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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
85/138

八十四.

「そなた。また少し背が伸びたのではないか?」

 室へ入るなり操は言い、それを確かめるように蓮を眺めた。

 ひと月と少しなのに、そんなに変わるかしらと、自覚のない蓮は首を傾げた。

「これは(じき)(わし)を追い越すぞ」

 操は複雑な笑みを頬に浮かべながら腕を伸ばし、蓮を傍らへと導いた。

「しかし、良く孤の戻りが解ったな。誰ぞ見張りにでも立たせたか」

 帰ったその足で訪ねたいのが本音であるが、それなりに責任もあり事情もある操は、今日か明日かと蓮を待たせるのも可哀想な気がして、逢える日が確定するまでは、帰還さえ知らせずにいた。

 だが今回は、今日はこそは行ける、明日は必ずと、ずるずる時を過ごしてしまい、無事で戻っている事くらいは知らせてやれば良かったと、案じてくれているであろう蓮の心情を思った。

 しかし、蓮のほうはとうに操の帰りを知っており、その凱旋(がいせん)を見物にまで行ったと言う。

 情報の出所を思って首を傾げる操に、蓮は婆と視線を交わして笑い合った。

「なんだ?」

 その促しに、蓮が婆に(うなず)く。

「奉孝殿だよ。戦場から、何くれと近況を知らせてくれての」

「何? 奉孝が(ふみ)を寄越していたと言うのか?」

 にこにこと笑う蓮に、さすがに相手がお気に入りの郭奉孝でも、めらめらと嫉妬の炎が燃える。

「なんだ。恋文でも附け届けていたか」

「なんですよ、孟徳様。下世話な事言うて」

 呆れる婆に蓮が視線を送る。

 見せてあげてと言っているのだ。

 婆はそれに頷いて立ち上がると、数通の竹簡を操へと差し出た。

「どれもくそおもしろくもない、近況報告ばかりではないか。あれも存外朴念仁だな」

 それに目を通しながら操は憎まれ口を叩く。

 どれもが簡素な文面で、全て操の事ばかりだった。

 “主公(との)はご機嫌麗しく、お健やかにてお過ごしなれば、どうぞご心配なさいますな”

 もう立ち退く。許へ向けて出立した。あと幾日で着く。

 そんな報告に(あわ)せ、似たような言葉が毎回(つづ)られている。

 とにかく君は元気だから心配するな。それに始終していた。

「こんな文ではおもしろうないではないか」

 そこに込められた思いが伝わり、少々感傷的になった操は、それを打ち払うように()えてそんな言葉を口にする。

「蓮は嬉しそうに、何度も何度も読み返していたぞ」

 婆が笑ってやり返した。

「そなた、文が欲しいのか? それなら孤が想いの丈を記して贈ろう。こんなつまらん書ではなく、濃厚な恋文だ」

 どうだ? と頬を寄せる操に、蓮がころころと笑う。

「良し。では次の戦では必ず出そう」

 操が約すと、(よろこ)ぶと思った蓮の(かお)から笑みが消えた。

「どうした?」

 瞳を(のぞ)き込む。

 少年は首を振ったものの、泣きそうな貌で差し(うつむ)いた。

「やれやれ。戻ったばかりで、もう次の戦の話とは。主公もせっかちな方よな」

 婆は蓮の気持ちを()んだのだろう。そう言って、大業に溜め息をついてみせる。

 明るく振舞ってはいても、操の不在がこたえぬわけがない。

 行くなとは言わなかったが、蓮の指は引き留めるように操の(ころも)を握っていた。

「……すまぬ。朴念仁は孤だな」

 操は蓮に腕を廻すと、そっと抱き締める。

「蓮。逢いたかったぞ。孤はもう()がれるほどにそなたを想っておるのだが、良いか?」

 吐息をつくように甘く(ささや)く。

 蓮は腕を廻してしがみつくと、そっと操の耳朶(じだ)(くちびる)に含んだ。

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