八十六.
「蓮は、お前様が戦に出た後体調を崩してな。風邪と侮ったのが悪かったのか、こじらせてしまって薬師に診せたのだよ。そうしたら……」
婆は一度言葉を切り、首を振った。
「この子は、心の臓が悪いのではないかと……」
「……なんだと?」
「これまでに自覚が無ければ一過性かもしれぬ。このまま症状が落ち着いて行くようなら大事ないから、良く養生させるようにとは言うておったよ」
「蓮はなんと言っている?」
婆が再び頭を振った。
「実はまだ話しておらぬのだ。蓮は、ああして振舞ってはみせるが、まだまだ多くを思い悩んでいるし、自身の事で精一杯なのだよ。面と向かって告げて良いものか、婆は迷うておるのだ」
それで、操にゆだねたいと言うのだろう。
操は、思い悩むようにしばし口を閉ざした。
「婆から見て蓮の様子はどうだ」
「婆の目には元気そうに見えるよ。ただ、蓮はこれまで無理に無理を重ねて来た。躰を壊していてもおかしくはないのだよ。そもそも枕童なんてものは節理に反しているんだ。人の手で造られるあの子達は、負担が大きいのか、そう長くは生きない。心を病んでしまう者や、自ら命を断つ者も多い。蓮にもその気はあっただろう? それをようよう脱して、これからではないか」
婆は嘆かずにはいられない。
「婆も十分心に留め置くが、孟徳様もあまり寝間で無理をさせてはくれるなよ。蓮は少し淫の質が強いようだから、お前様が気を付けてやらねばならないよ」
「なんだ。そっちの心配か?」
「心配もするさ。好色なお前様と、淫の深い蓮とは、神さんも良くもまあ、お引き合わせになったものよ」
婆にしか言えぬ事だと、操は苦笑いを浮かべる。
「お前様も辛いだろうが、症状が続くようなら難しいそうだよ。蓮が隠しているのでなければ良いが……」
「婆」
気配を察し、操が制する。
そこにカタリと扉が開かれ、蓮が駆け込んで来た。
操に飛びつき、膨れる。
自分を置いていなくなるなと拗ねているのだ。
「すまん、すまん。それならもうひと合わせ願いますかな?」
おどけて笑う。
「だが、蓮。あまり過ごすと起きられなくなるぞ。凧揚げを見るのだろう?」
操の言葉に、蓮はそのまま固まった。
が、突然すくりと立ち上がると、くるりと背を向ける。
どうやら、操より凧を採ったようだ。
「おい、蓮。なんだそれは」
慌てたのは操だ。
引き止めようと声を上げるが、蓮は振り返りもせずにすたすたと戻って行く。
「すまん。孤が悪かった。これ、孤を置いて行くな」
――アレまあ。孟徳様としたことが。
追い縋るあられもない姿に呆れ、婆は口元を覆った。
込み上げて来る笑いを袖で押さえながら、心の内へ呟く。
蓮はあんなに元気そうだもの。きっと大丈夫だと。
僅かに残る影を払うように、婆は滲んだ涙をそっと拭った。