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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
89/138

八十八.

 そのままふたりは府へ戻り、またそこでの日々が始まった。

 少し落ち着くと操は郭嘉を室へと召し、蓮と共に酒を酌み交わした。

「このような高価なものを……」

 振舞われた葡萄酒に嘉は戸惑う。

 遥かな地からもたらされるそれは、一斗を賄賂として献上した者に、一国が与えられたとの逸話があるほどの高級品である。

「これの好物でな」

 操が笑う。

 差し向けられた盃に少年は脣を(くちびる)寄せ、ためらいも見せずにこくりと飲み干した。

 やはり蓮は贅に慣れていて、こういった目新しい物を好む傾向があった。伝わったばかりの石榴(ざくろ)無花果(いちじく)なども、与えると(よろこ)んで食べる。

 蓮からせがむわけではないのだが、その様が愛らしく、操もつい次を思ってしまう。

 あまり贅を好まぬ操がこうなのだから、豪奢を持って知られた董卓などは、それこそ湯水のように金を使ったことだろう。

 褒姒(ほうじ)と思うかと尋ねられた際、その思いつめた様子に冗談に紛らせはしたが、正直、傾国の麗人というのはまさに存在するのだなと、蓮を見ていると思う。

「今日は祝いの酒だ。良いではないか」

 細かい事を言うなと操が笑う。

 それが問題なんだよなあ……

 嘉は思った。


 このたびの戦では張繍を叩きはしたものの、討ち滅ぼすまでは至らなかった。

 にもかかわらず、祝いとはなんなのか。

 この正月に軍師祭酒の役職が設けられ、嘉は正式にこれを任じられたのである。

 あんまり身に余ることをされてもなあ……

 ちょっと後ろめたくも思ってしまう。

 それを口に出せばこの君のことだ。何が身に余ると笑うだろうが。

 あれこれ気を廻していた嘉も、それを口に含んで思わず憂いを忘れる。

 芳醇な香りと濃厚な風味は、水っぽいこの国の酒とは段違いであった。

「美味いであろう? 我が国の醸造技術は未熟だ。酒にはまだまだ改良の余地があるな」

 異国の酒を味わいながらそんな事を考える君に、嘉はいまさらながらにさすがだと思う。

 が、同時に笑いも漏れて、蓮と瞳を交わし笑いあった。

「なんだ?」

 そんなふたりに操が問う。

 くすくすと笑いを残したまま蓮は弓を取り、弦に(つが)えた。

「相変わらず良い音ですね」

 君のようにはそちらに明るくない嘉であるが、やはり蓮の楽には聴き()れる。

主公(との)の琴も素晴らしいですが、これはまた格別ですな」

「ふふ。この音に(かな)わずとも、さすがに悔しうはないな」

 しばらくふたりは音曲に聴き入り酒を楽しんでいたが、やがて操もそれを放し、琴を取り上げた。

「蓮、合わせよう。何が良い?」

 尋ねる操に蓮の脣が(こた)える。

「蓮は(うた)が好きだな」

 蓮のそれに笑って了承を示すと、操は琴を()き鳴らしながら歌い始めた。


  對酒當歌   酒に(むか)いて(まさ)に歌うべし

  人生幾何   人生幾何(いくばく)

  譬如朝露   (たと)えば朝露の如し

  去日苦多   去る日の(はなは)だ多し


  慨當以慷   (がい)して当に()って(こう)すべし

  幽思難忘   憂う思いは忘れ難し

  何以解憂   何を以って憂いを解かん

  唯有杜康   唯杜康(さけ)有るのみだ


  青青子衿   青青たる(きみ)(えり)

  悠悠我心   悠悠たり我が心

  但爲君故   (ただ)君が為故に

  沈吟至今   沈吟して今に至れり


  呦呦鹿鳴   呦呦(ようよう)と鹿は鳴き

  食野之苹   野の草を()

  我有嘉賓   我に嘉賓有らば

  鼓瑟吹笙   瑟を鼓し笙を吹かん


  明明如月   明明として月の如き

  何時可掇   何れの時にか(ひろ)うべし

  憂從中來   憂いは(うち)より来たり

  不可斷絶   断つすべもなし


  越陌度阡   (ひゃく)を越え(せん)(わた)

  枉用相存   ()げて()って相存す

  契闊談讌   契闊談讌(けいかつだんえん)して

  心念舊恩   心に旧恩を(おも)


  月明星稀   月明らかに星(まれ)

  鳥鵲南飛   鳥鵲南へ飛ぶ

  繞樹三匝   樹を(めぐ)ること三匝(みたび)

  何枝可依   (いず)れの枝に()るべきか


  山不厭高   山は高きを厭わず

  海不厭深   海は深きを厭わず

  周公吐哺   周公は()を吐きて

  天下歸心   天下は心を()したり

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