三十三.
「まったく。おぬしらは何を考えておるのだ。婆の言う事を聞かぬから、熱が下がらぬのだ」
翌朝、婆はぶつぶつ小言を続けながら、苦い苦い薬を煎じてくれた。
だいぶ容態は落ち着いたものの、蓮はまだ微熱を伴っている。
呆れたことに、その躰で、ふたりは朝方契りを交わしていた。
蓮がどうしてもと、泣いてせがんでしまったのだ。
薬湯の色と匂いとで、すでにためらうのを、ようよう口に運んだ蓮だったが、その苦さにたまらず貌を背けた。
「この上わがまま言いよると、婆はもう知らぬぞえ」
叱り飛ばされ、半泣きで蓮はそれを飲み干した。
そんな蓮が哀れで、操は傍らに腰掛けると、そっとその肩を抱いた。婆の剣幕に黙ってはいるが、自分も同罪だった。
「なんなら主公にも一服進ぜましょうかな?」
ぎろりと婆が睨む。
「婆。孤はこの通り熱もないよ」
操は苦笑し、謹んで辞退を示した。
そんな操に、ふっと婆が溜め息をついた。
「お前様は、そりゃあご幼少からお健やかで、壮年を迎えられた今もこうして人一倍お元気だ。傍に仕える婆にとっては、この上もない喜びだよ。だが、他人をご自分と同じだと思ってはならぬ」
操は幼いころから英邁で、武にも優れていた。
だからどうしても並より優れたその基準で物事を見る。自分本意になりがちなのだ。
婆に言われるまでもなく、それを自覚している。
彼女が諭している蓮の躰の心配も、良く解っていた。
「のお、蓮。お前はしばらくこの寮で養生いたせ」
操はさすがにそろそろ政務に戻らねばならない。
さほどの距離はないとは言っても、府への移動は熱のある身には障る。
また、ここに居たほうが、府の室よりずっと気兼ねなく養生出来るだろう。
その意図は理解していても、蓮は嫌だった。
「誰も、府へ行くなと申しているのではないぞ。府へもここへもそなたの気随にと主公も仰せだ。数日養生して、それから戻れば良いではないか」
だが、やはり蓮は頷かない。涙まで浮かべてその首を振るのだ。
「蓮。このまま府へ戻っても、お前さんが良くなるまで孟徳様とは逢わせぬぞ」
婆はそんな事まで言ったが、蓮はそれでも良いと涙を零す。
――お願い。置いて行かないで。
とうとう蓮は、操にすがってしくしくと泣き始めた。
おそらく蓮はまだ不安なのだ。
操を疑っているわけではない。
ただ、急檄にもたらされた今の状況が、現実のものとして心に根付いていない。
もしかしたらこれは夢なのではと、心のどこかで怯えているのだ。
「婆。孤は蓮を連れて行くよ」
蓮を抱き止めながら、操がそう結論を出した。
彼にそう言われては、婆も折れるしかなかったが、不安に視線を向ける。
「同じ輌で帰るおつもりか?」
府に輌を乗り附け、蓮を抱いて降りるつもりなのかと訊いている。
蓮に数日ここで過ごしてから帰れと言ったのは、そうした配慮も含まれての事だった。
どうせ噂は広まりきっていて、いまさらと言われればそうなのであろうが、それでもわざわざ拍車を掛ける事はあるまい。
「婆。そんなものは全て小事なのさ」
蓮の髪を撫でながら操が笑った。
結局、まだ少し微熱の残る蓮を抱いて、操はその日のうちに司空府へと戻った。