七十四.
「人の生き死には全て天命だ。孤もいずれ死のうが、それが近いことであったとしても、蓮のせいだとは思わぬよ。呂布もそなたを抱いたと聞いて、がぜん戦にやる気が出たがな。まあ、これは、ただの悋気とも言うが」
『操もやきもちを焼くのか?』
「意外か? 孤は独占欲の強い、わがまま者だからな」
『知らなかった。蓮だけだと思った』
「そなたがか? 蓮はいったい何に嫉妬すると言うのだ」
本気でそんな事を尋ねる操に、蓮は頬を膨らませた。
『操は蓮が嫉妬しないと思っているのか。蓮だって操を独占したい。でも、それは望めない』
「何を言っている。孤にはそなたひとりだぞ」
言ってから、ああと声を上げる。
「奥の女達の事か。そうだったな。孤は、あの者達とそなたを並べて考えておらんのだ」
参ったなと操は思う。
寵を競う事さえ考えもしなかった蓮が、こんな話をする日が来るとは。
嬉しいような気もするが、やはり困る。
まさか、女達と手を切るとも言えないではないか。
「……そのな、やはり嫌か?」
『蓮は言えない』
首を振る。
「詭弁かもしれぬが、孤は確かに女好きで気が多いが、蓮はそれとは別なのだよ。ううむ。上手く言えぬな……」
操は言葉を探して天を仰いだ。
「とにかく、蓮は女達と自分を同列に考えてはいかん。そなたはそなただ。良いな?」
――何が良いんだ?
ぎろりと蓮が操を睨む。
――それはそれ。これはこれって事かよ。
愛らしい脣を尖らせる蓮に、操は完敗だった。
「すまぬ。許してくれ」
がっくりと頭を垂れる。
もう……
蓮は苦笑ってそんな操を抱き締める。
ずるいなあと思う。
これでは操を責められない。
操。大好きだよ……
心の中で囁き、蓮はしばし瞳を閉じた。
やがて躰を離し、彼の手を取る。
『蓮は操を許す資格なんてない。蓮はこれまでの事をどうしようもないけれど、それでもあなたの傍にいたい』
ぽたぽたと涙を落としながら文字を綴った。
そこには許しを請う言葉はない。蓮は、それさえ出来ないのだ。
「そなたの気持ちは良く解った。ただしこれだけは言っておく。蓮は決して穢れてなどいない。それだけは忘れるな」
操は少し躰を離すと、正面から蓮を見つめた。
「良いか。この曹操が蓮の全てを許す。これまでも、これからもだ。そなたの罪は全て孤の罪だ。蓮への罰は全て孤が負う。その代わり、孤はそなたを独占するぞ」
蓮は涙を零しながら頷く。
ありがとう……
脣が感謝を告げた。