七十五.
『操がこの先蓮をどうしようと全部従う。決して文句は言わない。だから、最後に訊いても良いか?』
「……なんだ?」
『操は、蓮が蓮でなくなっても愛してくれるか?』
「何を言っている。蓮は何になると言うのだ」
『子供ではなくなる。そうしたら操は蓮を嫌いになるか?』
このまま歳を取ったらとは訊けなかった。
蓮はもう、稚児としては終わりを迎える。
自分が大きく変わりつつあるのを、漠然とではあったが感じていた。
泣くまいと思っても、不安が溢れて頬を濡らした。
「蓮は自分が歳を取る事ばかり考えているようだが、孤も一緒に取るのだぞ? 孤のほうこそ、そなたに捨てられるのではないかとびくびくしておるわ」
操は笑いながら蓮を抱き寄せ、腕を廻した。
「のお、蓮。そなた十年経ったらいくつになる。まだ二十代であろう? 奉孝を思い出してみろ。魅力的な男だろう?」
「さらに十年。蓮は三十代半ばだ。そなたが見初めてくれた操は、まさにその年頃だった。ふふ。良い男であっただろう」
「二十年も経てば孤はもう六十を越える。生きておるかも判らん爺だ。蓮に捨てられて、墓の中で泣いているかもしれんな」
そんな操をぽかんと蓮は見上げていた。
考えてもみなかったのだろう。そこが蓮らしかった。
「そなたは貌立ちも整っておるし、背もまだまだ伸びる。きっと美い男になるぞ。孤は気が気では無くて、やきもちばかり焼いているかな。もっと自分の可能性を考えてみろ。学問がしたければ良い師を就けよう。このまま楽の才を磨くのも良い。この孤が傍にいるのだ。蓮はなんだって出来る。そしてな、決して焦る必要などないのだ。ゆっくり考えてじっくり時を過ごせ。鈍間でも良いではないか。人は五十からでも、何かやろうと思えば出来るのだぞ」
蓮は指を広げてじっと見つめた。
ふと、操を見上げる。
『操はいくつ?』
「そなたが五十になったらか? これはもう、仙人でも目指すかな」
呵々と笑う。
「まだ先は長いのだ。今少し孤の腕の中におれ。あんまり早く独り立ちしてしまうと寂しいよ」
蓮を抱き締め、頬に自らのそれを寄せる。
「有りのままで良いではないか。いくつになったら元服だとか、生まれで定められる生き方だとか、そんなもの、誰が決めたのだ。清廉、廉潔と口では言うが、綺麗事だけの人間など虚無だ。人とはもっと泥臭く、貪欲で奔放なもんだ。官職に就くには必要だったから学んだが、形式ばかりで役にも立たんしきたりの多さに、孤は目眩がしたぞ」
『操はどんな子供だったの?』
「孤か? 孤はもう見ての通り、根っからの放蕩息子さ。闘犬に狩りに女遊び。盗人もしたな。親父は泣いていたよ」
『阿婆も知ってる?』
「ああ。婆は孤が悪さをすると、棒を振り上げて鬼のような形相で追い回すのだ。孤は主家の若君様だぞ。普通有り得ぬであろう?」
操が笑う。
そういう人だから、祖父が自分のもとへ寄越したのだ。
「翠は蓮に優しくしてくれるだろう?」
蓮が頷く。
「それはな、蓮が良い子だからだ。皆、そなたの事が大好きだよ」
ひとつずつで良い。
少しずつ何かを超えて、そのたびに自分に自信を持って行けたなら、蓮はきっと前へと進める。
それを見守るのは永遠に自分であって欲しい。
操は思った。