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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
95/138

九十四.

「孟徳は一見派手な男だが、普段あまり華美を好まないだろう」

 こくりと蓮が(うなず)く。

 董卓のもとで身を飾っていた蓮の印象があったのか、最初のころこそ華やかな(ころも)を仕立てて贈ってくれた操だが、彼自身はあまり贅を好まなかった。普段の装いも簡素だし、それほど衣服に気を配るほうではない。身の周り万事がそうで、その暮らし振りは意外と質素なのだ。

 蓮が望めば与えるであろうが、もともと蓮にも物欲というものがあまりない。それに気付くと、彼は無駄な衣類を整える事もやめた。

 この日の蓮の装いも、そんな操を(なら)うかのように極(つま)しいものだった。

「その孟徳が戦場では緋色の戦袍に甲冑を(まと)う。目の()めるようなその華やかさは華美を好むからではない。自分に敵の目を引き付けるためさ」

 蓮は、先日許へ凱旋(がいせん)して来たその姿を脳裏に描いた。

 美々しい馬に乗った彼は、(きらめ)くように蓮には映った。

 戦場でもあの姿はひときわ目立ち、味方は鼓舞し、天下は畏怖するのだ。

「あいつは常に戦場を駆け、自ら兵を率いる。俺は(まつりごと)の事は良く解らんが、ヤツがたいした男なのは俺でさえ(わか)る。だが、孟徳の根は武人だな。あの気質は歳を取っても変わるまい。婆のようにな」

 豪快な笑い声が響く。

「孟徳は戦が(うま)いが、意外に負けてもいるのだ。あいつの(からだ)にはいくつか傷があるだろう?」

 蓮が少し眉根を寄せて(あご)を引いた。

御大将(おんたいしょう)自ら突っ込んで行くからな。あいつに万が一何かあったらどうするんだと、こっちは気が気じゃないんだが、言っても聞かんのだ。もっとも、兵も少なく苦境に陥った事もあった」

 惇は盃を取り上げると、一気にそれを流し込んだ。

「濮陽での戦がその中でも一、二を争う。郷士の内応で城内に入った我が軍は(はか)られてな。大混乱におちいって、一時は孟徳の姿さえ見失った。あいつは自力で脱出して来たが、胆が冷えたよ。孟徳の左手に火傷の(あと)があるだろう? その時のものだよ」

 蓮はぞくりと総毛立ち、思わず自分の左手を押さえた。

「孟徳は自分も怪我を負っていたが、それを押して兵を(ねぎら)って廻った。ひどい戦で大将の姿を見失ったから、陣中は不安に満ちていたんだ。孟徳は俺達にとって、まさに支柱なのだよ」

 惇はそこで一度口を閉ざし、(クウ)を見つめた。

「俺の左目も濮陽攻防で失った。くそ忙しい時に働けない己が不甲斐なくてな。孟徳はそんな俺を一喝した後、(オトコ)振りが上がったと言って笑ったよ。あいつはこれも、負け戦を招いた自分の責任だと思っているのさ。だけど、それで()びれば俺が気に病む。そう思っているからあいつは何も言わないし、事ある毎に片目をからかう。本当は俺はこの傷が嫌いで、そう思う己の小ささも嫌いだ。気に病むような容姿じゃあ、ないはずなんだがな」

 がははと笑うと、彼は心情をごまかすかのように何度も盃をあおった。

 蓮はそんな惇を見つめていたが、やがて文字を刻んだ。

『触れても良いか?』

「ああ、かまわんが?」

 了承に、そっと細い指が傷に触れた。

「恐ろしくないのか?」

 尋ねる惇に首を振り、にこりと笑う。

 包み込むように傷に触れ、瞳がそれを慈しんだ。

 ――愛らしいな。

 そんな蓮を見ていると、さすがに心の揺れる思いだった。

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