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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
81/138

八十.

 厚く立ち込めた雲の隙間から、透けるような陽の光が降り注いでいた。

 灰色に(よど)んだ暗い冬の景色の中で、斜めに光を(にじ)ませたその部分だけが幾分寒さを和らげる。

 (こずえ)に停まっていた鳥が、光の帯を縫うように重たい空へと羽撃(はばた)いた。

 飛び立って行った細枝からさらさらと雪が(こぼ)れ、仮宿の根元に小さな白い山を残した。

「見掛けぬ鳥だな」

 背後に足を止めた男は、同じ景色を眺めていたのだろう。

 飛び行く先を追うように嘉の横に並ぶと、心持ち身を乗り出して空へと視線を流した。

「名を知っているか?」

 問いに、嘉は小さく首を振る。

「私が知っている鳥など、雀か烏くらいです。お尋ねになりませんように」

「まさか、それだけということもあるまい」

 愉快そうに(からだ)を揺すって君が笑った。

 すこぶるご機嫌がよろしいらしい。

 口元をほころばせながら、どんよりとした雲を見つめる。

「晴れるわけでもなさそうだな」

 どうして、そんな明るい瞳でこの空を映せるのかと、嘉は、今にも降り出しそうな気配を寒々と見上げた。

「まだ降るでしょうか」

「何を思案しているかと思えば、雪の心配か?」

「そうは言っても、こう毎日寒くてはかないません」

「冬とは寒いものだろう」

 この人らしい物言いで嘉をからかうと、にやりと視線を向ける。

「それに、冷え込む日もまた良いものだぞ。あれが寒がって甘える」

 からからと楽しそうに笑いながら、君が(きびす)を転じた。

 ――ホント、解り(やす)い人だよな。

 零れそうになる笑いをこらえながら、嘉もその後に続く。

 寒さに(かこつ)けて蓮に(まと)わり附いているのは、実は主公(との)のほうだったりして……

 その様がありありと想像出来て、再び笑いが込み上げる。

 なんとなく、こちらのほうが有りそうな気がした。


 のんびりとした足取りに(したが)って入った公室には、すでに幾人かの謀臣達が(つど)っていた。

 挨拶を受けるその様子に君の上機嫌は一目瞭然で、程仲徳などはすぐさまにやついた笑いを浮かべる。

「本日はまた一段とご機嫌麗しく、まさに祝着至極にございますな」

 少々意を含んだその物言いにも、君から返ったのは満面の笑みであった。

 そこへ、荀文若が入って来た。帝の秘書官ともいえる重責にある彼は忙しい。

「遅くなりまして」

 いつもの通り、身分の上下にかかわらず、集った者達と丁寧に挨拶を交わした後、ふと(イク)は君の傍らへと視線を止めた。

「蓮殿は?」

 ――それを訊くか?

 おおよそを察して口を(つぐ)んでいた周囲が顔をひきつらせる。

 思わず上がった制止の声にも、ひとり彼だけが、きょとんとしていた。

 どうしてあれだけ頭が切れるのに、こういう事には(うと)いんだよ……

 嘉も、くらくらと目眩(めまい)のする思いだった。

「ん? 蓮か? あれはまだ夢の中で(わし)に抱かれておるよ」

 そんな彧をからかうように、にやりと君が笑った。

 ようやく意味を悟ったのだろう。さっと丹精な(かお)蒼褪(あおざ)める。

 ああ、もう……

 嘉は思わず額を押さえた。

 文若殿もどうかと思うが、主公も主公だ。相手がようよう蓮を受け入れているのを承知で、この仕打ちである。荒治療のつもりかもしれないが、これでは抵抗を募らせるだけではないのか。

 そして、過敏な蓮がそれに傷つかねば良いのだが……

 本気で頭が痛かった。

 大方の者は素知らぬ振りを決め込んだ様子だが、程仲徳あたりはにやにやと無遠慮な視線を向け、拒絶するように顔を背ける当人との間で、荀公達がはらはらとそれを見守っていた。

 それぞれの反応を(たの)しむように君は視線を巡らせていたが、やがて笑みを残したままのそれを開いた。

「皆を集めよ。これより軍議を行う」

 はっとして嘉はおもてを上げた。

 君と視線が合う。

 嘉は一瞬のそれを受け止めると、他の臣共々、謹んで拝を取った。

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