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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
33/138

三十二.

 真夜中。

 息苦しさに蓮は目覚めた。

 渦巻くような哀しみと怨嗟の声が、胸を締めつける。

 わけが解らないまま蓮は、闇から操を守るように両の手を広げた。

 ()めて!

 ずん…と、胸に痛みが走った。

 息が乱れて思わず(ソレ)を押さえる。

 その時。

 リン……

 と、(かす)かな鈴の音が響いた。

 ――誰?

 肩で呼吸を刻みながら、蓮はそれを見つめる。

 人影は、若い男のように思えた。

 それはしばらく操を見ていたが、深々と頭を下げると、すっと消えた。

 突然、蓮の心に哀しみが(あふ)れて来た。

 ぽろぽろと涙が(こぼ)れる。

 あの時と一緒だった。理由も解らず、ただ哀しい……

 ――ああ。これは操のものだ。

 不意に思う。

 自分は、この愛しい男の秘めた思いを()んで、代わりに泣いているのだと。

 ――あなたが亡くしたのは誰?

 近しい人を亡くしたと、婆が言っていたのを思い出す。

 蓮はそっと操の胸に触れた。

 でも、あの人だけじゃない……

 カナシイ。セツナイ。イタマシイ。

 渦巻くようにその胸には、慟哭が秘められていた。

 彼は、自らがかかわった全ての命を、(いた)んでいるのだろうか。

 蓮はそれを引き受けたいと思った。

 たとえこの身がどうなってもいい……

 初めて抱く感情だった。

 (たた)るなら、どうかこの身に――

 蓮は闇に向かい、泣きながら懇願した。


「いかがした? 怖い夢でも見たか?」

 泣いている蓮に気付き、操が身を起こした。

 首を振る蓮を腕に引き寄せ、はっとする。

「そなた。熱があるではないか」

 高い熱だった。

 婆を呼ぼうとする操を、蓮が引き止める。

 離れたくなかった。

「婆! 翠婆!」

 (すが)りつく蓮を抱き止めながら、操は婆を呼んだ。

 胸の中で嫌だと蓮が首を振る。

 操の声に慌ただしく婆が近付いて来た。

「お前さん、闇にあてられたね」

 じっと蓮を眺め、婆が言った。

 操は迷信めいた(たぐい)をいっさい信じないが、婆の言う事が(うそ)だとも思わなかった。

 ふと操は、目覚める前に夢を見ていたような気がした。

 良くは覚えていないが、婆の言葉に不意に亡くした昴を思い出す。

 蓮がまた腕の中で首を振った。

 だが、何に違うと言っているのかは、良く解らなかった。

 寝かしつけようとしても、蓮は操から離れようとしない。

 なだめてもすかしても首を振り、操にしがみついて泣いた。

「気持ちが落ち着くまで、そうしていておやり」

 諦めた様子で婆が言った。

 それに(うなず)き、操は蓮を腕に抱いたまま、しばらくを過ごした。

 何も言わず、ただ蓮の涙を抱き止める。

「蓮。(つら)い事は全て(わし)が引き受けよう。そなたは笑っていてくれ」

 やがて泣き疲れた蓮が沈み込むように眠りに落ちるころ、操のそんな(つぶや)きが聞こえたような気がした。

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