六十一.
「朝臣とは多かれ少なかれ、搾取に責を負う者だ。その身でそなたを責め立てる性根が気に入らぬな」
伝わる苛立ちに、蓮は小さく身を縮めた。
「孤がいったいどれだけの人間を殺して来たか、蓮は知っているか」
『それは戦だから……』
「戦なら良くて、搾取なら悪いということはない。人を殺める事に変わりはないのだ。それは孤の罪であって、孤の臣や、実際に手を下した兵達のものでさえない。蓮の言っている事は、それに等しい。それは、そなたの罪ではない」
言い切る操に蓮は貌を上げた。
その頬を拭いながら、彼は続けた。
「こんな時に聞かせる話ではないが、孤はかつて戦において、数多の罪なき人々を殺めた。我が軍の通った後は鶏の鳴き声ひとつ聞けず、殺された者達の遺体で、泗水の流れが堰き止められたと言われるほどの惨状だった。孤は恐ろしい男であろう。父を殺した者が、徐州の牧の配下だっただけの事だ。そこに住まう者達には、何の罪もないものをな」
『父君のための戦だったから?』
「そうだ。孤は父の仇討ちのつもりだった。それは、万人が認める大義名分であるはずだった。だが、そうならなかった。なぜか解るか? そこにあったのは孝の気持ちでもなんでもない。自らへの怒りだったからだ」
父の崇は官位を金で買った。帝御自らが売りに出したとはいえ、明らかな不正に手を染めたのは、全て操のためだった。父は操を“宦官の孫”ではなく“太尉の息子”にしたかったのだ。それが解っていたからこそ、余計に操は苛立ちを覚えた。
それでいて、操が挙兵のために軍資金を集めていると知っても一銭も出さない。そういう人である。もとより親の金などあてにしていないから、家財を売り払った。
自分は父とは違う。
不正や違反に対する厳しい態度の内に、その思いがなかったとは言わない。
それでも年月を重ねれば、子供染みた蟠りなど馬鹿馬鹿しくもなり、全てを流して孝行しようと思った。
勝手放題ばかりで苦労をかけた父親である。その愛妾も、母の違う歳の離れた弟も、全て引き受けるつもりで呼び寄せた。
その当時、崇がいる徐州を治めていた陶謙は、袁紹と敵対関係にあった。兗州牧を名乗っていたが、まだ朝廷から正式に任官されておらず、表向きは袁紹に任じられた東郡太守の立場であった操は、父を陶謙の人質に捕られる恐れもあった。
操が拠点を置いていた鄄城へ向かう途中で、父の一行は惨殺された。
戦火を避け、のんびり暮らしていた父をわざわざ呼び出し、命を落とさせた自分の判断を深く悔やんだ。
己への怒りは凄まじく、制御出来ないほどの嵐となって徐州へと傾れ込んだ。
「孤は己の不甲斐なさ、至らなさへの怒りを戦に転化した。用兵にいっさいの容赦を加えず、虐殺も略奪も制さなかった。その矛先が向かったのは罪もない民百姓だ。天が非難して当然なのだよ」
蓮はそっと操の胸に頬を寄せた。
出口を求めた愛情が上げる、悲痛な叫びが聞こえるようだった。
蓮は父と謂うものを知らない。
肉親に対する情も、それがもたらす喜びも哀しみも、蓮には解らない。
ただ、操の想いは直接心に流れ込んで来る。
この人は父親を深く愛していた。
けれども、その想いは伝えられぬままに永遠に閉ざされてしまったのだ。
「話が逸れてしまったな。続きを聞かせてくれぬか」
蓮を受け止め、髪を撫でる操に、蓮は小さく頷いたが、しばらく手を止め考え込んだ。
『あのね。蓮はわからないことだらけだけれど、操を好きなことだけはちゃんと解るのよ。天が操を非難しても、誰が操を非難してもね、蓮は操が大好きだよ。上手に言えないのだけれど、ずっとずっと大好きだよ』
「そうか……」
操はそう言ったきり、しばらく瞳を閉じた。
「そなたの想いは胸に染みるな」
静かな笑みを湛え、蓮の瞳を見つめる。
「蓮。孤も全く同じ想いなのだ。そなたの過去に何があろうと、それが誰に非難されようと、孤の想いは変わらぬ。信じてもらえるだろうか?」
蓮は顎を引いた。
溢れた想いがいくつも頬を伝って流れ落ちる。
『蓮は決して操を信じられないわけじゃないの。それだけは解って』
「解っておる。そなたの辛い気持ちは解っているつもりだ」
操の指先が優しく涙を払う。
「さあ、先を聞かせてくれ。確か董卓の話をしていたのであったな。その後からで良い。奴が死んでから蓮はどうしていた」
静かな促しに頬を拭うと、蓮は少し言葉を探してから操の手を取った。