二十六.
「これは、董仲穎への対抗心だよ」
そう言って操は、牀の上で蓮の頭を抱き寄せた。
過ぎし日。それを贈られた蓮が当惑して操を見上げると、
「いや、もらってくれれば良いのだ。訊くな」
と、珍しく顔を赤らめて彼は言い、逃げるように室を出て行った。
それが今、蓮の髪を艶やかに飾る簪だった。
「そなた。雒陽での事、覚えておるか?」
こくりと蓮が頷いた。
操もそれを小さく返し、言葉を続ける。
「あの時そなたの髪を飾っていたのは、見事な細工の銀の華だった。贅を尽くしてお前を飾り立てている事も、それを無造作に投げて寄越した事も、俺には腹立たしく、奴を希代の怪物だと思った。あれに優る物を挿せればと思ったものさ」
ふっと笑って、操はそれを引き抜いた。
「だが、お前は飾る物など要らぬ至上の花だ。董卓ももういない。別にどうでも良かったのだが、これを見た時にふと思い出してな。まあ、一種のシャレだよ」
操は、簪から胸に頬を寄せる蓮に視線を移し、笑った。
「ふふ。あの髪飾りは高く売れたぞ。それを軍費の足しにして、孤は董卓を攻めた」
指先から放たれた簪が、その先でざくりと突き刺さった。
操は腕を解いて蓮を離すと、じっとその黒燿を見つめた。
「この曹操は、一度お前を手に入れたら、そう易々と離す男ではないぞ。それでも良いか?」
操は自分の激情を認識っている。
蓮への想いは、ここを越えればもう抑えの効かないものとなる。
これほどまでに焦がれる蓮が離れるそぶりを見せれば、その身を縛り上げ、脚を斬り落としてでも傍に置こうとするだろう。
蓮は身を投げ出すように操に腕を廻した。操の言葉の意味が解っているのだろう。微かに躰を震わせながら、その腕は強く操を抱き締めた。
離さないで。
そう言っているようだった。
「蓮……」
操はそれを受け止め、腕に万感を込める。
やがて躰を離したふたりは、互いの瞳を見つめ、どちらからともなく脣を重ねた。
長い接吻けだった。
何度も何度も舌を絡ませながら、ふたりは脣で睦み合う。
それだけで蓮は、頭の奥がじん…と痺れて行った。
微かに震えはじめた肩を拓き、耳朶から首筋、鎖骨の窪へと、ゆっくりと操が脣を進めた。
甘く吐息をつく白い胸を捕らえ、肌をさらしながら下へ下へと接吻けは進む。
核心には触れず、腿から膝、踝……
足の指を含まれ、ああ…と蓮は吐息を漏らした。
体中のどこもが震えるほどに彼を欲しがった。
触れられるたびにざわざわと、蓮の心が揺らめく。
――ふわふわと小舟に乗っているみたいだ。
そう蓮は思った。
牀は、脱ぎ散らかされた衣で、艶やかな錦の水面だった。
蓮を引き寄せた操は、今度は背後から抱き締め、白いうなじに舌を這わせた。
蓮の背には幾筋かの傷痕がある。
それを丹念に辿られ、蓮は吐息を漏らして躰を反らせた。
この傷が開き、血を滴らせていたころ、蓮はこの男の名を知った。
誰ひとり、蓮が痛みを感じるなどと思いもしなかった時の中で、彼だけが手を差し伸べてくれた。
その舞いに支えられ、蓮は痛みを越えて楽を奏でた。
彼の腕が伸びるたびに蓮の音も伸びやかに、軽やかに足を運ぶたびに奏でる曲もきらきらと煌いた。
あの時確かに蓮は恋をした。
だが、それを形にすることを知らずに、胸の奥のずっと深いところへ沈めていた。
そこに触れ、揺り起こしたのもまた彼だった。
喘ぐ蓮の背を降り、操が白い双丘を割った。
羞恥に引くのを抱き寄せられ、蓮はたまらなくなって悶えた。
彼を求めて腕を伸ばす。
今日の操は、急ぐことも、焦らすこともしなかった。
ゆっくりとした時の中で、丹念に蓮を抱いて行く。
激しくはないが、大きなうねりがそこにはあった。
――ああ、光だ。
その先に拡がる白い光に蓮は瞳を閉じた。
眩い宝珠の輝きに包まれて、蓮は自分が満たされて行くのを感じた。