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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
29/138

二十八.

 蓮は食べ物を口にして、自分がずっと空腹だった事を思い出した。

 何日も何日も、食を欲するという気持ちを忘れていた気がするが、(からだ)は確かに飢えていた。

 口にした物を美味しいと感じる。そんな自分が嬉しいと蓮は思った。

「せめてたんと食べねば、孟徳様には適わぬぞ」

 婆はそんな事を言って、しきりに蓮に食事を勧めた。

 湯にさらした蓮の肌には、目のやり場に困るほど情交の跡がびっしりと刻まれていた。

 蓮も我ながら呆れたのだろう。光に(かざ)すようにその様を眺めていた。

 ――これでは、この子は()たぬのではないか。

 婆は心配のあまり首を振った。

 やがて室に戻って来た操に、蓮は待ち兼ねたように腕を伸ばした。

「ちゃんと食うたか?」

 蓮を抱き止めながら操が訪ねる。

 それにひとつ(うなず)いた蓮は、すでに操の(くちびる)を求めていた。

 その様子に(そば)にいた婆が咳払いをする。

「蓮は自分で歩く事も出来ぬぞ」

 慎めと婆は言っているのだ。

 だが、それを知ってか知らずか、

(わし)が抱いて行くよ」

と、さらりと言って、操は蓮を抱き上げた。


「お気をつけておいでを。婆は後から参りますゆえ」

 輌に乗り込むふたりを見送ると、婆はひとつ溜め息をついた。

 ――とにかく、室を片付けねば。

 しばらく輌が行くのを見送っていた婆は、自分に言い聞かせるように心の内に(つぶや)いて、(きびす)を返した。

 だが、その情欲の跡を全て消し去ったとしても、もう人々の(うわさ)は止められぬだろう。

 (あで)やかに着飾ってここを訪れた美貌の少年(キミ)

 共に一夜を過ごした後、堂々とその少年を抱いて君はこの(やしき)を出た。

 腕の中の蓮もまた、すっかり身を任せた様子で、悪びれもせずに頬を寄せていた。

 君は喪に服すとの口実で、国事や女達を退けてここに来ていた。

 親が子に、(あるじ)が僕に服する喪はないから、世間一般のそれではなく、ただ数日を心静かに過ごすつもりだったのだろう。

 だが、世の中はなんと見るだろうか。

 操も蓮も充分それを承知している。

 もともと悪評など恐れぬ操だ。蓮が腹を据えてしまえば、ためらうものなど何もあるまい。

 婆とて、長年慈しみ仕えて来た操が、あれほどまでに()がれた想いを通じたことも、愛らしい蓮が相愛の人に出逢い、穏やかに頬を寄せている様も、この上もない喜びであり、ありがたいことだとさえ思う。

 だが、何かと(かしま)しい世の中を思うと、(よろこ)んでばかりもいられなかった。

 もっとも、後は成るようにしかなるまいが……

 婆は再び溜め息をつくと、室への扉を開けた。

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