二十七.
蓮が眠りから覚めると、そこは暖かな腕の中だった。
そのぬくもりを確かめるように頬を寄せる。
愛しい男の匂いがした。
それから蓮は少し頤を反らして、眠るその顔を見つめた。
涼しい目元も、すっと通った鼻筋も、薄い脣も、何もかもが愛しかった。
――ふれたい。
蓮はその眠りを妨げないように、そっと脣に触れた。
不意にそこに接吻けが生まれ、彼が瞳を開けた。
蓮は驚いて指を引く。
いつから目覚めていたのだろうと。
操は笑ってそんな蓮を組み敷くと、覆い被さるように接吻けた。
絡まる舌に焔を揺り起こされ、蓮は操が離れた脣から甘く吐息を零した。
そんな蓮を操は目を細めてうち眺める。
「朝の光で見るそなたは美しいな」
さっと頬が染まり、蓮が身を捩った。
「ふふ。いまさら何を恥ずかしがる。互いに痴態の限りを尽くしたではないか」
操は笑いながら蓮の脚を抱え上げ、腰を沈めた。
深く互いを求め、様々な形で貪り、掬み上げ、慈しみ合った名残は、たちまち蓮の吐息をせつなく染める。
明るさを増して行く朝の光は、自分の姿を全て浮かび上がらせているだろう。
恥ずかしさに心を震わせながら、その躰は強い悦楽に震えた。
蓮は何度も昇り詰め、華奢な頤を反らしては操を深く包み込む。
ふたりはどちらからともなく果てて、再び眠りに落ちて行った。
先に瞳を開けたのは操だった。
心地良い疲労感と満ち足りた想いを抱いて、そっと身を起こす。
傍らで小さく寝息を立てる蓮を、起こしたくなかったのだ。
射し込む陽光に時を思う。
昼陽が曝け出す牀の有り様は、さすがの操も苦笑するほどの乱れようだった。
ここで過ごした時の長さを思いながら、疲れ果てて眠る少年の額をそっと撫でる。
安らかな寝顔が愛しかった。
やがて蓮も眠りから目覚め、ゆっくりと躰を起こした。
が、息を詰めてその動きを止める。
「いかがした?」
色付いた頬を隠すように蓮は首を振り、そっと息をついた。
互いを求め合った名残は、未だに蓮の内に留まり、その吐息を甘く染める。
微かに眉を寄せ、小さく喘ぎを漏らした蓮に、操は思い当たったのだろう。
にやりと笑った。
「そのように艶めいた吐息をつかれては、こちらの身がもたぬな」
からかいを含んだ声音に、蓮が頬を膨らませた。誰のせいだとその瞳が向けられる。
――これはたまらんな。
あまりの愛らしさに操は笑い、乱れた髪を掻き上げた。
それは、初めて見る少年の姿だった。
蓮は閨に侍る事を常として育てられているから、手慣れているとでも言おうか、その情交にはどこか職業めいた寒々しい印象もまた持ち合わせていた。
果てまで抱かれて力尽きた時はともかく、躰が動けば床の始末なども当然のように行う。そのように躾られて来たのだろうが、蓮のそういう玄人くさいところが操は嫌いで、拭き清めようとした腕を邪険に振り払った事もある。
だから、余計に今の蓮が愛らしく映った。
操は蓮を胸に抱き寄せると、乱れた襟元を整え、暁鬘を撫で付けた。
「食事を摂らねばならぬな。婆に言って湯の用意もさせよう」
――ここでは何かと不便だな。
操は考える。
有事には、中核として使用する事を想定している邸である。それなりの広さも、それに伴う人数も備えている。多くの人目がある中で、おおっぴらに蓮を抱いて湯殿に行くわけにもいかず、このまま室に籠れば、婆への負担も大きくなるだろう。
「蓮。孤とあの寮へ行こう。彼処のほうが気心の知れた者ばかりだし、館の広さもふたりで籠るにはちょうど良い」
その言葉に、蓮はしばらく考え込んだ。
「嫌か? 孤はそなたと、もう少しこうした日々を過ごしたいのだが」
蓮が操の手を取り、文字を綴った。
『置いていかない?』
どうやら、自分がその寮に置き去りにされるのではと、心配しているようだ。
ふっと操が笑う。
「孤はもう、そなたを手放す気はないぞ」
瞳を覗き込む操に、ようやく蓮はその笑みで了承を示した。
衣をさらりと羽織って牀を出た操は、隣室の扉を開けると声を上げて婆を呼んだ。
「翠。蓮を連れて蓮花の寮へ行く。湯を運ばせるから支度をさせてくれ。食事もだ」
そう言い置くと、彼は足早に室を横切った。早くも回廊で人を呼ぶ声がする。
――元気だなあ。
その様子に、ぐったりと蓮は牀に身を伸べた。
蓮にはああやって歩き回る気力は最早ない。
だが、それでも彼を前にすると、疼くように躰が求め出すのを感じた。
不思議だな……
蓮は思う。
これが初めてというわけでもないのに、昨夜からの交わりには思いも掛けない艶があった。彼が触れるたびにずっと強く、ずっと深く、蓮は感じていた。自分はどうにかなってしまうのではないか。己の欲深さに、思わず頬が熱くなった。
湯の用意を整えた婆が呼びに来ても、蓮はぐったりと牀に身を伸べたままだった。
促されて身を起こしても、足が萎えて満足に歩く事も出来ない。
「過ごしては躰に障るぞえ」
婆に言われ、蓮は頬を染めたが、悪戯っ子のように首を竦めて小さく笑った。
愛らしい様ではあったが、同時に蓮の纏う色香は、一段と深みを増したように思えた。
――ひらいたか。
婆は思う。
それはまさに、大輪の花が艶やかに咲き誇る風情だった。