表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
91/138

九十.

 嘉は、ふたりの合奏を聴きながら、自分は果報者だと思った。

 卓越した楽の技巧も、見事な詩歌も、君の良く通る声も、全てが秀でている上に奏者の息がぴたりと合っている。これだけのものを聴く機会は、そうは訪れないだろう。

「奉孝。そちも加われ」

 一曲終えると君は笑ったが、嘉は慌てて首を振った。

 このふたりの演奏を聴いて割り込める才など、自分にあるわけがない。

「奉孝は良い声をしているのに惜しいな」

 そんな事を言われたのは初めてだったが、蓮もそう思っているらしく、傍らでにこにこと笑う。

 蓮は彼の声が大好きだった。

「なんだ。蓮は(わし)の声が好きだと申したではないか」

 少し不満そうな声にもまた、蓮はうんうんと(うなず)く。

 蓮は、操の声も大好きなのだ。

「……そなた、孤と奉孝とどちらが好きなのだ?」

 そんな事を問う君に嘉は呆れる。

 比べてどうするのだと思った。

 それは、訊くだけ馬鹿らしいというものだ。

 蓮もそう思ったのだろう。

 ちょっと()ねたような視線を投げると、すっと嘉にしなだれてみせる。

「蓮……」

 操は哀しげな顔で名を呼んだきり、言葉が続かない。

 どうやら、本気で衝撃(ショック)を受けたらしい。

 くすりと蓮はそんな操を笑い、腕を廻した。

「孤も蓮が一番だ」

 抱き留め、頬を寄せるその様に、嘉は呆れて盃を取り上げた。

 ――やってられないよ。

 当て付けられたようで、さすがにおもしろくない。

「蓮。奉孝が拗ねておるぞ」

「拗ねてなどおりません」

 ぶすりと反論する嘉に君は声を上げて笑い、蓮はやわらかな笑みを(こぼ)しながらその手を取った。

『あなたに(かな)う人などいない』

 どういう意味なのかと視線を返す嘉に笑みを残すと、蓮はふたりに向かって礼を示した。

 それから胸に手を当て、にこりと笑う。

 心を込めて弾く。

 そう言っているのだろうか。

 弓を(つが)えた蓮はひとつ息を整えると、それを引いた。

 音色が変わった。

 操は思った。

 それは、彼でさえまだ聴かぬ、蓮の極意だった。

 (ほとばし)るような音の波に感情を揺さぶられ、嘉も思わず涙を零しそうになる。

 息を詰めてそれを聴いていたふたりは、曲が終わると呪縛を解かれたように吐息をついた。

「……凄いな。()がれるような情熱に身を切るようなせつなさ。片恋の曲か?」

 操の言葉に、蓮の(かお)がぱっと輝いた。

 まさに、その通りだったようだ。

「なぜ片恋の曲を選ぶ」

 少し不思議に感じて尋ねると、蓮は両腕で彼らを示し、胸に手を当てた。

 ふたりに片思いだと言うのだろうか?

 意味が解らず彼らは視線を交わし、首を傾げる。

 蓮はただ笑い、それ以上は何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ