五十.
「お躰が冷えますぞ。もう戸を立てたほうが良い」
婆の声に、操は見つめていた庭から視線を移した。
「うん。だいぶ夜が更けたな」
肩に掛けていた衣に袖を通しながら、操はもたれていた扉から奥へと座を進めた。
婆の閉ざした扉の向こうは、とっくに夜の帳に覆われ、何も見えなかった。
「蓮はどうしている」
「良く眠っているよ。あの子のあんな様は久々に見たよ」
操との情交の果てに、蓮は精根尽き果てた様子でぐっすりと眠っていた。
婆はそんな蓮が躰を冷やさぬように、夜具を掛け直して来たところだった。
「孤は、こんな形でしか安らぎを与えてやれんのだ」
操が暗いおももちを逸らし、呟いた。
蓮はもどかしく操の衣をはだけるや、性急にそれを求めた。
当然の事だが、少年の躰は男を受け入れるためには生まれついていない。蓮のように幼いころから造られてはいても、手を添えて開いてやらねば辛いし、痛みも感じるのだ。
無茶をするなと制する操に首を振り、蓮は自らそれを捕らえた。
喉を引き絞るように小さく悲鳴を上げ、瞳からぽろぽろと涙を零しながら、それでも蓮は躰を引こうとしなかった。
狂ったように操を求め、心の空白を埋めるように躰を満たし、泣いて泣いて、少年は泥のような眠りに就いた。
もうその刹那しか、蓮は現実のものとして信じられないのかもしれない。
そう思うと、操の心は痛んだ。
蓮がこの許へ来てから丸一年が経っていたが、その間の少年の成長には目を瞠るものがあった。
ここに来た当初は、見る事も聞く事も閉ざしたように、ただ俯いてそこに座していた。
脅えて従うばかりだった蓮が、やがて感情を表すようになり、文字を使う事も覚えた。
たどたどしかったそれも、今では文章で記され、蓮は時折話そうという素振りさえ見せる。
ひたすら受けるばかりで、自らの意を示す事のなかった当初からすれば、飛躍的な進歩だった。
透けるような哀艶から、あどけなさを見せるようになったその貌も、このところ随分しっかりしたものへと変わって来た。
蓮の世界は、ここへ来て、急速に拡がっていた。
だがそこには、今まで知らずに済んでいた事も含まれていた。
悔いも羨望も罪の意識も、蓮は知ってしまったのだ。
少年は時折、じっと何かを考え込むようになっていた。
蓮はもともと物を考え理解する能力を持っているのだ。そこに知識と情報がもたらされればどうなるか。操はまるでそれを思わなかったわけではない。
だが、やはり、その事を悔いてもいた。
「孤は、知らなくても良い事まで教えてしまったのかもしれぬな」
操は、婆に言うでもなく呟いた。