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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
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六十.

 董卓は訪れるたびにあの手この手で蓮を追い詰め、果てまで(たの)しみ尽くした。

 あの張型を使われたのも、それきりの事ではなかった。

 だが、こんな話は操には出来ない。

 いくら彼が蓮の遍歴を知っているとはいえ、閨中での様子まで見知っているわけではあるまい。淫らなその様を知ったら、やはり軽蔑されるだろう。

 蓮は思わず(こぼ)れた涙を拭った。

 そっと操が蓮の背を撫でた。

「やはりこの傷は、あの時負っていたものだったのだな」

 蓮の小さな背には、(つら)い日々の刻印のように、やわらかな肌を切り裂いた(あと)が折り重なっていた。

「良く楽を弾かせたものだ」

 いまさらながらに操は怒りを覚える。

 楽だけではない。あの董卓のことだ。その言葉通りに、あの後散々に蓮を抱いたのだろう。

『傷が痛いのと、熱が下がらなくなったのとで、あの後しばらく()せった。そんな蓮に手ずから蜜や葡萄酒を与えて介抱してくれた。怖い人だったけれど、優しくしてくれたこともあった。蓮は時々考える。もしかしたら、蓮がきちんと気持ちに(こた)えていたら、ひどいことにならなかったのかもしれない』

「董卓の事か?」

 こくりと蓮が(うなず)く。

『あなたにも前に言われたように、董太師は不実な蓮を怒り責めた。そのころの蓮には良く解らなかったけれど、操を好きな今は、なんとなくその気持ちが解る』

 どれだけ自分が人の気持ちと向き合って来なかったか。最近になって、ようやくそれを思うようになった。

 それまでも、金品を惜しまぬ寵愛振りを見せていた董卓だったが、本気で蓮に執着するようになったのは、あの宴の後からだった。

 操が結局董卓の誘いを蹴りつけ、挙兵してからは、自分の伴いがなければ一歩たりとも室の外へ出るのを許さなくなった。

 客人の前に出すこともなくなり、戦火に追われるように長安へ移ってからは、ほとんど幽閉同然の暮らしだった。

 もともと宮中でも行動は制約されていたから、蓮はそれほど苦ではなかったが、董卓はどこかで後ろめたく思っていたのだろう。それを埋めるように、華美な衣類や宝飾品で着飾らせ、各地から山海の珍味を取り寄せては食べさせ、喜んだ。

『蓮はそのころ、もの凄い贅沢に埋もれていたけれど、それがどうやってもたらされていたのか考えもしなかった。また、それが贅沢な事なのだとさえ、解らなかった』

「知らなかったのだ。仕方あるまい」

 操の言葉に蓮が首を振る。

『無知は罪だ。蓮の着ていた(ころも)一枚で、どれだけの人がお腹いっぱい食べられたのか……。たくさんの人が亡くなったのは蓮のせいだ』

 蓮はそう記して恥じ、涙を零した。

「そなた、誰ぞにそう責められたな」

 操は蓮の話を聞きながら、腑に落ちない思いを抱いていた。

 蓮は自らがかかわった事柄について、当時は知り得なかったであろう事情にまで思考が及んでいる。

 董卓は、(ラク)陽の富豪達を無実の罪で殺してはその財を巻き上げ、歴代の帝の陵を暴き副葬品として埋葬されていた財宝をも奪い取った。さらには銭の改鋳まで行っている。

 それだけして搔き集めた富は、己と身内の享楽のために使われ、彼が築いた要塞()城には、貴品珍品の(たぐい)が蓄えられていたという。

 その董卓と、後を継いだ李(カク)と郭汜によって搾取し尽くされた長安は、戦の影響もあり、周囲の(むら)々に至るまで人々が死に絶えたと聞いている。蓮は、その事を言っているのではなかろうか。

 だとしたら、誰かが蓮の罪だとそれを突きつけたのに違いない。そうでなければ世間知らずの蓮が、自らの身を飾っていた物の価値も、その出所も、ましてや長安の顛末(てんまつ)まで知るはずがなかった。

 蓮は是非を示さなかったが、嗚咽を漏らして泣き崩れた。

 なぜそんな事をするのかと、操は怒りに震える思いだった。

 自らの身を(まも)ることさえ叶わなかったこの子に、どうしてそれが罪だと言えるのか。

 殺してやりたい。

 本気でそう思った。

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