四十六.
操との甘い情交の果てに眠りに就いていた蓮は、はっとして目を覚ました。
その傍らに操がいない。
真っ暗な中をぐるぐると、姿を求めて蓮は捜した。
操……?
何度も何度もその名を呼ぶ。
何処へ行ったの?
蓮は混乱して泣き出した。
その腕を誰かが引いた。
誰を捜している。
首の無い男は言った。
それは、お前が創り出した幻だろう?
別の男が口だけの顔で嗤う。
誰がお前など愛するものか。
生首がカタカタと歯を鳴らして蓮の周りを飛び回った。
血みどろの男が蓮を引き倒す。
泥水の中に頭を押さえ付けられて、蓮は足掻いた。
それ見ろ。そんなに汚れているじゃないか。
けらけらと彼らが嘲った。
無駄だ。無駄だ。いくら落としても消えはしないぞ。それはお前の穢れだ。
罪は消えない。誰にも許されない。一生苦しめ。
口々に浴びせられる罵倒に打ちのめされ、蓮はその場に泣き伏した。
辛いだろう。こちらにおいで。
泣き崩れる蓮に、やがて誰かが囁いた。優しい手が蓮を導く。
ほら、あそこに行けば全部忘れられるよ。
その手が示す先には何も見えなかった。
でも、何かあるのかな……
蓮はためらいながらも立ち上がり、そっと一歩を踏み出した。
“蓮”
誰かに呼ばれた気がした。
“蓮?”
再び呼ばれ、蓮は振り返る。
誰だろう? この声を知っている気がする……
さあ、早く。
立ち止まった蓮の腕を、彼らが引いた。
「蓮!」
ぱん。と闇が弾け、突然景色が変わった。
「蓮? 蓮!」
立て続けに操は蓮を呼んだ。
突然眠りから起き上がった蓮は、牀の上で座り込んだまま、焦点の合わない瞳で闇を見つめていた。
ぽろぽろと涙が頬を伝うが、瞬きもしない。
声を掛けても何の反応も示さず、操は蓮の肩を掴んで強く揺さぶった。
重ねて名を呼ぶ操に、微かにその瞳が動いた。
「蓮? 解るか? 蓮!」
さ迷っていた視線がようやく操の瞳に注がれた。
小さく脣が開く。
操……
「そうだ。孤だ。解るな?」
蓮は震える指先でそっと操の頬に触れた。
操……?
もう一度名を呼ぶ。
瞳から涙が溢れた。
これは現実? それとも、こちらが夢なのだろうか……
蓮は時折それさえ解らなくなる。
この人が幻だったら、自分はどうしたら良いのだろう……
恐くてたまらなかった。
震える蓮を操が強く抱き締める。
「大丈夫だ。全て夢だよ。お前はただ長い夢を見ていたのだ」
忘れてしまえと操は念じる。
辛い事は何もなかったのだ。
もう振り返る必要はないのだと。
蓮は操の腕に縋りながら、ただ泣いていた。
操は蓮から離れる事が出来なくなった。
蓮は表面上は静かに保っていたが、ひどく不安らしく、操が傍に居てさえ、時折確かめるようにそっと触れた。
不安そうに貌を向けるが、操が問うとただ首を振る。
蓮のその様子は操に危うさを思わせた。
操は府へ使いを送り、さらに数日滞在を延ばす事を決めた。