八十四.
「そなた。また少し背が伸びたのではないか?」
室へ入るなり操は言い、それを確かめるように蓮を眺めた。
ひと月と少しなのに、そんなに変わるかしらと、自覚のない蓮は首を傾げた。
「これは直に孤を追い越すぞ」
操は複雑な笑みを頬に浮かべながら腕を伸ばし、蓮を傍らへと導いた。
「しかし、良く孤の戻りが解ったな。誰ぞ見張りにでも立たせたか」
帰ったその足で訪ねたいのが本音であるが、それなりに責任もあり事情もある操は、今日か明日かと蓮を待たせるのも可哀想な気がして、逢える日が確定するまでは、帰還さえ知らせずにいた。
だが今回は、今日はこそは行ける、明日は必ずと、ずるずる時を過ごしてしまい、無事で戻っている事くらいは知らせてやれば良かったと、案じてくれているであろう蓮の心情を思った。
しかし、蓮のほうはとうに操の帰りを知っており、その凱旋を見物にまで行ったと言う。
情報の出所を思って首を傾げる操に、蓮は婆と視線を交わして笑い合った。
「なんだ?」
その促しに、蓮が婆に頷く。
「奉孝殿だよ。戦場から、何くれと近況を知らせてくれての」
「何? 奉孝が文を寄越していたと言うのか?」
にこにこと笑う蓮に、さすがに相手がお気に入りの郭奉孝でも、めらめらと嫉妬の炎が燃える。
「なんだ。恋文でも附け届けていたか」
「なんですよ、孟徳様。下世話な事言うて」
呆れる婆に蓮が視線を送る。
見せてあげてと言っているのだ。
婆はそれに頷いて立ち上がると、数通の竹簡を操へと差し出た。
「どれもくそおもしろくもない、近況報告ばかりではないか。あれも存外朴念仁だな」
それに目を通しながら操は憎まれ口を叩く。
どれもが簡素な文面で、全て操の事ばかりだった。
“主公はご機嫌麗しく、お健やかにてお過ごしなれば、どうぞご心配なさいますな”
もう立ち退く。許へ向けて出立した。あと幾日で着く。
そんな報告に併せ、似たような言葉が毎回綴られている。
とにかく君は元気だから心配するな。それに始終していた。
「こんな文ではおもしろうないではないか」
そこに込められた思いが伝わり、少々感傷的になった操は、それを打ち払うように敢えてそんな言葉を口にする。
「蓮は嬉しそうに、何度も何度も読み返していたぞ」
婆が笑ってやり返した。
「そなた、文が欲しいのか? それなら孤が想いの丈を記して贈ろう。こんなつまらん書ではなく、濃厚な恋文だ」
どうだ? と頬を寄せる操に、蓮がころころと笑う。
「良し。では次の戦では必ず出そう」
操が約すと、嬉ぶと思った蓮の貌から笑みが消えた。
「どうした?」
瞳を覗き込む。
少年は首を振ったものの、泣きそうな貌で差し俯いた。
「やれやれ。戻ったばかりで、もう次の戦の話とは。主公もせっかちな方よな」
婆は蓮の気持ちを汲んだのだろう。そう言って、大業に溜め息をついてみせる。
明るく振舞ってはいても、操の不在がこたえぬわけがない。
行くなとは言わなかったが、蓮の指は引き留めるように操の衣を握っていた。
「……すまぬ。朴念仁は孤だな」
操は蓮に腕を廻すと、そっと抱き締める。
「蓮。逢いたかったぞ。孤はもう焦がれるほどにそなたを想っておるのだが、良いか?」
吐息をつくように甘く囁く。
蓮は腕を廻してしがみつくと、そっと操の耳朶を脣に含んだ。