二十八.
蓮は食べ物を口にして、自分がずっと空腹だった事を思い出した。
何日も何日も、食を欲するという気持ちを忘れていた気がするが、躰は確かに飢えていた。
口にした物を美味しいと感じる。そんな自分が嬉しいと蓮は思った。
「せめてたんと食べねば、孟徳様には適わぬぞ」
婆はそんな事を言って、しきりに蓮に食事を勧めた。
湯にさらした蓮の肌には、目のやり場に困るほど情交の跡がびっしりと刻まれていた。
蓮も我ながら呆れたのだろう。光に翳すようにその様を眺めていた。
――これでは、この子は保たぬのではないか。
婆は心配のあまり首を振った。
やがて室に戻って来た操に、蓮は待ち兼ねたように腕を伸ばした。
「ちゃんと食うたか?」
蓮を抱き止めながら操が訪ねる。
それにひとつ頷いた蓮は、すでに操の脣を求めていた。
その様子に傍にいた婆が咳払いをする。
「蓮は自分で歩く事も出来ぬぞ」
慎めと婆は言っているのだ。
だが、それを知ってか知らずか、
「孤が抱いて行くよ」
と、さらりと言って、操は蓮を抱き上げた。
「お気をつけておいでを。婆は後から参りますゆえ」
輌に乗り込むふたりを見送ると、婆はひとつ溜め息をついた。
――とにかく、室を片付けねば。
しばらく輌が行くのを見送っていた婆は、自分に言い聞かせるように心の内に呟いて、踵を返した。
だが、その情欲の跡を全て消し去ったとしても、もう人々の噂は止められぬだろう。
艶やかに着飾ってここを訪れた美貌の少年。
共に一夜を過ごした後、堂々とその少年を抱いて君はこの邸を出た。
腕の中の蓮もまた、すっかり身を任せた様子で、悪びれもせずに頬を寄せていた。
君は喪に服すとの口実で、国事や女達を退けてここに来ていた。
親が子に、主が僕に服する喪はないから、世間一般のそれではなく、ただ数日を心静かに過ごすつもりだったのだろう。
だが、世の中はなんと見るだろうか。
操も蓮も充分それを承知している。
もともと悪評など恐れぬ操だ。蓮が腹を据えてしまえば、ためらうものなど何もあるまい。
婆とて、長年慈しみ仕えて来た操が、あれほどまでに焦がれた想いを通じたことも、愛らしい蓮が相愛の人に出逢い、穏やかに頬を寄せている様も、この上もない喜びであり、ありがたいことだとさえ思う。
だが、何かと姦しい世の中を思うと、嬉んでばかりもいられなかった。
もっとも、後は成るようにしかなるまいが……
婆は再び溜め息をつくと、室への扉を開けた。