それをお前様が()えて言うたりしたら、婆が許さぬぞえ」

「解っているよ。孟徳には孟徳の立場があると言うのだろう?」

「夏侯元譲ともあろう方が、聞いたような事をお言いだよお。あのお方が、ご自身の立場なんぞで心を(わずら)わすものかね。お前様こそ、良う解っておいでだろうに」

 どっこらしょ。と声を添え、婆が立ち上がった。

「良い月よな。孟徳様も蓮の楽が聴きたかろう」

 明け跳ねた扉から空を眺め、婆が(つぶや)く。

 吹き込む夜は(かす)かに春めいて、何かの花の香りをうっすらと運ぶようだった。

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