八十五.
「泣かれただろう?」
牀を離れて夜半の隣室へ戻って来た操に、婆が笑った。
彼女はずっと操を待っていたのだろうか。何やら話のありそうな様子だった。
「思えば蓮も可愛そうな子だよ。さんざん好きでもない男と臥所を共にして、想い人が出来れば今度は待つ身だ。泣きもするさ」
「どうした。婆らしくない物言いだな」
「……すまぬ。お前様にこんなことを言うてはならんと、婆も良う解っておるのだ。何より、孟徳様が一番蓮といたいのだもの」
「それでも言わずにおられぬほど、蓮は寂しがっているか。だから婆は、奉孝に文を頼んだのだな」
寮の者達がああして凧だ賭けだと騒いでみせるのも、蓮を慰めたい一心なのは察しがついた。
「やはり婆の仕業とお気付きだったかえ。蓮は孟徳様が戦に出ると、毎日毎日いつ戻るとも解らぬお前様を想って、泣きそうな貌で空を見ている。あんまり哀れで婆がお願い申したのさ。あの方とてお勤めでご多忙であろうに、嫌な顔なさらず、ああして折々に知らせておいでだ。どうか、咎めてくださるなよ」
「何を咎める。もう少し面白味のある文を書けと叱ろうか?」
そんな冗談を言って笑う。
操とて、それが彼流の配慮なのは解っていた。
主の寵童へ親しげな文を何度も贈れば、周囲の聞こえも悪かろう。表向き、婆宛の近況報告の形を取ったのは、極々当然の事であった。
「あんな簡素な文でも蓮にはよすがだ。何度も何度も読み返しては、お前様の無事を確かめて、ようよう自分をなだめていたよ。蓮はお前様の前ではああして振舞ってみせたが、城下に入った孟徳様を、人垣の中からやっと眺めて泣いていた。さっきだって、本当は泣いて縋りたかったのさ。でも蓮は、孟徳様をお引き留めしてはならぬと自らに言い聞かせている。それが、婆には、辛い……」
婆はそう言って、滲んだ涙を拭った。
「孟徳様。婆がお前様に言った事を、覚えておいでかい?」
「うん?」
どの話かと操は思う。
婆はしばらく何やら考えていたが、やがて意を決したように話し始めた。