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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
27/138

二十六.

「これは、董仲穎への対抗心だよ」

 そう言って操は、牀の上で蓮の頭を抱き寄せた。

 過ぎし日。それを贈られた蓮が当惑して操を見上げると、

「いや、もらってくれれば良いのだ。訊くな」

と、珍しく顔を赤らめて彼は言い、逃げるように室を出て行った。

 それが今、蓮の髪を(あで)やかに飾る(かんざし)だった。

「そなた。(ラク)陽での事、覚えておるか?」

 こくりと蓮が(うなず)いた。

 操もそれを小さく返し、言葉を続ける。

「あの時そなたの髪を飾っていたのは、見事な細工の銀の華だった。贅を尽くしてお前を飾り立てている事も、それを無造作に投げて寄越した事も、俺には腹立たしく、奴を希代の怪物だと思った。あれに優る物を()せればと思ったものさ」

 ふっと笑って、操はそれを引き抜いた。

「だが、お前は飾る物など要らぬ至上の花だ。董卓ももういない。別にどうでも良かったのだが、これを見た時にふと思い出してな。まあ、一種のシャレだよ」

 操は、簪から胸に頬を寄せる蓮に視線を移し、笑った。

「ふふ。あの髪飾りは高く売れたぞ。それを軍費の足しにして、(わし)は董卓を攻めた」

 指先から放たれた簪が、その先でざくりと突き刺さった。

 操は腕を解いて蓮を離すと、じっとその黒燿を見つめた。

「この曹操は、一度お前を手に入れたら、そう(やす)々と離す男ではないぞ。それでも良いか?」

 操は自分の激情を認識( し )っている。

 蓮への想いは、ここを越えればもう抑えの効かないものとなる。

 これほどまでに()がれる蓮が離れるそぶりを見せれば、その身を縛り上げ、脚を斬り落としてでも(そば)に置こうとするだろう。

 蓮は身を投げ出すように操に腕を廻した。操の言葉の意味が解っているのだろう。(かす)かに(からだ)を震わせながら、その腕は強く操を抱き締めた。

 離さないで。

 そう言っているようだった。

「蓮……」

 操はそれを受け止め、腕に万感を込める。

 やがて躰を離したふたりは、互いの瞳を見つめ、どちらからともなく(くちびる)を重ねた。

 長い接吻けだった。

 何度も何度も舌を絡ませながら、ふたりは脣で(むつ)み合う。

 それだけで蓮は、頭の奥がじん…と(しび)れて行った。

 微かに震えはじめた肩を(ひら)き、耳朶(じだ)から首筋、鎖骨の(くぼ)へと、ゆっくりと操が脣を進めた。

 甘く吐息をつく白い胸を捕らえ、肌をさらしながら下へ下へと接吻(くちづ)けは進む。

 核心には触れず、(もも)から膝、(くるぶし)……

 足の指を含まれ、ああ…と蓮は吐息を漏らした。

 体中のどこもが震えるほどに彼を欲しがった。

 触れられるたびにざわざわと、蓮の心が揺らめく。

 ――ふわふわと小舟に乗っているみたいだ。

 そう蓮は思った。

 牀は、脱ぎ散らかされた(ころも)で、艶やかな錦の水面(みなも)だった。

 蓮を引き寄せた操は、今度は背後から抱き締め、白いうなじに舌を這わせた。

 蓮の背には幾筋かの傷(あと)がある。

 それを丹念に辿(たど)られ、蓮は吐息を漏らして躰を()らせた。

 この傷が開き、血を(したた)らせていたころ、蓮はこの男の名を知った。

 誰ひとり、蓮が痛みを感じるなどと思いもしなかった時の中で、彼だけが手を差し伸べてくれた。

 その舞いに支えられ、蓮は痛みを越えて楽を奏でた。

 彼の腕が伸びるたびに蓮の音も伸びやかに、軽やかに足を運ぶたびに奏でる曲もきらきらと(きらめ)いた。

 あの時確かに蓮は恋をした。

 だが、それを形にすることを知らずに、胸の奥のずっと深いところへ沈めていた。

 そこに触れ、揺り起こしたのもまた彼だった。

 (あえ)ぐ蓮の背を(くだ)り、操が白い双丘を割った。

 羞恥に引くのを抱き寄せられ、蓮はたまらなくなって(もだ)えた。

 彼を求めて腕を伸ばす。

 今日の操は、急ぐことも、()らすこともしなかった。

 ゆっくりとした時の中で、丹念に蓮を抱いて行く。

 激しくはないが、大きなうねりがそこにはあった。

 ――ああ、光だ。

 その先に(ひろ)がる白い光に蓮は瞳を閉じた。

 (まばゆ)い宝珠の輝きに包まれて、蓮は自分が満たされて行くのを感じた。


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