八十二.
いよいよ明日は発つ夜。
操は府の室で蓮と過ごした。
今回はここで送ると言う蓮に、操はこの夜を割いた。
多忙な操が寮へ送って行く時間をなかなか取れないのを、蓮は気遣ったのではなかろうか。
そう心配する操に、迎えには必ず来てねと蓮は笑う。
わきまえたようなその物言いが、操には物悲く響いた。
この先蓮が大人びて行くたびに、自分はこんな思いを抱くのだろうか。
――急がないでくれ。
蓮を抱き締めながら操は思う。
ただ腕の中へ留めて置きたいだけなのか、別に理由があるのか操自身にも判らない。何やら飛び立って行きそうな気がして、少し怖かった。
この朝はひとしおに名残が惜しまれてならず、操はギリギリまで蓮を腕から離さなかった。
刻限を婆に促され、ようやく接吻けをひとつ残して室を出る。
後は甲冑を着け、府を出るだけだった。
許へ遷都した当初は、出陣の際には帝に儀礼を通し、操も挨拶に訪った。
だが、今はいっさいそれを行わない。
軍装する三公に対し、武器を携えた近衛を両脇に並べ、交差させた戟に頸を挟んで歩ませる。そんな恐ろしいしきたりを朝廷は復活させた。
さすがに喉元へ刃物を突き付けられては、冷や汗も流れる。
操はそれ以来、どんなに帝が望んでも参内しなくなった。
長らく廃れていたこの儀式を復活させ、操に圧力を掛けたのは、かの董承である。
虎の尾を踏むとは、まさにこの事だった。
喧嘩を売った相手がどれだけ恐ろしい男なのか。それに思いの至らぬ董承は、いずれ自ら好機を与えてくれるだろう。
その時には、一族諸共根絶やしにしてやろうと、操は心に決めていた。
その出陣を表には出ず、ひっそりと気配だけで見送った蓮は、まもなく婆と共に寮へと下がった。