三十九.
出兵前の慌ただしい日々の中、操は時間を作り、蓮を送りがてら寮で一夜を過ごした。
府では何かと気を遣っているのか、少々控えめな蓮も、久々に狂い乱れて操を求めた。
「次もせめて、一夜なりと過ごせるようにして来よう」
操は蓮の髪に接吻けて、そう笑みを零した。
やはり、この寮で過ごす時間は格別だった。
操は送るなと言って、蓮を牀に置いたまま出て行った。
蓮も思わず泣いてしまいそうだったので、そのまま彼を見送った。
操の不在は寂しいものだったが、寮の者達は何かと蓮を気遣ってくれた。
そこに配されていたのは、身分など持たぬ、市井の活気そのままの元気者ばかりだった。操が許していたので、ここでは貴賎の垣根を越えた空気が漂う。その中で蓮は、屈託のない笑みを溢した。
夜はさすがに寂しいらしく、冷たい秋風に吹かれては月を眺め、婆に叱られた。
しかし、この時の遠征はそう長いものではなく、操は間もなく許へと戻って来た。
操は約束通り、軍装を解くのももどかしく、最低限の義務だけを片付けて寮へとやって来た。
その姿が見えるや蓮は駆け寄り、泣き笑いで抱き着いた。
「無事に戻ったのに、泣くやつがあるか」
操は笑ってそんな蓮を抱き締めた。
その夜蓮は、操の無事を確かめるように、その躰の隅々を丹念に辿った。
「新しい傷などないぞ」
操は笑いながら、同じように蓮に愛撫を返す。
みつけた……
操と重なった瞬間、蓮はざっくりと口を開ける新しい傷を識った。
それは、操の心の中に、未だに鮮血を滴らせている。
何があったのだろう……
腕を絡めて愛しい男を引き寄せながら、蓮はそれをも躰に受ける。
胸の奥がズキズキと痛み、瞳から涙が零れた。
「どうした?」
泣いている蓮に操が問う。
蓮は首を振り、腕に力を込めて強く操を求めた。
操が蓮を抱くほどに、その涙は激しく頬を濡らした。
とうとう本格的に泣き出した蓮を腕に包みながら、不思議な子供だと操は思う。
何が哀しいとも言わず、蓮は操に頬を寄せ、泣く。
困惑しながら胸に抱いているはずなのに、いつしか自分はその心の内が、すっと軽くなっているような気がした。
「蓮。そなたは孤の心を受けるのか? これではあべこべではないか」
操は蓮に笑っていて欲しかった。
そのためなら、辛い事は全て引き受けるつもりだった。
だが、自分の思いが蓮を泣かせているのではなかろうか。
蓮が首を振り、操の手を取った。
『あなたが愛しい』
だから、自分は泣くのだと、蓮は潤んだ瞳で笑った。
『操の全てが欲しい』
蓮の告白は、操の身さえ震わせるほど壮絶だった。
「音を上げるなよ」
蓮の乱れた鬢を撫でながら、操が笑う。
そのままうなじに掌を廻し、引き寄せると、蓮の舌を搦め捕り、牀へと躰を沈める。
操は口だけでなく、やるとなったら本当にやる男である。
何度も昇り詰めては意識の遠のいた蓮は、操のそれに揺り起こされてまた繰り返す。
ああ、また……
蓮は、捕らえられない何かを求めるように、宙へと腕を伸ばした。
「蓮。孤もそなたの全てが欲しいぞ」
囁きながら操がその手を掴み、引き寄せた。
ああ……
蓮から吐息が零れる。
このまま何処へ行くのだろう……
途切れ途切れの思考の中、蓮は思った。
出来れば、この手が離れない事を……
蓮は操に指を絡ませながら祈る。
どうか、離さないでと。