八十七.
明けて操は許の郊外へと足を伸ばし、寮の者達の揚げる凧を共に眺めた。
木、竹、皮、布、そして紙。
様々に工夫を凝らしたそれらが、やわらかな初春の空にひらひらと舞うたびに、蓮は手を叩いて眩しそうに薄青を見上げる。
しきりにそれを指差す蓮に、自分も揚げたいのかと思ったら、蓮もああやって飛べないのかと言うのだ。
おもしろいのお……
操はそんな蓮に瞳を細める。
「飛べるものなら孤も飛びたいものだ」
笑う操に蓮は察した様子で、ちょっとつまらなそうに凧を見上げた。
「いや。夢物語ではないかもしれんぞ。大凧に乗って空を飛んだ話も確かあったな」
『じゃあ、蓮より大きい凧を造ったら飛べる?』
「事はそう簡単ではなかろうがな。可能性がまるきり無いわけではあるまい」
きらきらと輝く瞳が愛らしい。
「そうだな。人もいつか空を飛べるようになるのかもしれぬな」
漢王朝が一時途絶え、新と言われた時代に、簒奪者の王莽によって飛行法が試され、百歩の距離を成功したと書物は伝える。
それよりももっと長く、そして高く、人はいつか空を飛ぶのだろうと、雄大なそれを瞳に捕らえながら操は思った。
蓮の感性には限りがない。
水面を進む水黽の姿に水の中に足を入れ、なぜ自分には出来ないのかと不思議がり、凧と同じように自らも空に上がれると思う蓮は、少しおかしいのだと人に言われるだろう。
だが、何事にも枠を設けないこういった思考が、やがて大きな進歩へと人を導くのではなかろうか。
蓮のまっさらな部分を大切にしてやりたい。
そんな思いが少年を眺めるまなざしに滲んだ。
ちなみに、賭けの勝者の肩車は操に却下された。
代わりに自分がしてやろうと提案したのだが、今度は蓮が真っ赤になって首を振った。
司空たる位にある人が何を言い出したのかと、周囲も凍りつく始末である。
つまらんぞ……
人並みに分別を見せる蓮が、ちょっぴり物足りない操であった。